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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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使用人たち

「空き部屋は掃除してないから、今夜はここに泊まって。」

タタは芙蓉を客間に案内した。

「は、はい。」

芙蓉はカッコウの獣人に怯えていた。


「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。若様は使用人を大切にされる方だから。こんなに痩せて。あなたもきっと辛い思いをして来たのね。」


タタは優しく芙蓉に微笑みかける。

「ここでちょっと待っていてね。ナナを呼んでくるから。」

そう言って、タタは客間を出て行った。



数分後、客間の扉をノックする音が聞こえ、白いシャツに緑のスカートをはいた羊の獣人が入ってきた。

「あんたがふよう?」

「は、はい。」

「私はナナ。タタに言われて迎えに来たわ。ついてきて」

それだけ言って、ナナは部屋を出ていく。


芙蓉はついていくしかない。

ろうそくで照らされた廊下を歩いていくと、ナナは扉が開いている部屋に入っていった。

芙蓉が恐る恐るその部屋を覗くとそこは食堂のような場所だった。

厨房にはコック帽をかぶりエプロンを着た猿の獣人が何やら料理を作っているようだ。



(えん)さん。新人。人族のひならしいよ。」

ナナが猿のコックに話しかける。

「人族?」

延が眉間にしわを寄せて芙蓉を見る。

「俺は延。ここのコックだ。人族が何を食えるのか知らんから教えてくれ。」

「今夜は何があるの?」

ナナが延に尋ねる。

「お前らには草粥だ。人族の主食も草か?」

芙蓉は首を横に振る。

「じゃあ肉か?鶏肉は食えるか?」


「火が通っていれば」


芙蓉はなんとか声を絞り出した。

「火が通るってなに?」

ナナが首をかしげる。

「焼けってことだよ。俺も生肉は好きじゃない。」延が答える。

「米と卵は食えるか?」

延の質問に芙蓉はまたうなずく。


「じゃあ親子丼を作ってやろう。ナナと座って待ってろ。ニニももう来るのか?」


「うん。」

ナナはそう返事すると、4人掛けのテーブルに移動する。

「芙蓉、おいでよ。」

ナナに呼ばれて、芙蓉はナナの向かいの椅子に座った。

「ここが食堂。延さんに言えば何でも作ってくれるわ。しっかり食べて大きくなりなさい。」

ナナは芙蓉のやせ細った腕を見ている。


『子どもと誤解されてる~え?どうしよう』


芙蓉が悩んでいると背後から声が聞こえた。


「ナナ、お待たせ!って誰その子?」


芙蓉が振り向くと、ナナとそっくりの羊の獣人が食堂に入ってきた。スカートが黄色でなければ区別がつかない。


「ニニ、お疲れ。この子は芙蓉。人族のひなだって。」


ニニはナナの隣に座る。

「へーはじめまして。私はニニ。ナナとは双子なの。お仕事は洗濯。」

「芙蓉です。」

芙蓉は頭を下げる。


「人族って、若様また人族のふりして町で飲んだくれてたのかな?」


ニニが苦笑いする。

「みたいよ。」

ナナは表情を変えずに答える。

「ねえ、人族って若様の匂いが分からないって本当?」

ニニが芙蓉に尋ねる。


『匂い?何のことだろう?』



「できたぞ。」

延が盆にどんぶりを3つのせて持ってきた。

芙蓉の前には親子丼が、ナナとニニの前には草粥が置かれる。


「待ってましたーお腹ペコペコ。」


そう言ってニニはスプーンを持って食べ始めた。

芙蓉は恐る恐るスプーンで親子丼を口に運ぶ。ちゃんと肉に火が通っていておいしい。ただ味付けは醤油じゃなくて塩だった。



食事が終わると、ナナが丼を集めて延のところに持っていってくれた。

「ねえ、芙蓉ちゃんはお風呂入れる?」

ニニが尋ねる。

芙蓉はうなずいた。


「よかった。若様はお風呂に入らない使用人を嫌うの。だから私たちはあんまり水が好きじゃないけど我慢して毎日入ってるんだ。もうすぐ若様のお風呂が終わるはずだから、そしたら案内してあげるね。」


「ありがとう。」

ここでも毎日お風呂に入れるならありがたい。

 


ナナが湯呑を3つ持って席に戻ってきた。麦茶の匂いがする。


「ねえ、ナナ、芙蓉ちゃんはナナと一緒に掃除するの?」


「知らない。芙蓉の仕事はタタが決めるでしょ。」


ナナはお茶を飲みながら答える。


「ふーん。芙蓉ちゃんはここに来る前は何していたの?」


「えっと・・・薬屋で働いていました。」


芙蓉は小さな声で答えた。


「薬屋?お医者さんなの?」


ニニは驚いている。


「いいえ、簡単な薬を調合して売るだけです」

「売るって、商人だったの?」

「いいえ、商人は父と兄で、私はただの店番でした。」


「ふーん。もしかして芙蓉ちゃんも親が死んで帰る家がなくなったの?私たちみたいに」


「え!はい・・・」


芙蓉はドキリとした。

父親が急死しなければ売られることはなかった・・・はずだ。


「そっかー。私たちと同じだね。ここはいいよ。住み込みで死ぬまで働けるから。」

ニニは笑顔でそう言うが、芙蓉は返事に困った。


きっと芙蓉はすぐに若様に飽きられるに違いない。



「食事は終わったかい?」

タタが食堂にやってきた。

「うん。私とニニはもう休んでいい?」

ナナがタタに尋ねる。

「いいよ。芙蓉ちゃんは私とおいで。お風呂に案内するよ。」

タタがそういうと、ナナとニニは食堂を出て行った。



芙蓉はタタについて廊下に出る。

お風呂は芙蓉の泊まる客間の斜め向かいだった。


「お風呂に入ったら今日はもう寝な。明日の朝起こしに来るからね。」

そう言ってタタは、タオルと寝間着を芙蓉に渡して去っていった。


 

~枇杷亭 浴室~

石でできた風呂だった。天井は高く4メートル近くある。壁の穴からお湯が浴槽に注がれている。芙蓉は髪と身体を丁寧に洗った後、浴槽のお湯につかった。

お風呂は二度目だが、身体はきれいにしておくべきだろう。


芙蓉は風呂からあがり、脱衣所のドライヤーで髪を乾かして部屋に戻った。

部屋の化粧台に座って髪をくしで梳いていると部屋の扉がノックされる。


「はい。」


芙蓉は立ちあがって扉を開ける。

そこにいたのは若様だった。


「おいで、芙蓉」

笑顔でそう言うと左手を伸ばして芙蓉の肩を抱く。


「はい。」


芙蓉は作り笑顔を浮かべて若様の寝室についていった。


芙蓉の仕事はこれからだ。

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