執事の勘違い
「ん・・・?」
振動を感じて、芙蓉は目を覚ました。
馬車が止まったようだ。
「起きたか。歩けるか?」
若様に優しく問われ、芙蓉は慌ててうなずいた。
いつの間に眠ってしまったのだろう?
若様に続いて馬車を降りると、
すでに日は沈んでおり、ランプを持った疾風が居なければ、地面が見えないほど暗い。
『馬車に乗ったのは昼前だったのに・・・何時間眠っていたんだろう?
ここはどこ?』
芙蓉はあたりを見回すが、真っ暗で何も見えない。
なのに若様は暗闇の中を明りも持たずに歩いていく。
ランプを持った疾風のあとを芙蓉はついていく。
5分ほど歩いただろうか。
目の前に明りの灯った石造りの豪邸が現れた。金属でできた玄関の扉が開き、
「お帰りなさいませ。」
白いワンピースをきた着たカッコウの獣人が深々と頭を下げて出迎える。
服装から雌のようだが、疾風より頭1つ分小さいものの、それでも2メートルはある獣人だ。
鋭いクチバシが怖い。
「タタ。芙蓉の部屋を用意しろ。」
若様はカッコウにそれだけ命じて、屋敷の奥に入っていった。
「ふよう?」
タタは首をかしげながら疾風を見る。
「人族の雛ですよ。若様が拾ってこられたのです。」
疾風は芙蓉の方を見ながら紹介する。
『雛って。獣人からすれば小さな人間は子どもも同然ってこと?失礼ね。』
芙蓉は内心ムッとしながらも、
「芙蓉です。」
と軽く頭をさげる。
獣人の言うことを否定して殴られてはたまらない。
「あらあら。可愛いお嬢ちゃん。私は侍女頭のタタ。カッコウ族よ。」
タタは笑顔で自己紹介する。
「若様はまた人族街で飲み歩いていたの?」
「ええ、それも朝までですよ。全くお館様に知られたら私たちが怒られるというのに・・・」
疾風とタタはため息をついている。
「お疲れ様。芙蓉ちゃんのことは私に任せて。着替えてらっしゃいな。」
「助かります。」
疾風は自室に向かった。
疲れたが、まだ仕事が残っている。
疾風は室内用の執事服に着替える。
若様が拾ったのが雛でよかった。芙蓉が成獣だったら仕事が途方もなく増えていたところだ。
疾風は安堵のため息をついた。
疾風はこれまで人族に会ったことがなく、知識もなかった。2メートルを超える雌の獣人しか知らないこのヒョウは、瘦せこけて身長160センチほどしかない芙蓉の見た目から雛だと勘違いしていた。
芙蓉が成人(成獣)だと知っていれば、疾風たち使用人は総力を挙げて若様から芙蓉を逃がしたのだが・・・疾風が自身の勘違いに気づくのは手遅れになった後だった。