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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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後継候補筆頭

 雪が降り積もる中、龍希(りゅうき)は久々に紫竜本家(しりゅうほんけ)に来ていた。

5日前、息子の龍陽(りゅうよう)が転変し、トリの襲撃が終わったので、今日は一族の会議が開かれる。


龍希は龍陽が誕生して以降、守番に専念していた。他の雄竜は交代で守番をする傍らシリュウ香の作成、売買を続けていたが取引量はどうしても減っており、商売の立て直しをする必要がある。


それに・・・

龍希は本家の蔵を覗く。シリュウ石のストックももうなくなりそうだ。


『しばらくはまたリュウレイ山通いかあ・・・嫌だなあ。妻子の側にいたいのに』


龍希は眉間にしわをよせたまま大広間に入った。



『お前ら一体いつまで泣くんだよ。』


龍希は呆れた。

今日は一族が勢揃いしている。例外は神殿の竜冠(りゅうかん)、リュウレイ山の龍流(りゅうりゅう)だ。


「龍陽様が無事に転変を。」

「14年ぶりだ。」

「ようやく後継ぎが・・・」


「まだ油断はできんぞ。胎生の子だ。龍流の二の舞は避けねば。」


「大丈夫だろう。あれほど賢い奥様だ。」


龍陽のことを話しながら、8割以上が泣いている。龍希は、話しかけてくる連中を無視して自分の席に座ると目の前の酒を飲み始めた。


向かいの席では龍栄(りゅうえい)が営業スマイルを浮かべて何人かと話をしている。おそらく子どもを催促されているのだろう。


『龍栄にも早く息子ができないと俺も困る。』


龍栄が龍希に気づいて笑顔で軽く頭を下げる。龍希は舌打ちしそうになるのを堪えて会釈を返した。


『なにをのんきに笑ってるんだよ!そういうとこだよ』


龍栄は昔からそうだ。龍希に対して対抗心も敵意も見せない。龍陽が産まれてさすがに焦るかと思いきやむしろ喜んでいるから何とも腹立たしい。


「揃ったな。」


族長が入ってきた。

皆、慌てて自分の席に戻る。


「聞いてのとおり龍陽が無事、転変した。早急に一族の取引を立て直さねばならぬ。特にシリュウ石の貯蓄が急務だ。龍栄、龍算(りゅうさん)龍灯(りゅうとう)龍緑(りゅうりょく)。お前たち若手は当面、リュウレイ山に通ってくれ。本家の蔵がもう空になりそうだ。」


「はい!」

「ほかのものたちも余裕があればリュウレイ山に通え。無音の雷に比べれば軽作業であろう。」


族長はニヤリと笑う。


「龍希、お前は当分、儂と取引先回りだ。お前の担当は、黄虎(おうこ)以外をほかのものが引き取り、代わりに朱鳳(しゅほう)藍亀(あいき)、熊、象、白鳥とカラス族を追加する。」


「はあ!!!」


龍希は思わず大声が出た。

予想以上だ。冗談じゃない。


「いやいや、族長の担当先ばかりじゃないですか!全部あとを引き継げっていうなら冗談じゃないです。」


「まだお前を跡取りと決めたわけではない。だが、息子が居るか否かで取引先の信用は大きく変わる。主要取引先が揃ってお前を指名してきたのだ、無視などできない。当面、儂と共同担当という形にする。」


「・・・」


龍希は眉間にしわを寄せて不機嫌になる。


「族長命令だ。最初は・・・やはり黄虎だな。お前の従来からの取引先でもあるから。」


「・・・分かりました。参ります。妻も外出したがっているので。」


妻は今日も枇杷亭(びわてい)の庭に出ているだろう。雪が降り積もって寒いというのに、やっと外に出られたと大喜びだ。

龍希は逆に巣の中に居たい。

仕方ないこととはいえ何ヶ月も守番(もりばん)たちが来ていたせいで龍希の匂いが薄れてしまい自分の巣なのに落ち着かない。


だが・・・優先すべきは妻の機嫌だ。



「お待ちください!大切な若様と奥様を虎の巣に連れて行くのですか?私は反対です。」


龍海(りゅうかい)が声をあげる。龍海の賛同者は多い。


「う~ん。そうだな。じゃあ本家に呼ぶか。」


族長は龍賢(りゅうけん)をみる。


「紫竜本家にですか?龍希様の息子となれば・・・黄虎はまあ断らないでしょうな。それに黄虎が来たとなれば他のうるさい取引先も拒否はできなくなりますし。何よりも大切な若様の安全には代えられません。」


「決まりだな。至急、黄虎と日程調整をしよう。龍希、宴会の日はお前たちも本家に泊まれ。」


「嫌です。」

龍希は即答する。


族長は無言で竜湖(りゅうこ)を見ると、竜湖はにやりと笑って頷いた。

龍希は舌打ちした。また侍女を使って妻に根回しするに違いない。



「族長!黄虎の前に私たちが若様にお会いしたいです。」


竜湖の言葉にほかの女たちも賛同の声をあげる。

女たちは守番の竜紗(りゅうさ)を除き龍陽とは会っていない。


「ああ、わかっておる。先に一族の新年会だな。龍陽の転変祝いも兼ねるのだから盛大にせねば。」


族長は満面の笑みになる。


「龍希、お前の妻がこの時期好きな物は何だ?」

「え?ああ・・・去年、雪光花(せきこうか)を喜んでましたね。」


「なんだそれは?いや、聞き覚えがあるような・・・」


族長は考えこんでいる。


そうだった。

父はもう龍希の母のことを覚えていない。


「族長。私にお任せを。」

竜湖がにこりと笑った。



~リュウカの部屋~

「ただいま。」

龍希が枇杷亭に戻ってきたのは日が暮れてからだった。

「お帰りなさいませ。」

妻は寝ている息子の側で編み物をしていた。龍陽の毛糸の靴下を作っているらしい。


『何も寝ている時までそばに居なくてもいいだろうに。胎生の母子は愛着が強いとは聞いていたが・・・』


卵生の龍希には理解できない親密さだ。

正直、息子に嫉妬している。


龍希は妻の唇にいつもより長めにキスをした。


「近々、本家で新年会が開かれることになった。仕立て屋を呼ぶから龍陽の服を選んでくれ。芙蓉の服も新調しよう。」


「まあ、私たちもご一緒してよいのですか?」


「もちろんだ。会議じゃないからな。族長は龍陽の転変祝いも兼ねると言ってる。」

「ふふ、龍陽は人気者ですね。」


妻は息子の寝顔を愛おしそうに見る。


「・・・龍栄殿の息子が産まれるまでだよ。一族が本当に望んでいるのはそっちだ。」


龍希は苦笑いしたのだが、

「では、それまでたくさん可愛がってもらいましょうね。」

妻は息子の寝顔ににっこりと笑いかける。


「・・・芙蓉は俺に族長になれとは言わないのか?」


「言いませんよ。」

妻は龍希の方を向いて即答した。

「なんで?」

「え?私が口出しすることではございませんから。」


いや確かに族長選びに獣人の妻たちの意見は考慮されないが・・・それにしたってあっさりしすぎではないだろうか?

龍希の周りは龍希の意思に関係なく口うるさく言うのに・・・


「芙蓉は俺が族長にならなくても側にいてくれるのか?」

「旦那様は私を族長の妻にするためにお連れになったのですか?」

妻は不思議そうな顔をしてきき返す。

「いや・・・」

龍希は返事に困った。

 

妻はまた息子の方を向いてしまった。

龍希は面白くない。


「芙蓉」


強引に妻の身体を抱きかかえると、


「ちょ・・・」


妻は母親の顔から驚いた顔になった。

今度は龍希が笑う。

そのまま寝室に抱えて行った。


これから妻の顔に戻ってもらおう。

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