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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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~本家の客間~

「次は竜琴様の番ですね。竜縁様と同じくらいお身体は大きくなられましたし、意外とすぐかもしれません。」

沐浴を終えた竜琴に服を着せていると、竜紗(りゅうさ)が笑顔で話しかけてきた。

「え?竜縁様と同じくらい?半年も違うのに。」

「はい。竜縁様がお生まれになった時は龍陽様の3分の1ほどの大きさだったとお聞きしております。竜縁様はまだ雷気をお食べになることはないそうですが、生後半年ほどで離乳し、今はお魚が好物だそうですよ。」


そうか・・・子猫の姿で生まれたと聞いたんだった。


『不思議・・・この子たちのいとこが子猫なんて。』

芙蓉は思わず笑ってしまった。

刺繡入りのおくるみを贈ったのがはるか昔のことのように感じる。


 竜琴は来月で4ヶ月になる・・・この一月半で体重は3キロも増えた。本家に来てから毎日、雷気を食べているからだろう。

 旦那様の顔色から相当な苦行なのだと分かるが文句を言うこともなく、毎日竜琴に雷気をくれる・・・守番たちは旦那様の身体を心配して中止するよう言っているらしいが旦那様は聞かないと竜紗が教えてくれた。


『どうして?』


娘はすぐに殺されると思ったのに・・・旦那様も紫竜一族もどうして竜琴を守ってくれるのだろう?

旦那様に逆らった芙蓉を折檻しないのだろう?


 芙蓉は愛娘のふっくらとしたほほをなでた。

あと数時間でまた旦那様がやってくる。



~紫竜本家 廊下~

龍緑(りゅうりょく)!もう大丈夫なのか?」

龍希は驚きと喜びの入り混じった顔で龍緑に声をかけた。

「はい。本日から守番に復帰することになりました。姫様が大変な時に何もお役に立てず、誠に申し訳ございませんでした。」龍緑は深々と頭をさげる。

「何言ってんだ!悪いのは俺だ。お前には何の責任もない。むしろすまなかった・・・俺のせいでお前が呪いに」

龍希は慌てて龍緑に頭をあげさせる。

「呪いと言われましても私はずっと寝ていたので全く記憶になく・・・でも龍希様に何事もなくてよかったです。誰にも龍希様の代わりは務まりませんので。

それに竜神の呪いより恐ろしい目に合われているとお聞きしました。」龍緑は意地悪な笑みを浮かべる。

「悪かったな。馬鹿な俺が悪いんだよ。」龍希はすねた顔になった。

「竜縁様は3日前に転変されたそうですね。きっと姫様ももうすぐですよ。」

「だといいが・・・俺は正午まで守番だから、その後から頼むぞ。」

「はい!では、私は挨拶まわりをして参ります。」龍緑は滞在スペースに歩いて行った。



~芙蓉の客間~

「奥様。竜琴様がお休みの間にお風呂はいかがです?」

「そうするわ。龍陽、行きましょう。」

竜冠に促され、芙蓉は桜の入浴剤を手に取った。


 4月に入ってすぐ枇杷亭の桜を見れない代わりにと旦那様が贈ってくれたものだ。


 竜冠に寝ている娘を任せ、芙蓉は息子とお風呂に向かった。ククが2歩後ろをついてくる。

娘のそばを離れがたいが息子は芙蓉が一緒じゃないと風呂に入らない。



~芙蓉の浴室~

 入浴を終え、息子に服を着せている時だった。


だーん


と何かが倒れたような物凄い音が聞こえた。

「奥様!」ククの悲鳴だ。

 芙蓉が振り返ると同時に目の前に紫の指と鋭い爪が・・・芙蓉は思わず目をつむった。


ピー

ピー


二種類の鳴き声が響く。

芙蓉が目を開くと頭上で2匹の小竜が争っている。

大きい方は龍陽だ。

じゃあ小さい方は・・・

「竜琴?」

芙蓉は驚いて目を見開く。まだ4ヶ月前なのに・・・龍陽の時よりも早い。

 小さい方の小竜は獣の目を見開き、牙をむき出しにして暴れ回っている。まるでパニックになっているかのようだ。

息子はそんな小竜から芙蓉を守ろうとしている。


「奥様!誰か!」


ククが脱衣所の床に座り込んだまま廊下に向かって叫ぶ。

一度、転変した息子に襲われている犬の獣人は腰を抜かしているようだ。


ピー


頭上の息子が悲鳴のような高い声をあげた。

「!」

竜琴が龍陽の肩に噛みついている。

「龍陽!やめて竜琴!」芙蓉は思わず叫ぶが、竜琴は離さない。


龍陽の姿が消えた


・・・いや転変が解けて男の子が床に倒れる。

「龍陽!」

芙蓉は慌てて床に膝をつき倒れた息子をかばう。

頭上に小竜の影が・・・


「奥様!」


若い男の声とともに頭上の影が消えた。

『だれ?』

 旦那様よりも若い紫髪の青年が右手で小竜の首を捕まえ、左手で尻尾をつかんで目の前に立っていた。

「龍緑様!」

ククが歓声をあげると同時にどたどたと足音が響き、竜冠が駆け込んできた。


「奥様!ご無事ですか?ああ、龍緑、よく姫様を捕まえてくれました。」

 赤子の大きな泣き声が青年の腕の中から聞こえた。

竜琴の転変が解けている。

「竜琴様をこちらへ。龍緑、あなたは客間に戻ってください。龍希様がすぐに来られます。奥様に触れてないですよね?」

「も、もちろんです!奥様には指一本」青年はびくりとする。

「ならば急いで!私が龍希様にご説明しますから。」

「奥様、姫様を。」青年は竜琴を芙蓉に渡すと走って廊下に出て行った。


「奥様、竜琴様の呪いが消えております。」


竜冠は嬉しそうにそう言うと、バスタオル一枚の芙蓉にバスローブを羽織らせた。

「本当?」

芙蓉は腕の中で大泣きしている愛娘を呆然と見る。



 どたどたとまた足音が聞こえる。

「芙蓉!」

旦那様が脱衣所に駆け込んできた。

真っ青な顔をして両手で芙蓉の両肩をつかむ。

「大丈夫か?けがは?」

「わ、私は・・・龍陽!」

芙蓉は慌てて倒れた息子の方を見る。

「大丈夫です。驚いて転変がとけただけで、けがはございませんわ。」竜冠が子ども姿の息子を抱っこしていた。

息子は驚いた顔で竜冠と芙蓉を交互に見ている。


「龍緑が居たのか?」


旦那様が竜冠を睨む。

「転変した竜琴様から奥様を守ったのですよ。奥様には指一本触れておりませんからご安心を。」竜冠が旦那様を睨み返した。

「それより竜琴様を見てください。」

「ん?え!」

旦那様は驚いた顔で娘を見る。


「竜琴!よかった!」


旦那様の両目から涙が溢れ、娘を抱いた芙蓉の背中に両手を回して抱きしめた。

「芙蓉!竜琴!ごめんな。何ヶ月も辛い思いをさせた。」


「どうして?」


芙蓉は信じられない。


どうして泣いているのだろう?

なんで芙蓉に、竜琴に謝るのだろう?


 娘は芙蓉と同じだと思っていた。親から愛されず、常に兄のために犠牲にされる。

両親は芙蓉を兄と同じように扱ってくれたことなんてなかった・・・

辛い思いをする芙蓉に謝ったことなんて当然・・・

 


「芙蓉?どうした?」

「どうしてここまで?娘なのに・・・」

「自分の娘だから当然だろう?」

「でも跡継ぎにはなりませんよ・・・」

旦那様は首を傾げる。

「だからなんだ?」

「だってあの時・・・」

「あ、あの時は芙蓉も危ないのかと思って。気が動転してたんだ。息子か娘かは関係ない。悪かったよ。もう二度としないから。」


きっと嘘じゃない。そう思った。

だって娘をずっと守ってくれたのだ。

息子の時と同じように・・・いやその時以上に。


芙蓉のほほに一筋の涙が流れた。


「芙蓉・・・俺のこともその目で見てくれるのか?」


「はい。あなた」

芙蓉ははじめて夫を愛しく感じた。


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