竜虎の仲
龍陽が客間で泣き始めたころ、龍希は族長と龍賢とともに紫竜本家の玄関で黄虎族を出迎えていた。
黄虎族の金色の馬車をひくのはグリフォンだ。ライオンに似た身体、尾、後ろ足を持ち、ワシに似た頭、羽、前足をした空飛ぶ生き物。
馬車から降りてきたのは、族長の虎春、族長の右腕の虎豊、先代族長の虎桔の3匹だけだった。
「ご家族でお越しになると聞いておりましたが?」族長が尋ねる。
「ふん。竜の巣に怖気づいた腰抜けは置いてきたわ。二度と立ち上がれなくしてやったわよ。」虎春は鼻で笑う。先代族長の息子を決闘で殺して族長になった雌虎だ。
「恥ずかしながら私の妻も子どもたちと留守番です。息子たちは来たがったのですが、竜の子に粗相をしてはいけませんので。」虎豊は薄笑いを浮かべる。
虎桔は無言だ。先代族長はすでに妻も息子も亡くしている。
「そうですか。どうぞこちらに。」紫竜族長は無表情で来客スペースにある応接間に案内する。
「奥の方に竜が集まっているわね。竜の子はそこね?成獣とは明らかに匂いが違うわ。」虎春は本家の奥、龍陽のいる方を見る。
恐ろしい嗅覚だ。
「夜の宴会でご紹介しますよ。」龍希は虎春を見ずに答える。
「そんなに隠さなくても襲いやしないわよ。龍希殿の子だもの。今日は子なしの兄はいないのね。」虎春は意地の悪い笑みを浮かべる。
龍希は無言で虎春を睨んだ。
「あら~やっぱりいいわあ。その殺気。早く老いぼれを始末して族長になってくださいな。」虎春は熱っぽい視線を向けて龍希の左腕に両手を回そうとするが、龍希はさっと避けた。
妻以外の雌に触られるなんて冗談ではない。それが黄虎ならなおさらだ。
虎豊と虎桔は数歩後でニヤニヤと笑いながら二人のやり取りを見ている。
『これはまだ余興だろう。』龍希は舌打ちした。
こんな雌虎に妻子を会わせるなんて不愉快極まりないが、立場上避けられない。
虎春は30歳で昨秋に族長になったばかりだ。
龍陽が龍希の元で修業を始めるころにはまだ黄虎の族長だろう・・・龍希とも龍陽とも長い付き合いになる。
3時間の会合が終わるころには龍希のイライラはピークに達していた。虎春は執拗に龍希を挑発し、族長と龍賢は我慢しろと視線を送り続けていた。
本家に妻が居なければとうに雷をお見舞いしているところだ。
一昨年のように。
だが今は雷鳴で妻を怖がらせるわけにはいかない。
「これで終わりにしましょう。夜の宴会まで客間でゆっくりご休憩ください。」族長はそう言って立ち上がった。
龍希は足早に応接間を出て行った。
「・・・龍希様。お疲れ様です。」不機嫌な顔をして帰ってきた龍希を見て龍海は苦笑いする。
龍栄は同情するような表情で龍希を見ている。
「虎は3匹だけだが、あの雌虎は龍陽の匂いを嗅ぎ取っていた。」
龍希の言葉に龍海と龍栄の顔色が変わる。
「やはり奥様は客間でお待ち頂いたほうが・・・」龍海が恐る恐る提案する。
「ダメだ。俺のそばが一番安全だ。それに龍陽が転変して探し回る。妻の居場所を隠すのは不可能だ。」龍希は即答した。
万一を考えて妻子は別にしろと龍海は何度も提案してきたが冗談ではない。龍希が側にいれば万一など起きない。起こさせない。
龍希は両腕を組んで廊下の壁にもたれかかった。
「客間に入らないのですか?奥様も若様もお待ちですよ。」龍栄が尋ねる。
「こんな顔で妻に会えませんよ。ちょっとここで頭を冷やします。お二人は休んでください。朝からありがとうございました。」
龍海と龍栄は虎が来る前からずっと客間の前で警護していた。この後の宴会にも参加するのだから休息が必要だ。
2人は龍希に頭を下げてそれぞれの客間に戻っていった。
客間の扉ごしでも妻子の匂いがわかる。
龍希の匂いがすっかり染みついた妻の匂いと、独特の竜の子の匂い・・・
龍希の口角が自然と上がった。
ずっとほしくて、でも手に入らないだろうと思っていた龍希の家族だ。
穏やかな顔に戻った龍希は客間の扉を開けた。
~大広間~
『え!このひとたちが黄虎?』芙蓉は宴会場に入るなり驚いた。
人そっくりの姿をした若い女と中年男性、初老の男性が座っている。
だが、人ではない。
3人とも肩まで伸びた金髪から淡い光が発せられている。
「!」
3人が芙蓉たちの方を見た。肉食獣そっくりの金色と黒の瞳だ。
ピー
旦那様が抱いていたはずの息子が転変して芙蓉たちの頭上に浮き、牙をむき出しにして金髪の3人を睨む。
「龍陽!」芙蓉は驚いた。
芙蓉がそばにいるのに転変するなんて初めてだ。しかも、明らかにあの3人を威嚇している。
旦那様が左手を伸ばして芙蓉の肩を抱き寄せた。
「あらーさすが龍希殿の子。勇ましいこと。お姉さんが遊んであげるわ。」
金髪女がにやりと笑って立ち上がった瞬間、向かいに座っていた紫竜たちが顔色を変えて一斉に立ち上がる。
「初めての黄虎の匂いに驚いているだけです。竜の子に触れないで下さい。族長殿」族長が金髪女を睨む。
『女性が族長?』芙蓉は驚いた。
両側に座る金髪男2人も女族長を止めている。女族長は不満そうな顔をしながらも大人しく座った。
「龍陽」旦那様が小竜に右手を伸ばして捕まえると赤子の姿に戻ったが、息子は眉をひそめて不愉快そうな表情をしている。
「芙蓉。抱いててくれ。芙蓉の腕の中なら転変することはないだろう。」
「はい。」芙蓉は息子を両手で抱きかかえた。
息子は芙蓉の胸に頭をもたれかからせるがまだ呼吸が早い。
「つまんない。変な獣人の血が混じったせいで腑抜けちゃってまあ。」女族長が舌打ちする。
旦那様の身体がピクリと動いたがそのまま無言で席まで歩き、息子を抱いたままの芙蓉を先に座らせた。
旦那様は初老の金髪男性の向かいの席に座るとまた芙蓉の肩に手をまわして抱き寄せる。
『あれ?』
獣人の妻たちがいない。
「この匂いに動じないとは。さすがは龍希殿の奥方ですな。」中年の金髪男が驚いた顔で芙蓉を見る。
「ぷ。違うわよ。虎豊」女族長が笑う。
「匂いがわからないのよ。家畜以下の鼻だもの。」
旦那様の身体がまたピクリと動く。
どうやら馬鹿にされているみたいだが、事実なので芙蓉は何とも思わない。
むしろ旦那様がけんかを買わないか心配だ。
「人族にお詳しいとは意外ですね。」旦那様が女族長を睨む。
「そりゃあ有名にもなるわよ。朱鳳は人族の売買で相当儲かってるらしいじゃない。龍希殿も人族の町を潰さずに売り払えばよかったのに。」
『え?潰すって何のこと?』芙蓉は驚いて旦那様の顔を見る。
「あら、ご存じないの?てっきり奥様の故郷だと思ってたけど。」
「妻の故郷を潰すわけがないでしょう。というよりなぜ俺だと?」
「一昨年、ここの本家に落ちた弱弱しい雷とは大違いだったもの。それに残った匂いですぐわかったわ。」女族長が熱っぽい視線を旦那様に向ける。
『うわあ~』
こんな恐ろしい女族長に嫉妬されるのだけは勘弁願いたい。
のに・・・旦那様は芙蓉をさらに抱き寄せて身体を密着させる。
芙蓉は息子を抱いているので身をよじることもできず、女族長の視線が怖いので息子をじっと見つめることにした。
愛しい息子は芙蓉を見つめ返す。旦那様そっくりの赤黒い瞳だ。
「族長。そのへんで。やはり無駄ですよ。妻子ができると紫竜は別の生き物になりますから。」ずっと無言だった初老の金髪男が肩をすくめる。
「つまんな~い。またあのしびれるような雷鳴を聞きたいのに。」女族長は頬を膨らませた。
「紫竜との戦争なんてごめんですよ。ほっといたって子不足で絶滅しますし。」虎豊は意地の悪い笑みを浮かべる。
どうやらまだ終わらないようだ。
芙蓉はため息をついた。
なんで私が巻き込まれてるんだろう?




