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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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思惑

 翌日の昼前、朱鳳たちは紫竜本家を後にした。深紅の翼を広げ、一斉に飛び立つ。

竜湖は仕事が残っているので紫竜本家に留まっている。

 紫竜領を出て10分ほどたったころ、一団の先頭を飛ぶ鳳剣は娘の凰蘭おうらん凰鈴おうりんに指示する。二羽は一団を離れて、下降していった。


「お待ちしておりました。」

着地した凰蘭と凰鈴を、頭を下げて迎えたのは人族の商人3~4人だ。

「紫竜の花嫁に会ってきたわよ。間違いなく人族の娘。それも奴隷じゃないわ。ガッコウ?で知識をつけた商人の娘よ。」


「そんな馬鹿な!?」


人族の商人たちは驚愕している。

「一体どこの娘です?」

「知らないわ。宝飾品にも刺繡にもお詳しいけど。」

「・・・どうしたらお会いできますか?」

「無理よ。紫竜は妻に他族の雄を近づけさせない。それに私たちはこれ以上の協力はしないわ。」


「な!?どうして?」

商人たちが凰蘭と凰鈴を睨むが、

「あんたたち、今、殺気を出したでしょう。紫竜の花嫁に手を出そうものなら待っているのは族滅よ。紫竜の逆鱗に触れたら朱鳳といえども無傷では済まないの。人族にそこまでしてやる義理もないし。」凰蘭は鼻で笑う。

「はあ!?キンリュウザにケイツどれだけ苦労して手に入れたと・・・」

「対価としてあんたたちが望んだ情報は渡したでしょ。取引はこれで終わり。」

「次は何をお望みで?」商人たちは探るような眼で凰蘭を見る。

「言ったでしょう。紫竜の花嫁に関してはもう一切協力しない。」凰蘭はぷいと顔を背けた。


「花嫁の夫に会う機会なら提供できますよ。花嫁を連れてくるかは分かりませんが。」


凰鈴がにこりと笑ってそう言った。

「本当ですか?」商人たちは期待のまなざしを向ける。

「ええ、でも見るだけと約束してくださるなら。」

「いいでしょう。お約束します。」商人の一人が答える。

「対価は人族の奴隷10匹ね。」

「は?ええ!?いくら何でも」

「嫌ならいいわ。ほかをあたりなさいな。」凰鈴は冷ややかに笑う。

「ぐ・・・わかりました。」

「4月までに用意しなさい。紫竜が巣を出てくる機会なんてそうないわよ。」


「話が終わったなら行くわよ。私は協力しないから。」凰蘭がそう言って凰鈴を見る。

「ええ、それじゃあご連絡お待ちしています。」

凰鈴は商人たちに作り笑顔をむけると、凰蘭と一緒に飛び立った。



「随分ふっかけたわね。龍希殿が朱鳳の巣に花嫁を連れてくるわけないのに。」凰蘭は雲の上を飛びながら大笑いする。

「人族は無知だからそんなこと分からないわよ。それに虎どもが紫竜に売り込みに来たせいで値下げに同意させられたのよ。」凰鈴は忌々しそうに目を細めた。


 紫竜は花嫁の毒味役として朱鳳から人族の奴隷を買っている。人族の奴隷はすぐに死ぬので、朱鳳は大儲けしているが、黄虎どもがどこからか嗅ぎつけてきたのだ。

あの女族長は抜け目がない。

花嫁にあんなプレゼントまでして・・・紫竜の族長父子は朱鳳の値段の9割で黄虎から人族の奴隷を買うことにしたらしい。

「母さんの仕業でしょ。」

「ええ。おそらく。ほんと紫竜なんてろくなもんじゃないわ。」

凰鈴は凰蘭に続いてぐんと高度を上げた。

朱鳳の巣がある大樹はまだ何キロも先だ。



~紫竜本家~

「え!?藍亀あいきは来ないんですか?」龍希は驚いて龍栄を見る。


今日は藍亀との宴会の打合せで本家に来たはずだが?


「打診したんですが・・・竜の子など珍しくもないからいいと。次は・・・族長の交代の時にお邪魔しますと言われました。」龍栄はそう言って苦笑いする。

 

 500年生きる亀どもにとって10数年ぶりの竜の子はわざわざ見にくる価値はないらしい。

それなら龍希は楽だが・・・

「しかし、俺は藍亀に挨拶しなくてもいいのですか?」

藍亀から龍希を取引相手に追加指名してきたのではなかったか?

「朱鳳の代替わりの儀の際に、ご挨拶すると・・・言われました。」

龍栄の言葉に龍希は眉をひそめた。


「俺が嫌いなら、無理しなくていいのに。」


 藍亀族は龍栄を気に入っている。取引の際は必ず龍栄を同席させろと要求してくるほどに。

「そうもいかないのですよ。私には跡継ぎが居ませんので。」龍栄は肩をすくめる。

「どいつもこいつも余計なお世話だ。」龍希は舌打ちする。

「落ち着け。龍栄は何年も前から聞き流しとる。」族長が龍希と龍栄を見る。

『龍栄が言い返さないから、亀が調子に乗るんだ』

龍希は腹立たしくて仕方ない。


「じゃあ次は獣人の取引先ですか?」

「そうなるな。獣人の主要取引先は一度に呼べばいいだろう。龍希、孔雀族はどうする?」

「不要です。」龍希は即答した。


母の遺言だ。

それに会ったこともない孔雀などどうでもいい。


「・・・分かった。龍栄、白猫族は?」

「私は取引しておりませんので不要かと。」龍栄も即答した。

「ならば、熊、象、白鳥、カラスか。」

「族長。鹿族もです。」龍賢りゅうけんが声をかける。

「鹿?あ、ああ、龍算りゅうさんか。」族長は頷いた。


 龍算はワシ族の前妻との間に子ができず、30歳を超えているので2月に鹿族の妻と再婚したのだ。

龍算も族長後継候補の一人だ。

鹿族は結婚により主要取引先に昇格したというわけだ。

「妻も子も疲れているので、次の宴会は3月の終わり頃にしてもらえませんか?」

「お前がそう言うなら、そうしよう。日程が決まったら連絡する。皆、ご苦労だったな。」

龍希たちは一礼して族長の執務室を出た。



「龍希殿。雪光花せきこうかを教えてくださりありがとうございました。おかげさまで妻は大喜びでした。」龍栄が龍希に頭を下げる。

「え、いえとんでもない。あの・・・鼻は大丈夫でしたか?」

龍栄は苦笑いする。


『まあ大丈夫なわけがないよな。』


それでも龍栄は白猫の妻の頼みを断れなかったのだろう。新年会で芙蓉の髪飾りと指輪を見て白猫は同じものをねだったらしい。

「妻がものを欲しがるなんて初めてですよ。あんなに喜んだのも。」

龍栄は嬉しそうだ。

「それはよかったです。」龍希は微笑んだ。


『今度こそ息子ができてくれ!』


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