黄虎の小刀
「あ!そうだ。奥様にプレゼントを持ってきたんだった。」
ようやく殺伐とした宴会が終わろうとした時、女族長が両手をパンと叩いた。
「結構です。」
旦那様は即答するが、女族長は聞いてはいない。
虎桔という名の初老男が金色の風呂敷を女族長に手渡す。
「はい。」女族長は風呂敷の中身を旦那様の目の前に差し出した。
「なんです?」
「いいものよ。受け取るまで帰らないから。」
旦那様は舌打ちすると、風呂敷に包まれていた銀色の小さな筒を受け取った。
独特の模様が彫ってある。
旦那様が筒の両端をもって引っ張ると左手側の筒がずれて小刀が現れた。
旦那様が眉をひそめて、女族長を見る。
「黄虎の小刀ですか?」
「ええ。ご子息には買ってあげてね。それは奥様に。護身用にね。」女族長は芙蓉にウインクするが、肉食獣の瞳が怖い。
「俺が居るので必要ないです。」旦那様は小刀をしまってつき返そうとするが、
「それは奥様にあげたの。紫竜の鱗をも切り裂ける黄虎の爪から作った小刀。いつだったか息子に殺された哀れな獣人の妻がいたそうじゃない。紫竜なんて信用ならないわよ。女なら自分の身は自分で守らないと。」
女族長はそう言うと席を立って大広間を出て行った。
「龍希、妻に渡してやれ。」族長が立ち上がりながら声をかける。
「嫌です。」
「妻がもらったものを取り上げる権利がお前にあるか?」
旦那様は舌打ちすると芙蓉の着物の帯に小刀を挟んだ。
「すごいわねえ。あの雌虎に気に入られるなんて。」竜湖がやってきた。
『散々、馬鹿にされましたよ。』
そう思いながらも、芙蓉は笑顔を作った。
「私たちには一つ300万以上で売り付けてくるのに。族長の爪となれば500万以上かしら。」
「え!」
まさかあの女族長の爪から作った小刀ってこと?それに値段・・・
芙蓉が驚いて旦那様を見ると、旦那様は不愉快そうな顔をしている。
「私には使いみちがないです。」芙蓉は困った。
「いいから持っておきなさい。龍希の匂いに、黄虎の刀。ほとんどの獣人は寄ってこれないわ。それに龍陽が黄虎の匂いに慣れるいい練習になるし。」
そう言われても芙蓉にはどちらの匂いも分からない。それに
「龍陽が慣れる?」
「シリュウ香を作る時にその小刀を使うのよ。黄虎の匂いは虫唾が走るほど不愉快だけど、まあ紫竜の雄に生まれた以上我慢するしかないわね。」
そうだ。龍陽は10歳になったら旦那様のもとでシリュウ香作りとその取引を学び始めるらしい。シリュウ香は雄にしか作れないから、雌竜は後継者にも族長にもならず他族に嫁ぐのだと午前中に竜湖たちが教えてくれた。
だから龍陽はこんなにも大切にされているのだ。
生まれたのが息子でよかった。悲しいが芙蓉はそう思わざるを得ない。
「黄虎の族長は女性だったのですね。」
「ああ、昨年、先代族長息子を殺してあいつが族長になった。」
「え!?先代族長の息子って先ほどの・・・」
「ああ、虎桔の息子だ。一昨年、俺の雷にびびって見限られたらしい。あいつ・・・現族長は雷を見て嬉々として笑っていたからな。」
「・・・旦那様は不愉快ではないのですか?その・・・女性が長の地位にいることに。」
「ん?なんで不愉快になるんだ。あいつ以上に黄虎の長にふさわしい奴はいないぞ。」
旦那様は不思議そうな顔をする。
『変な人・・・あ、人じゃなかった。』
「それにしても3匹しか来ないとは意外でしたね。族長の婿もいませんでしたし。」竜紗が首をかしげる。
「竜の巣に怖気づいた婿は殺してきたらしい。今頃、黄虎の谷で黒ヒョウ族が弔い合戦をしているんじゃないか。」族長が呆れた顔で答える。
「ああ、相変わらずですねえ。黒ヒョウ族の族滅は勘弁してほしいですけど・・・」竜紗がため息をつく。
「大丈夫でしょ。あの族長がここにいるんだから。」竜湖の言葉に周囲の紫竜たちは頷いている。
「・・・」
芙蓉はもう言葉が出なかった。
客間に戻っても、龍陽は本家に黄虎たちが泊まっているのが気になるのか落ち着きがなく、ようやく寝かしつけた時には芙蓉は疲れ切っていた。
『もう横になりたい。でも・・・お風呂に入らないと旦那様に悪いよね。』
芙蓉がそう思って立ち上がろうとした時だった。
「芙蓉、風呂は明日の朝にしないか?今日は一日虎の相手をして疲れた。」
「え!?はい。もちろんです。」
『珍しい。今夜はゆっくり眠れる。』
芙蓉が着物を脱いで寝間着に着替えようとした時、
「芙蓉」
旦那様は下着姿の芙蓉を布団の上に押し倒すと抱きしめて芙蓉の髪に顔をうずめた。
「え!ちょ・・・」芙蓉は思わず顔が引きつる。
『今夜はしないんじゃないの?』
「芙蓉がいてくれてよかった。」旦那様は芙蓉の髪を嗅ぎながらそうつぶやいた。
「龍陽はともかく、私は何のお役にもたっていませんよ。」
「ずっとそばにいてくれたじゃないか。俺だけだったら黄虎とけんかしてた。」
「あんなに惚れこまれているのにですか?」
「止めてくれ!」旦那様は真っ青な顔になる。
『さっきあんなに褒めていたのに・・・』
まあ芙蓉にはどうでもいいことだ。
「・・・俺は芙蓉に惚れられたい。」
旦那様は小さな声で呟いたが、芙蓉は聞こえないふりをした。
『絶対に無理。』




