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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第2章 夫婦編
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朱鳳

「明後日は朱鳳しゅほう一族ですか?」芙蓉は旦那様の執務室で思わずため息をついた。

 先週、黄虎族との宴会があったばかりなのに・・・また本家で宴会らしい。

「朱鳳は虎と違って友好関係にあるから大丈夫だ。今回は宴会だけだから本家には昼過ぎに行こう。」

「・・・また本家に泊まりですよね?」

「ああ、嫌か?」

「・・・」

 先週も本家で恥ずかしい思いをさせられた。夜も朝のお風呂でも・・・芙蓉は思い出して顔が熱くなる。

『今回はどんなに疲れててもお風呂に入る!私まで変態だと思われちゃう・・・』


「奥様。明後日も朱鳳から買った宝飾セットをお持ちしますね。アメシストでよろしかったですか?」ククが笑顔で尋ねる。

「あ・・・朱鳳って竜湖様の」

「はい。今回はご子息たちもお連れになるはずです。」

「そういえば前回は娘さんだけだったわね。」

「いくら朱鳳でも俺の巣に雄は入れないよ。」旦那様は眉をひそめる。

「え?でも守番たちは?」

「守番は例外だ。普段は同族の雄だって入れない。」

「・・・竜湖様のご子息は同族ではないのですか?」

「当然だろう。」旦那様は首をかしげる。

「奥様、紫竜の雌からは夫の種族の子しか産まれないのでございます。」ククが説明してくれた。

「え!そうなの?」

「はい。反対に紫竜の雄の子は必ず紫竜です。妻の種族の子は産まれません。」

「不思議・・・」芙蓉は思わずつぶやいた。

「人族は違うのか?」旦那様が尋ねる。

「さあ、私は人族同士の子しか知りませんので。」

芙蓉の答えに旦那様は何とも言えない表情になった。



 朱鳳一族との宴会の日、芙蓉は白い梅の花が描かれた赤紫の着物を着て、アメシストの髪飾り、ネックレス、イヤリング、ブレスレットと結婚指輪を身に着けていた。

アメシストのネックレスの中央には2つのリュウカが輝いている。黄虎族の宴会の時と同じだ。取引先と会うときには必ずリュウカを身に着けるらしい。

 毎回のことながら芙蓉は落ち着かない。美しい着物も豪華な宝飾品も凡庸な顔の芙蓉には似合っていない。

むしろ価値を下げているのではないだろうか?

それなのに・・・

「芙蓉は本当に着物が似合うなあ。先週の着物姿も美しかったけど、今日はそれ以上だ。今、桜の着物を取り寄せてるから楽しみだ。」旦那様はうっとりとした顔で芙蓉を見ている。

勘弁してほしい。

まだ化粧をしていないのに芙蓉のほほは赤くなってしまった。


 宴会場の大広間に行くと、赤い鳥の獣人ではなく朱鳳が20人ほどだろうか・・・すでに着席し、向かいに座る紫竜たちと和気あいあいと話している。

黄虎の時の殺伐とした雰囲気とは大違いだ。

ただ、やはり獣人の妻は一人もいない。

 旦那様は右手で龍陽を抱っこし、左手で芙蓉の肩を抱くと席に向かった。

今日は族長が先に座っている。

旦那様は芙蓉を先に座らせ、自分も族長の横に座る。

「揃ったな。龍希、家族を紹介しなさい。」

「妻の芙蓉と息子の龍陽です。」

「この度はおめでとうございます。龍希殿。奥様。朱鳳族長の代理で参りました鳳剣ほうけんと申します。」族長の向かいに座る鳳剣は旦那様に頭を下げる。

「朱鳳の族長殿はお元気ですか?」

「健在ですが、もうすぐ150を超えますので、この春に新しい族長が就任します。代替わりの儀式のために旧・新族長は巣を離れられないゆえ、代理をたてたご無礼をお許しください。」

「ん?150なら朱鳳の寿命の半分ほどでは?」旦那様は不思議そうな顔をする。

「我が一族は最近、子が減っておりまして。昨年は50羽しか生まれず。若く新しい族長のもとで一族を立て直すことになったのです。」鳳剣は笑顔で告げる。

『うわあ・・・』

芙蓉は作り笑顔が崩れそうになった。仲が良いと聞いていたのに、とんでもない皮肉だ。

「族長と子不足は無関係でしょう。」旦那様は明らかに不機嫌な顔になっている。

「われらはそうは考えておりません。どこぞの一族は族長が変わってから急激に子が減り、絶滅寸前と揶揄されておりますし。」

「なんだと!」

旦那様は鳳剣を睨みつけた。

「龍希、やめい。」族長が旦那様の方を見る。

「しかし・・・」旦那様は鳳剣を睨んだままだ。

 芙蓉は肩を抱く旦那様の左手にそっと自分の左手を重ねた。

「う・・・」旦那様は一瞬、両目をつむると、

「失礼しました。」

と頭を下げた。

「謝る必要はないのでは?嘆かわしいですね。本来は族長の役目でしょうに。すっかり腑抜けてしまわれた。」鳳剣はため息をつく。


「あなた。それくらいにしてくださいな。宴会の空気が冷えてしまいましたよ。」


いつの間にか芙蓉の後ろに竜湖が立っていた。

『え、あなたってもしかして。』芙蓉は驚いて竜湖を見る。

「龍希様。奥様。夫が失礼いたしました。族長代理の大役を仰せつかって少々言葉が過ぎたようで。」そう言って竜湖は鳳剣を睨む。

「紫竜本家ですから妻の顔をたてましょう。龍希殿。大変失礼いたしました。」鳳剣は旦那様に向かって頭を下げる。

 いつの間にか宴会場は静かになっている。場が凍るとはまさにこのことだろう。

芙蓉は居心地が悪いことこの上ない。


「芙蓉。少しだけ席を外してくれるか。龍陽のお披露目をしたい。」旦那様がいつもの優しい笑顔で芙蓉を見る。

「畏まりました。」芙蓉は作り笑顔で答えると立ち上がった。

すぐに竜湖と竜紗が側に来て、芙蓉と一緒に大広間を出る。

芙蓉がそばにいると龍陽は転変しないので予め旦那様に頼まれていた。

芙蓉は大広間の隣の休憩室に入ると大きなため息をついてしまった。

「ごめんね。芙蓉ちゃん。」竜湖は珍しく申し訳なさそうな顔をしている。

「奥様おかけ下さい。すぐにシュンが飲み物を持って参ります。」竜紗が椅子をすすめる。

「ありがとうございます。」芙蓉は素直に座った。

竜湖と竜紗も向かいのソファーに座る。

「あんな露骨に龍希を挑発するなんて。朱鳳も黄虎と同じ考えみたいね。」竜湖がため息をつく。

「驚きました。新族長の方針でしょうね。鳳剣殿もお気の毒に。とんだ憎まれ役を。」

「龍希に睨まれて内心はびくびくでしょうね。でも顔に出さないのはさすが私の夫だわ。あとで褒めてあげなきゃ。」竜湖は楽しそうに笑う。

「あの・・・あれは何のパフォーマンスだったのですか?」芙蓉だけ事情が分からない。

「パフォーマンスじゃないわ。朱鳳の本音よ。黄虎と同じく紫竜の世代交代を待ってるの。」竜湖は真面目な顔になる。

「どうしてですか?」

「芙蓉ちゃんならもう察してると思うけど、今の族長は嫌われててね。でも龍峰りゅうほうのせいじゃないわ。竜帆が悪いのよ。」竜湖は不愉快そうに顔をゆがめる。

「リュウホ?」誰だろうか?

「紫竜の子不足の原因を作った馬鹿娘よ。ついでに朱鳳と紫竜の縁談を途絶えさせた張本人でもあるわ。」竜湖だけでなく竜紗も不愉快そうな表情をしている。

 雰囲気的に芙蓉はそれ以上質問する勇気はなかった。


「・・・そういえば、竜湖様のご子息もいらっしゃっているのですか?」芙蓉は話題を変える。

「え、ええ。紹介したいけど朱鳳の雄が芙蓉ちゃんに近づこうものなら龍希が激怒しちゃうから。末席の方に銀色の着物を着て座ってるわ。年子だからそっくりだけど、入り口に近い方が末息子よ。」

「ということは4人もお子様がいらっしゃるのですか?」芙蓉は驚いた。

雌竜が竜の子を産めればどんなに良かったことか。

「ええ。朱鳳は同族同士でも獣人とでも子を成せるから、紫竜との結婚は多くなくてね。私の役目は紫竜と朱鳳の関係を強めることなの。だから頑張ったわ。末息子を産んだのは40の時だった。なのに・・・竜帆が台無しにしたのよ。」竜湖はまた怒りの顔になる。

「竜湖様。今はやめましょう。奥様が困っておいでです。」竜紗が慌ててなだめている。

「あらやだ。ごめんなさい。」龍湖はいつもの作り笑顔に戻った。


「今日も紫竜の奥様方はいらっしゃらないのですね。」芙蓉はまた話題を変える。

「来れないのよ。獣人は朱鳳の匂いも嫌うから。あと竜の子も怖いのよ。」龍湖は肩をすくめる。

「あの・・・朱鳳出身の奥様は?」

「朱鳳から嫁をもらったことはないわ。寿命が違いすぎるからね。それに大空と自由を愛する朱鳳は紫竜の花嫁には向いてないの。」

芙蓉は苦笑いしてしまった。


妊娠中の監禁生活を経験した芙蓉にはよく分かった。


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