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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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白猫の疑問

 新年会が終わり、龍希たちは本家の広い客間に案内された。龍希は枇杷亭に戻りたかったが妻の希望で本家に一泊することになっていた。

「旦那様はここでお育ちに?」妻が息子の授乳をしながら尋ねる。

「ああ、さらに奥の居住スペースにいた。」

 紫竜本家は広く、門に近い方から来客スペース、一族の滞在スペース、族長の居住スペースの3つに分かれている。宴会会場の大広間は来客スペース、龍希たちがいる客間は一族の滞在スペースにある。

「失礼いたします。」クースがノックして部屋に入ってきた。

「族長が夕食をご一緒したいと。竜湖様もいらっしゃるとのことです。」

「分かった。龍陽の授乳が終わったら向かうと伝えてくれ。」

龍希は大きなため息をつく。面倒くさいが仕方ない。



「おお。今日はご苦労だったな。龍陽は寝ておるのか。」族長が応接室で迎える。

竜湖はすでに来ていた。

「・・・熊の奥様と龍栄殿は一緒ではないのですか?」龍希は首をかしげる。

「ああ、ちと龍栄の妻のことで相談があってな。まあまずは食事にしよう。」

族長は龍希たちに椅子に座るよう促す。龍陽はククがベビーベッドに寝かせている。

「相談って俺にですか?」

「お前と妻の2人にだ。」

 夕食が終わり、族長は使用人を全員部屋から追い出した。どうやら相当内密の話らしい。

「竜湖。話してやってくれ。」

「はい。」

竜湖は真面目な顔で龍栄の妻の話を始めた。



「はあ!?」龍希は衝撃のあまり机を叩いて立ち上がった。

隣では妻が両手で口元を押さえている。

『龍栄の前妻が産んだ卵を割った?2回も』

信じられない。・・・だが、

龍希は思い出した。

まだ龍希が幼いころ、母も・・・「全部父が悪い。」怖い顔でそう言って龍希の目の前で・・・龍希は思わず両手で顔をおおう。

「旦那様?」妻に呼ばれて我にかえり、椅子に座る。

「大丈夫?顔が真っ青よ。」竜湖が心配そうに龍希の顔を覗き込む。

「ええ。」龍希は机をじっと見たまま答えた。

妻が急須のお茶を器に注いで龍希に渡す。

「少し冷めていますが・・・」

「ありがとう。」龍希はゆるいお茶を一気に飲んだ。

「ふ~。もう大丈夫です。続けてください。」今度は竜湖の顔を見ながら言えた。

「悪いわね・・・。まだ胸くそ悪い話が続くわよ。」


 龍希はもう言葉が出なかった。

あの白猫も2回も・・・鶯亭の妻はどうなっているのだ・・・。

龍希の隣に座る妻は真っ青な顔をして下を向いている。

「なんでそんな話を俺の妻にまで!」龍希は族長と竜湖を睨む。

「ここからが本題よ。ニャアちゃんは白鳥の真似を辞めて芙蓉ちゃんの真似をし始めたところでね。ちょっと妻同士で話をして欲しいの。」

「はあ!」龍希は怒りのあまり立ち上がった。

「あんな子殺しの猫を俺の妻に近寄らせるわけないでしょう。」

「なあ龍希。あの白猫から敵意や悪意を感じたか?」

族長からの質問に龍希は無言になる。

以前も今日も全く感じなかった。

「旦那様。」妻が困った顔をしながら龍希の左手に妻の右手を重ねた。

「どういうことですか?」龍希は気持ちを落ち着かせて椅子に座る。

「芙蓉ちゃんを見習ってニャアちゃんに今度こそ龍栄の子を産んでもらうのが第一目標。だけどニャアちゃんはそれ以外にも・・・例えば芙蓉ちゃんは夫にどう接しているのかとか新年会でどう振舞うのかとかを気にしててね。そっちまで芙蓉ちゃんを真似てくれるなら、こちらとしては願ったりかなったりなのよ。でもニャアちゃんが芙蓉ちゃんのそばで見て学ぶってことはできないからせめて話というかニャアちゃんの質問・疑問に答えてあげてほしいの。」

 龍希が妻を見ると、妻は困った顔をして龍希を見返す。

「芙蓉。嫌なら断ろう。」

「嫌なわけではないのですが・・・私などが龍栄様の奥様に教えられることなど・・・荷が重すぎます。」

「別に先生になれってわけじゃないわ。芙蓉ちゃんはただニャアちゃんの質問に答えてくれればいいの。その結果、ニャアちゃんがどう振舞おうが芙蓉ちゃんには何の責任もないわ。」

「・・・旦那様も一緒ですか?」

「芙蓉ちゃんが望むなら。ただそうなると龍栄も自分の妻から離れないだろうから、龍栄に全部打ち明けることになるわね。」

妻は困ったように龍希を見る。

「なぜ龍栄殿に隠すのです?」

「龍栄は繊細なのよ。あんたと違ってね。」

竜湖が妻をちらりと見る。

「畏まりました。奥様と二人でお話し致します。」

「芙蓉ちゃんに危険はないと思うけど、侍女は同席させるから安心して。」

竜湖がにこりと笑う。



 族長に呼ばれて龍栄と白猫の妻がやってきた。竜湖の提案に白猫は笑顔になり、龍栄は眉間にしわを寄せた。

だが、龍希は許したと聞くと渋々、部屋の前の廊下で待つことに同意した。

「龍希殿。すみません。」

「竜湖が言い出したことですから。龍栄殿が謝られることでは・・・」

「違うのです。最近、妻が急に枇杷亭の奥様のことを気にかけるようになって・・・白鳥の奥様と違い過ぎると言って。一族に白鳥の妻が居ましたか?」

「・・・さあ、俺も覚えていないですね。かなり昔のことでは?」

「そうですか。」

龍希は嘘をついた。龍栄は知らないままでいい。


いまだに母のことを覚えている龍希はあの光景もまた忘れることができない。



「奥様。お時間をいただきましてありがとうございます。」芙蓉は向かいに座る白猫に座ったまま頭を下げる。

芙蓉の後ろにはククとシュンが、ニャアの後ろにはワシと猿の獣人の侍女が控えている。

『まあ監視役は置くよね。』

なにせ2回堕胎した妻と堕胎未遂をした芙蓉だ。密談などさせるはずもない。下手なことを言えば芙蓉の命が危ない。

「とんでもございません。私の方こそありがとうございます。」ニャアも座ったまま頭を下げる。

「あの、ぶしつけながら枇杷亭の奥様にお伺いしたいことが・・・」ニャアは遠慮がちに芙蓉を見る。

「私にお答えできることでしたらなんなりと」芙蓉は笑顔を作る。

ニャアはぱっと笑顔になった。

『かわいい~』芙蓉はまたキュンとなる。

「あの、私の方が年下で妻の序列も低いのに、どうして奥様は私を見下さないのですか?」

「・・・」

 芙蓉は面食らった。どうやら猿真似だけの馬鹿ではないらしい。

「旦那様が龍栄様に敬意をもって接していらっしゃいますのに、私が龍栄様の奥様に失礼な態度をとるわけには参りませんわ。」

「なるほど。夫の言動に倣えばよいのですね。」ニャアはうんうんと頷いている。

理解力は悪くない。

「あの、奥様は昨年の花見会も今日もお着物ではないですが、私が着物でよかったのでしょうか?」

「昨年は妊娠中で、今日は授乳中なので着物にはしなかったですが、本来は着物が正解だと思います。」

ニャアはまた笑顔になる。

『どうしよう・・・この白猫ちゃんを好きになりそう。』

なんと可愛らしい生き物なのだろうか。この笑顔は反則だ。

「あの・・・奥様はどうしてお子様をお産みに?ほかの妻はもう十何年も子を産んでいませんのに。」

ニャアはとんでもない質問をしてきた。


この回答を間違えば芙蓉の首が飛ぶ。


「旦那様がお望みでしたので、私は妻の役目を果たしたまでですわ。」芙蓉は笑顔を作る。

「枇杷亭の旦那様は族長になることをお望みではないとお伺いしましたが・・・」

「そう仰っていますね。ですが、私が子を産むことはお望みでした。息子を希望されていたのかどうかは分かりませんが。」

「・・・私の夫はどうなのでしょうか?」ニャアは困った顔になって、うつむく。

「龍栄様は息子が産まれて族長になることをお望みなのでは?」

「分かりません。私は馬鹿ですから。」ニャアはうつむいたままだ。

芙蓉は困った。これでは竜湖が期待する役目を果たせない。

「龍栄様が子はいらないと仰っていないのなら、奥様は子を産むべきだと思います。それが妻の役目ですから。」

「夫がそう言ったことはないですね。奥様がそう仰るなら次は産みます。」ニャアはまた笑顔になる。

『よかった~』

芙蓉はほっとした。

これで仕事は果たした。


「あの、奥様。最後に一つだけお聞きしてもよいですか?」

「はい、何でございましょう。」

「どうして夫ではなく旦那様と呼ぶのですか?」

「・・・」


芙蓉はこの白猫が大嫌いになった。


「・・・そうですね。・・・私の母は父のことを旦那と呼んでいましたので。」

芙蓉はなんとか笑顔を作る。

「そうなのですね。私もそう呼ぶべきでしょうか?」

「龍栄様が何も文句を仰っていないのなら、今のままでよいと思います。」

「では今のままに致します。奥様、ありがとうございます。」

「私の方こそお話しできて嬉しかったです。」

芙蓉はそう言うと立ち上がって先に部屋を出た。


この白猫には二度と会いたくない。



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