妻の怒り
夜の守番を族長とともに務める龍賢がやってきて、龍緑たちの出来事を聞いて真っ青になる。
「竜冠がそんなことを!もしや龍緑は竜神様の呪いを・・・」
「龍賢、落ち着け。龍緑は関係ない。儂が竜冠に指示したのだから呪いを受けるとしたら儂だろう。」
「しかし、竜冠は龍緑と姫様・・・竜琴様が危ないと申したのでしょう?」
「ああ、竜冠に詳しく聞きたいが・・・あの通り全く会話ができん。」
族長と龍賢の会話を龍希が執務室で聞いている時だった。
ピー
転変した息子の悲鳴が聞こえた。
普段の鳴き声とは訳が違う。
龍希たちは驚いて一斉に立ち上がる。
「龍陽!どうした?」
龍希は慌ててリュウカの部屋に向かった。リュウカの扉を開けると同時に転変した息子が龍希の胸に飛び込んできた。
妻がそばに居るはずなのに?
「龍陽どうした?芙蓉!竜琴!」龍希は息子を抱きとめると妻のベッドに駆け寄った。
妻は大泣きする娘を抱っこして、真っ青な顔をしている。
「龍陽が突然転変して・・・どうしたの?妹が起きちゃったじゃない。いい子にして!」
「竜琴!」龍希は娘を見て真っ青になった。
黒いもやが娘を覆っている。
これは危険なものだ・・・龍希は本能で察した。
「芙蓉!それを離せ!」龍希は左手で龍陽を抱き、右手で妻から赤子を奪い取ろうとした。
「何をなさるのです!」妻は絶叫すると身体をよじって赤子を奪われまいとする。
「その黒いもやが見えないのか?芙蓉にまで何かあったら!こっちに渡せ!」
龍希は焦った。石で出血するようなか弱い妻なのだ。危険なものから引き離さなければ!
「もや?一体何を?自分の娘に何をなさるつもりです?」妻はパニックになっているのか赤子を一層強く抱きしめる。
「竜神の呪いを受けたのかもしれない・・・芙蓉まで巻き込まれたら!いいから寄越せ!」龍希は力づくでも赤子を奪おうとさらに右手を伸ばした。
「痛!」
左手に痛みを感じ龍希が左腕を見ると転変したままの息子が嚙みついている。
「龍陽!邪魔するな!芙蓉に何かあったらお前も困るだろう!」
しかし息子は離さない。
それどころか龍希に敵意を向けている・・・いや息子だけじゃない最愛の妻の方からも・・・
「呪い?娘だから・・・娘だったから見殺しにするのですか?息子の時には妻子のどちらも守ると言ったくせに!」
妻は泣きながら龍希に憎しみの目を向けている。
龍希は呆然となった。
『なんで怒ってるんだ?』
「いや、娘か息子かは関係ない。芙蓉に何かあったら・・・」
「嘘つき!誰よりも子どもの性別にこだわってるくせに!この娘を殺すなら先に私を殺してください!この娘は何も悪くないのに!」
妻から感じる憎しみは一層強くなる。
龍希はショックのあまり後ずさりした。
「龍希様!何をなさっているのです?」竜紗がリュウカの部屋に駆け込んできた。
部屋の入口には族長と龍賢が真っ青な顔で立っている。
「芙蓉が・・・どうして・・・」
龍希は信じられない。妻から敵意や憎しみを向けられたことなんて一度もなかったのに・・・
「龍希!龍陽と一緒に一旦、部屋から出ろ。竜紗!ここは任せたぞ。」
族長はそういうと龍賢と一緒に龍希を引っ張り出す。
いやだ、あれを妻から引き離さないと
・・・そう思うのに身体に力が入らない。
妻から恐ろしいほどの憎しみを感じる。
龍希は腕に噛みついたままの息子と一緒に執務室に引っ張り込まれた。
「なんてことをなさるのです!何の説明もなく奥様から赤子を取り上げようとするなど!お怒りになって当然です!子を奪われた母の恨みほど恐ろしいものはございませんよ!」龍賢は顔を真っ赤にして龍希を怒鳴りつける。
族長は息子を龍希から引きはがしてなだめている。
「龍陽は大丈夫なようだな。竜冠を呼んで来い!」
疾風がすぐに竜冠を連れてきた。
竜冠は大泣きしている。
「竜冠!何を聞いた?」
族長が竜冠に尋ねると竜冠は顔をあげ龍希を睨んだ。
「龍希様のせいです!竜神様の怒りを買って竜琴様ともども呪いを受けた。」
「は?俺?」
「龍希は何も知らん。儂がやったことだ。」
「龍希様はあの場に居られました。竜琴の守番の最高責任者は父竜である龍希様です。竜神様の怒りが向くのも当然・・・」
「いや待て!俺はなんともないぞ・・・むしろなんで龍緑が?」
「私にも分かりません・・・なぜか龍希様が受けるはずの呪いが龍緑に移っています。」
「はあ?呪いが移ることなんてあるのか?」
「分かりません。前例のないことですから。それに・・・もう私には竜神様のお声は聞こえなくなりました。」竜冠はまた声をあげて泣き出した。
疾風は龍希の左腕に緑の絆創膏を貼り終わり、竜冠に温かい飲み物を差し出すが、竜冠は両手で顔を覆って大泣きしている。
「一族に相談もなく勝手なことをなさるからです!とにかく、竜神様の呪いが解けるまで龍緑と竜琴様をお守りせねば!」龍賢は族長と龍希を睨む。
「あ、ああ・・・でも芙蓉から竜琴を離さないと・・・もし芙蓉に呪いが移ったら・・・」
龍希は立ち上がった。
「母から引き離されれば竜琴様は生きられません。それに奥様だって・・・かつて子を奪われ悲しみのあまり死んだ胎生の母がいたそうです。」
いつの間にかシュンが執務室に来ていた。
「はあ?なんで?」龍希は驚きのあまりシュンを睨む。
「今日お生まれになったばかりですよ。人族の赤子は母なしでは生きられません。それに母子の愛着の強さを何度もご覧になってこられたでしょう。奥様は子を殺されても平然とできる方だと?」
「う・・・」龍希は真っ青になる。
「でも・・・芙蓉にまで呪いが・・・」
「竜神様の呪いが一族以外に現れた例はございません。竜琴様も・・・転変により呪いに打ち勝った竜の子がかつていたそうです。龍緑の呪いが竜琴様より弱いのは転変した成獣ゆえ呪いに抵抗力があるから・・・だと思います。」竜冠は泣きながら教えてくれた。
「龍希様、どうされます?いかなる理由があろうとも竜の子を殺すことは禁忌です。父竜を除いては・・・」
龍賢の言葉に執務室にいる全員が龍希を見る。
「俺は・・・」
龍希にとっては妻の命が一番だ。龍希の答えは決まっていた。
龍希は深夜に襲ってきたトリを撃退し、翌朝、寝て回復した龍海も交えて今後の方針を決めた。
意識を失ったままの龍緑は龍海が巣に連れて帰ることになった。ただし一族のものは龍緑に触れないので、朱鳳から期間限定で買ったあいつを使うことにした。
龍希と龍陽は竜琴の呪いが解けるまでリュウカの部屋には入らない。竜琴の呪いが強くなってきている上、妻の憎しみが強く龍希はリュウカの扉の前で硬直してしまう。
竜の子は危険を感じると父竜から離れない。なんと外で龍希たちがトリを撃退している間も転変して龍希のそばにいた。
今までは母の側に居たのに・・・息子もまた竜琴の呪いに怯えているのだろう。
族長は息子を本家に避難させたいと言ったが、龍希から引き離すことができないので拒否した。




