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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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梅の谷

「まあ!青緑谷せいりょくたにの梅林でございますか?」ククは嬉しそうだ。

「ええ、梅を見て宿でゆっくりしようと旦那様が。」

芙蓉もご機嫌だ。旅行は昨年の初めに雪光花を見に行って以来だ。息子にも美しい梅の花を見せてあげたい。

「ふふ。あの引きこもりの龍希様がお変わりになったものです。」シュンが笑う。

「え?旦那様は旅行好きじゃないの?」芙蓉は首を傾げる。

妊娠前は紅葉狩りに雪光花の雪見宿と旦那様のお供をした。

「仕事と酒以外では外出しない方です。奥様を喜ばせるためでしょう。」シュンの言葉にククも頷いている。

「そうなの・・・」

 じゃあもしかして紅葉も雪光花も私のために?だとしたらとんでもない出費と手間だ・・・

なんで自分なんかのためにそこまで・・・芙蓉には理解できない。

「当然でございます。あんなぼんくらにはもったいないほどの奥様なのですから。さ、仕立て屋を呼びませんと。」ククはご機嫌でリュウカの部屋を出て行った。

「え!着物ならもう十分すぎるほど・・・」

「何を仰います。まだクローゼットは空いておりますよ。」シュンは真剣だ。

侍女たちはいつの間にか隣の部屋を芙蓉のクローゼット代わりにしていた。あの広い部屋がもう半分近く埋まっているのに・・・旦那様も侍女たちと同じことを言っているから芙蓉には止めようもない。


 自分にはこれ以上返せるものがないのに・・・芙蓉は困ってしまう。

旦那様が欲しがっているものは分かっているが芙蓉にはどうしようもないのだ。

 どうして男は商人の結婚に愛や恋など求めるのだろう。馬鹿としか思えない。

兄もそうだった。隣町の酒屋の娘に惚れたから結婚したいと言って父に殴られていた。薬屋に何のメリットもない、酒屋にも娘を差し出す理由がない。そんなこと子どもでも分かるのに・・・兄は惚れこんだと言って譲らなかった。

兄の結婚が遅れたせいで芙蓉は行き遅れになった。両親は跡継ぎより先に嫁に出したら格好がつかないと言っていたが、芙蓉が20になる前年、ちょうど仕入先の長男が後妻を探していると聞いて、父は芙蓉との縁談を持ちかけた。

 会ったこともない10歳上の3人の子持ちの男だろうが、芙蓉には拒否権などなかった。親の勧める縁談を断り続ける兄とは違って・・・

芙蓉を売った後、兄は結納金を積んで酒屋の娘と結婚したのだろうか?いや酒屋の主人は金に目がくらむような馬鹿ではないだろうが・・・まあ芙蓉にはもうどうでもいい話だ。


「う~う~」息子が呼んでいる。

芙蓉は息子を見るだけで自然と笑顔になる。

この子にはたくさんの体験をさせてあげたい。

それにこの子の服はいくらあっても足りない。最近は芙蓉が少し離れただけで転変してしまう。竜の子が成長している証らしいけど、毎回服が破れるのは何とかならないものか・・・



~青緑谷の梅林~

「龍陽。梅のいい香りね。」芙蓉は満開の梅の木に近寄ると笑顔で腕の中の息子を見るが、息子は不機嫌そうな顔で手足をじたばたさせる。

「どうしたの?この匂いは嫌い?」

「ん~。龍陽も鼻がいいからなあ。」旦那様は暴れる龍陽を抱っこする。

 今月で7ヶ月になる息子の体重は10キロを超えており、力も強いので暴れると芙蓉はよろけそうになってしまう。

「俺が抱っこしているから芙蓉はゆっくり楽しんでくれ。」旦那様はにっこりと笑う。

「でも龍陽が嫌なら・・・」

「こいつも慣れないと。雌の獣人は花が好きだから。俺も子どもの頃から母上に連れまわされて段々慣れたんだ。金木犀以外は。」旦那様は龍陽をあやしながら答える。

「それで今回の旅行を?」

「龍陽はおまけだよ。1年以上、芙蓉を旅行に連れて行けてなかったから。雪見風呂の時期は過ぎてしまったけど、白梅が見れる温泉の宿だから喜んでくれるといいな。」旦那様は優しい笑顔を芙蓉に向ける。

「・・・ありがとうございます。」芙蓉は顔が赤くなってしまった。 


 ピンク、白、赤・・・満開の梅を眺めながら遊歩道を進む。

うっとりするほどいい匂いだ。ククとシュンも嬉しそうに梅の香りを嗅いでいる。

 枇杷亭の庭にも様々な花が咲いているが、芙蓉が庭に出ると旦那様が慌てて飛んでくるのでゆっくり眺めることもできない。妊娠前と同じく旦那様が一緒でないと庭に出られないのが悩みだ。

侍女たちがいるし、芙蓉には逃げ出す羽もないのに・・・



 1時間ほど梅の谷を満喫して、日暮れ前に宿に着いた。今回も離れの客室で、ほかの客と顔を合わせることはない。

獣人は紫竜の匂いを嫌うと聞いたから宿側の配慮だろうか?ククたち使用人は慣れているが、慣れるのに住み込んでから2~3年かかるらしい。

獣人からすると芙蓉が異常なのだろう。


 龍陽は旦那様の雷気を食べて寝てしまったのでククたちに任せて芙蓉は旦那様と露天風呂に入った。

不思議な光る玉が吊るされているので、日が暮れているのに美しい中庭と梅の花が見える。

「この光る玉は一体?」

「ん?黄虎の光玉だろ?」

「え!黄虎の?」

「ああ、あいつらが作ってる。うちの一族でも買っているが俺は嫌いなんだ。黄虎の匂いがするから。」

「どうやって光っているのですか?」芙蓉はじっと光玉を見る。仕組みが全く分からない。

「黄虎の光を閉じ込めているらしい。半年~1年は何もしなくても光り続けるから、本家や蔵ではろうそく代わりに使ってる。」

「温泉宿にもあるなんてメジャーなものなのですか?」

「・・・ここは黄虎族がやってる宿だからな。」

「え!」

「ワニ族の宿を黄虎が買い取ったらしい。あいつと会うことはない・・・はずだ。」

「あの方が接客をしているところは想像つかないです。」

「客寄せにはなるかもな。求婚者が絶えないらしいから。」

「・・・黄虎の族長のことですよね?」

「ああ。俺には全く理解できない。」

「旦那様も十分物好きですよ。」

 旦那様は不満そうな顔になり、湯の中で腕を伸ばして芙蓉を抱き寄せた。

「それもケンソンか?俺は好きじゃない。」

「謙遜ではなく事実ですよ。私は行き遅れですから。」

「・・・やっぱり人族の男と結婚したかったのか?」

「まさか。私は若様のお側に居ることを選びましたもの。今でも後悔したことはないです。」

 まあ、あの時はまさか妻にされるとは思ってもみなかったが。

「なんで・・・」

「若・・・旦那様は私を人として扱ってくださいますから。」

旦那様は首を傾げるが、芙蓉はそれ以上何も言わずに頭を旦那様の胸に預けた。


『なんで好きでもないのに?とききたかったのかな。勘弁してほしい。』



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