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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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龍栄の提案

~鶯亭 執務室~

「な、なんてことに・・・」

 龍栄は守番としてやってきた龍海から枇杷亭での呪いの報告を受けて絶句した。

 竜冠から枇杷亭の姫様が産まれる時期を予め教えてもらったと父から聞かされたが・・・それが禁忌だとは父は一言も言っていなかった。

竜冠が倒れて何ヶ月も本家で療養していたことも11月に龍希からはじめて聞いたのだ。

「龍緑はまだ意識が戻らないのか?」

「はい、一昨日、枇杷亭から移動させた時も全く起きず・・・。ただ呪いと思われる黒いもやは左肩あたりだけですので、命に別状はない・・・と信じたいです。」龍海は目に涙を浮かべる。


龍海の最愛の一人息子だ、本来ならそばを離れがたいだろうが・・・守番には余裕がない。


「枇杷亭の若様もお辛いだろうな。まだ転変されて1年なのに・・・」

「それが・・・」もう一人の守番、龍灯りゅうとうが小声になる。

「一昨日の朝から奥様と姫様のそばにいらっしゃるそうです。龍希様が奥様に謝罪に行かれたのですが、まあ奥様のお怒りは凄まじいらしく・・・若様もそれを感じていらっしゃるのでしょう。龍希様が奥様に近づこうとすると若様が転変して牙をむき出しにして・・・奥様をお守りになったらしいです。」

「まあ、奥様のお怒りはもっともだろうな。」


同じ胎生の妻を持つ龍栄は苦笑いする。

いや胎生ではなくとも激怒するだろう。


「龍希様が子の性別のことを気にされていたことも奥様のお怒りの一つらしく・・・だからあれほど顔に出すなと申しましたのに!あの方ときたら!」龍海は怒り出した。

「龍希様は取引先の前では完璧な営業スマイルなのに・・・奥様の前では隙だらけと言いますか・・・頭の中をさらけ出しすぎですよ・・・」龍灯も呆れた顔になっている。

「若様のことは族長には・・・」

「分かっております。」龍海と龍灯は真面目な顔になって頷いた。 



~枇杷亭 龍希の寝室~ 

 2月になり、龍希は相当参っていた。

もう妻に1ヶ月近く触れていない。

毎日、リュウカの部屋に会いに行くのだが、妻の怒りは薄れることがなく、龍希の姿を見ると娘を抱いて睨み付けるのだ。

龍希はろくに口を利くこともできない。

 息子は妻のそばから離れず、龍希が妻をいじめているとでも思うのか牙をむいて威嚇してくる。

「はあ・・・」

龍希が仮眠をとろうと寝室のベッドに横になった時だった。


ドンドン


屋根に何かがぶつかる音がした。

「!」

龍希は飛び起きて、玄関に走る。

守番たちに任せて龍希は休息をとっていた。

だが・・・

龍希は外に出るなり、屋根に体当たりしているトリたちを瞬殺した。

「龍賢!龍算りゅうさん!」

守番たちを探すと龍賢は地面に座り込み、龍算は群がってくるトリを一人で撃ち落としていた。龍希は慌てて龍算たちのもとに駆け寄って加勢する。



 15分後、ようやくトリの襲撃が終わり、龍希は動けなくなった龍賢を肩に担いで客間に運んだ。

「申し訳ございません。龍賢殿は昨日は鶯亭、3日前はこちらで・・・相当疲労が溜まっているようです。もう55近いですし・・・」

そう言う龍算も顔色が悪く、疲れが取れていないのは明らかだ。

2人だけではない。昨年6月から鶯亭の、先月からは2ヶ所での守番業務にみな疲弊している。

 

「お疲れ様です。薬湯をお持ちしました。」竜冠がお盆をもって客間に入ってきた。

シュンが続いて入ってきて、龍賢の看病を始める。

「龍希様。奥様はトリが屋根にぶつかった音に怯えておいでです。もう心配ないと伝えてあげてくださいませ。」竜冠が湯吞を渡しながら龍希を見る。

「・・・俺が行く方が妻を不安にさせる。」龍希は苦い顔で薬湯をすすった。

「だからこそです。竜琴様をちゃんと守っていると毎日何度でもアピールなさいませ。それしか奥様の信頼をとり戻す方法はございません。奥様は今日も竜琴様の身を案じて泣いていらっしゃるのですよ。あなたのせいで!」

竜冠に睨まれて龍希はリュウカの部屋に向かった。


 龍希が客間から出ていくと竜冠は龍算に目配せし、龍算は頷いた。



 いつものように妻と息子に怒りと怯えの感情を向けられ、疲弊した龍希が廊下に出ると龍算が待っていた。


「龍希様。龍栄様からご伝言を預かっております。」


「え?」

龍希は龍算と執務室に移動した。

「守番たちの疲労は限界に達しております。実は鶯亭でもトリが屋敷にぶつかることが何度か・・・それで龍栄様が龍希様にご提案したいと。

お互いに妻子を連れて本家に行き、そこで一緒に守番をしてはどうか?

とのことです。」

「はあ?」龍希は驚きのあまり大声が出た。


転変前の子を巣から出すなどあり得ない。

いつトリが襲ってくるか分からないのだ。


「んな危険なことできるか!巣の外に妻子を出せるわけないだろう!」

「それは龍栄様も同じです。ですが、みな疲弊している一番の理由は守番を2ヶ所同時にしかも力の強い龍栄様と龍希様が分散されていることにあります。本家に集まれば守る場所は一つになります。

それに・・・龍希様も龍栄様が守番をされている間はゆっくり休養をおとりになれるのでは?

龍栄様だって同じです。」

「う・・・」


確かにそうだ。

龍希はこのところ守番が居ても仮眠しか取れていない。


「このまま、龍栄様と龍希様までも疲れで動けなくなるようなことになれば・・・龍栄様だって苦渋のご提案です。それに本家への移動さえ無事に終われば、姫様の安全はここよりも増します。」龍算はじっと龍希を見る。

「龍栄殿の言いたいことは分かったが・・・父上は何と?」

「お館様は反対だそうです。あの方は・・・龍陽様のことばかりです。その上、龍希様にはこの話を聞かせるなと龍栄様に・・・だから龍栄様は私に伝言を。

お2人がお決めになったことならお館様といえども反対できませんから。」


「いや・・・でも・・・妻になんて説明すれば・・・」


「今、竜冠と竜紗が説明しておりますが、おそらく奥様は同意されるだろうと竜冠は申しております。奥様は姫様の安全を最優先に考えておいでだと。」

「う・・・そうだろうけど・・・」

「守番はみな龍栄様のご提案を知っております。できるだけ早く龍栄様にお返事を。

では、私も休ませていただきます。明日は鶯亭の午後の守番ですので。」龍算は一礼して出て行った。


『どうしたらいいんだ・・・』


龍希は執務室で一人、頭を抱えた。

  

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