久々の笑顔
結局、龍希が雷を出す必要もなく、無傷で本家についた。
妻子を本家の滞在スペースの客間に入れて、龍希は扉の前の廊下に座り込む。
安堵とともにどっと疲れが押し寄せてきた。
「お疲れ様です。龍希殿。」
「龍栄殿。ご無沙汰しております。」
龍希は座ったまま異母兄を見上げる。
「客間に入られないのですか?」
龍希の渋い顔を見て龍栄は苦笑いした。
「まだ夫婦喧嘩の途中でしたか・・・」
「喧嘩じゃないです。どうしたら妻の怒りを鎮められますかね?」
「さあ、私は妻を怒らせたことがないので・・・とりあえず先に休んでください。私が深夜まで番をしますので。」
「・・・ではお言葉に甘えて。」
本当は妻と寝たいが、いつになるやら・・・龍希は一人で隣の客間に入った。
龍希は久々に熟睡できた。疾風が起こしに来なければ朝まで寝ていたに違いない。
龍栄と交代して夜の守番をこなした。
翌日の昼、交代の際に会った龍栄もすっきりした顔をしていたので、よく眠れたのだろう。
守番を終えて妻子のいる客間に行くと息子が駆け寄ってきて龍希の雷気を食べ始めた。
枇杷亭では龍希が来ても妻のそばから離れず龍希を威嚇していたのに・・・
「龍希様。お疲れ様です。随分、顔色がよくなられましたね。」
竜冠は本家に来ても相変わらず妻子の側にいる。
「ああ、龍栄殿のおかげだ。俺じゃこんなこと思い浮かばない。」
「ええ、あの方はいい補佐官になられますよ。」
「補佐官?」
「あの方は提案しただけ、反対する族長を黙らせて決定を下したのは龍希様ですもの。」
「俺一人で決められることじゃない。龍栄殿が決めたから、俺も決断できたんだ。」
「ふふ。相変わらず噓をつくのが下手ですね。私のような子どもでも分かります。」
「・・・」龍希は眉をひそめる。
「竜冠は龍栄殿が嫌いなのか?」
「まさか!私は尊敬しておりますよ。奥様の次に龍希様をうまく支えていらっしゃる。」
「うまく使うの間違いだろ。」
「ご存知です?龍栄様は生まれたのが娘でよかったととてもお喜びになったのですよ。龍希様以上に。もっともあの方は賢いですから奥様の前ではそんな素振りは一切見せないそうですが。」
娘をあやしていた妻がちらりと竜冠を見る。
いつもは娘を抱きしめて龍希を睨むのに今日は龍希の方を見てもくれない。
「どうせ俺は馬鹿だよ。」
「それでも皆、龍希様の決めたことには従いますよ。」
龍希は竜冠と目を合わせられなかった。
本家に移った翌々日、龍希は今日も守番を終えて、妻子のいる客間で息子に雷気を食べさせていた。
「竜琴?」
妻の戸惑ったような声に龍希が妻の方を見ると、娘がじっと龍希の方を見て口をパクパクさせている。
「あら?竜琴様も一緒に雷気を食べたいようですよ。」
竜冠が妻に微笑みかける。
龍希は真っ青になった。
龍希は娘に触れない。それどころか本音をいえば同じ部屋の中にいるのも辛い・・・呪いからできるだけ離れろと本能が告げるのだ。
だが、それは龍陽、竜紗、竜冠も同じだろう。
それに・・・何よりこれ以上妻に嫌われたくない。
「芙蓉、そっちに行って娘にも食べさせてもいいか?」
「竜琴にもくださるのですか?」
妻は驚いた顔で龍希を見る。
「娘が欲しがってるんだから当然だろ。ただ・・・俺は竜琴には触れないから芙蓉が抱いててくれないか?」
「・・・はい。」
『う・・・』
龍希は指先に雷気を集めて娘が食べるのを見ていた。
逃げ出したいという衝動を抑えながら・・・
額から、全身から脂汗が出る。
息子は龍希の足元に座ってじっと見ている。なんだか息子にも試されている気分だ。
娘がげっぷをして妻の腕の中で眠ったのを確認してから龍希は客間を出た。
扉を閉めると同時に床に座り込む。吐き気と悪寒で倒れそうだ。廊下で待っていた疾風が慌てて駆け寄ってきた。
もう二度とやりたくない・・・だが、息子は雷気を食べるようになって急速に身体が育ったのだ。
竜琴も同じようになれば・・・娘が呪われたのは龍希のせいだ。
龍希はこの日から毎日、娘に雷気を食べさせた。
本家に移動して1月半ほどたった4月のある日のことだった。
「龍希様!竜縁様が転変なさいました!」龍灯が守番中の龍希のもとに走ってきた。
「本当か!やったな。」
この日、紫竜本家に笑顔が溢れたが、龍希は久々に見た妻の本当の笑顔が一番嬉しかった。




