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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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縁を結ぶ子

~枇杷亭 リュウカの部屋~

「できた~。」芙蓉は両手をあげて喜ぶ。

6月に入って15日目、紫陽花の刺繡に思いのほか時間がかかってしまったが、白猫に贈るおくるみがようやく完成した。

「どう?」

「素晴らしい出来です!さすが奥様です。」ククとシュンはおくるみの刺繍を見て感動している。

「鶯亭の奥様にどうやってお渡ししたらいいかしら?」

「シュシュにお任せいただけますでしょうか?ご出産がいよいよ近いのでしょう。龍栄様は気がたっておいででシュシュと女の守番以外は鶯亭に入れない状態なのです。」シュンが申し訳なさそうな表情になる。

「シュシュ先生なら安心だわ。明日いらした時にお渡しするから、包んでおいてくれる?」芙蓉はシュンにおくるみを渡した。


「あ~疲れた。」思わず大きなあくびが出た。

「奥様、お休みになられる前に何かお召し上がりになりませんか?」ククが心配そうな顔になる。

 ここ3日ほど雨が降り続いて蒸し暑いからだろう。芙蓉はあまり食欲がない。

「う~ん。あんまり食欲は・・・でも喉が渇いたわ。」

ククは食堂に走っていった。

芙蓉が冷えたリンゴジュースを飲んでリュウカの部屋のベッドに横になった時、

「あ~う~あ~」

龍陽がハイハイしながら芙蓉のところにやってきた。

芙蓉は愛しい息子を抱っこして横に寝かせる。

「お待たせ、龍陽。ママ頑張りましたよ。一緒にお昼寝しましょうか?」

 息子は布団にもぐって芙蓉の身体にくっつくとふんふんと匂いを嗅いでいる。

「旦那様の子ねえ・・・でも最近胸じゃなくてお腹の匂いを嗅ぐようになった?ふあ~まあいいか。」

芙蓉は眠気に負けて目を閉じた。

最近やたらと眠い。



~鶯亭 リュウカの部屋~

「まあ!枇杷亭の奥様が。」嬉しそうな妻の顔を見て、龍栄も笑顔になる。

「ええ。奥様自ら刺繡してくださったそうです。生まれてくるお腹の子にと。」

「すごい!青い鳥に花々・・・あれと同じ。これで息子が産まれますか?」

「竜の子の性別は竜神様がお決めになりますから。でも性別がどちらでも大切に育てましょう。」

「・・・あなたは息子が産まれて族長になることをお望みなのでは?」

「私の一番の望みは妻が幸せで、子どもが元気に生まれて育ってくれることですよ。息子でも娘でも元気に生まれてくれれば、私は幸せです。」

「あなたがそう仰るなら。」妻はほっとしたような表情になる。

 新年会の晩、枇杷亭の奥様と話してから、妻は随分と会話をしてくれるようになった。

龍栄は嬉しくて仕方がない。

これまで無口で無表情だったのが嘘のようだ。

妻同士でどんな話をしたのか想像もつかないが、枇杷亭の奥様には感謝しかない。

『それに・・・言葉に出さなかっただけで相当、子の性別を気にしていたんだな。もっと早く気づくいて、ちゃんと言葉で伝えるべきだった。』

龍栄はベッドに横になっている妻の頭をそっと撫でた。妻は気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。

この日の晩、待望の第一子が産まれた。



~枇杷亭 執務室~

「はあ?娘」龍希はショックのあまり大きな声が出た。

「ああ。そうだ。姪の誕生を喜ばんか。そんな反応をしたらさすがの龍栄も激怒するぞ。」族長が呆れた顔で龍希を見る。

「いや、無事産まれたのは喜ばしいですが・・・」

龍希は呆然として側にいる妻を見る。

妻は珍しく不機嫌な顔をしている。というよりも龍希に怒っているようだ。

『なんで?俺なんかした?』

「ほら行くぞ。龍栄が待っておる。暗くなる前に神殿に行かねば。お前は鶯亭でしっかり守番の役割を果たせよ。」族長は馬車に向かって歩き出した。

「あ、はい。芙蓉、行ってくる。夜までには帰るから。」龍希は妻の唇にキスすると慌てて族長の後を追って枇杷亭の庭に向かう。



~鶯亭 執務室~

『え?ちっさ・・・』龍希は龍栄の娘をみて驚いた。

龍陽が生まれた時の3分の1の大きさしかない。真っ白な子猫が龍栄の腕の中で寝ている。妻が贈った刺繍のおくるみにくるまって。

龍栄も父親も泣き笑いしながら子猫を見ている。涙がぼろぼろとほほをつたっている。

「族長、龍栄様。そろそろ・・・」そういう龍海も泣いている。

 龍希は居心地が悪いことこの上ない。息子だったら龍希だってうれし涙のひとつも零したかもしれないが・・・


「龍希様。その顔はなんです?」

族長と龍栄の乗る馬車を見送って龍海が呆れた顔で尋ねる。

「自分でも分からん。龍栄殿はなんで・・・あんなに嬉しそうなんだ?」

「やっと生まれたお子様なのですよ。ご結婚してすぐにお子様ができた龍希様には分からぬ苦労をたくさんしてこられたのです。」

「でもお前も息子じゃなくてがっかりしてるだろ?」

「何を仰います!竜神様がお授けになり、奥様が命懸けでお産み下さった竜の子に!バチがあたりますよ!大体あなた様は・・・」

龍海の説教が始まったが、龍希はいつものごとく聞き流した。

だが、きちんと聞いとくべきだった。

龍希は後に深く後悔することになる・・・



~竜神の神殿~

「おめでとうございます。龍栄様、族長。」竜冠りゅうかんは真っ白の巫女服を着て、神殿の最奥にある祭壇の前で待っていた。

「名前はもう決まっております。姫様ですね。14年ぶりの雌竜。一族同士、竜神様、取引先・・・さまざまな縁を結び、縁を強める役割を担う子。父の龍栄からお生まれになった子の名は、竜縁りゅうえんです。雌竜を示す竜に、つながりを意味する縁の字。大切に守り、お育てください。一族においてとても重要な役割を果たす娘なのですから。」

 竜冠は言い終わると祭壇の上にある橙色をした丸い果物を手に取って龍栄に渡す。

「これは・・・杏ですか?」

「はい。奥様と一緒にお召し上がりください。子は奥様の母乳から実の力を得ます。」

「ありがとうございます。」

「ふふ。龍栄様はとても嬉しそうですね。」

「それはまあ。子が産まれれば誰だって嬉しいものでしょう?」龍栄の目にはまた涙が溢れてきた。

「龍希様は嬉しさと戸惑いが入り混じった顔をされていました。戸惑いの方が大きかったのか全く泣いておられなかったです。」

「ああ・・・いい気味です。龍希殿にはこれまで遊んでいた分、後継候補の筆頭としてしっかり働いてもらわないと。」龍栄は愉快そうに笑う。

「まあ!逞しくなられましたね。顔つきが変わられました。それに・・・ああ、私は大変嬉しゅうございます。ようやく巫女の後任が・・・」竜冠も涙ぐむ。

「竜冠殿は今年で14でしたか?」

「ええ。あと数年で成獣になるでしょう。そうなれば竜神様のお声は聞こえなくなるそうです。間に合ってよかった!」竜冠は安堵の表情を浮かべる。

竜冠以来14年ぶりに産まれた娘が竜縁だ。

「念願の子です。転変・・・いや成獣になるまで必ず守ります。」龍栄は真面目な顔になる。

「それでは巣にお戻りを。トリは雄の子の時より多いようです。」竜冠は険しい顔で告げた。


同時刻、鶯亭の上空はトリの群で真っ黒になっていた。


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