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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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トリ

 龍希たちが神殿を出発したころ、龍海と龍栄は枇杷亭の庭に出て、上空を睨んでいた。

「龍海殿、あれがトリですか?」

「龍栄様ははじめての守番でしたな。いかにも。竜の子を食らおうとするケダモノです。」

 体長1メートルを超える真っ黒なトリが群れをなして向かってくる。鋭いくちばしと爪まで真っ黒で目は4つもある。

トリたちは龍栄たちに気づくと一斉に急降下して襲い掛かってきた。トリは紫竜を恐れない。竜の子を捕食する、そのことしか頭にないのだ。

 龍海と龍栄の目が深紅の獣の目に変わる。2本の雷がトリの群れを直撃した。感電死したトリがバラバラと落ちるが、他のトリは動揺することもなく龍栄たちに突撃を続ける。枇杷亭の上空に何本もの雷が光った。



「・・・」日没の直前、枇杷亭に戻ってきた龍希は絶句した。

庭には見たこともない黒いトリの死骸が散乱している。

「お帰りなさいませ。」龍栄と龍海は笑顔で出迎えたが、2人とも顔と髪から汗が滴り、龍海は地面に座り込んでいる。

「年を取ったのう。龍海。」族長がにやりと笑って龍海を見る。

「・・・もうすぐ45ですからね。それに音の出ない雷など10数年ぶりですし、疲れますなあ。仕方のないこととはいえ。」

 獣人の妻たちは雷鳴を嫌う。過去には連日の雷鳴がストレスになって育児放棄した妻もいたので、トリ退治には音を出さずに雷を落とすことになっているが、これには相当な集中力が必要となるのだ。


「若様のお名前は?」

「龍陽だ。太陽の陽。」龍希は龍海に手を差し出す。

「龍陽様ですか。一族の希望である旦那様のお子様らしいお名前ですな。」龍海はまた泣き出した。

龍希はうんざりしたが、さすがに疲労困憊の中年男を睨む気にはならなかった。

「お二人とも中で休んでください。留守を預かってくださりありがとうございました。」

カカたちが客間を整え、食事を用意しているはずだ。



 龍希がリュウカの部屋に入ると、妻はまた授乳していた。外のトリ退治には全く気付いていないようだ。

「ただいま。名前をもらってきたよ。龍陽だ。太陽の陽。」

「まあ!夏らしい名前ですね。龍陽、お父様が名前をもらってきてくれましたよ。」

妻は腕の中の息子に微笑む。今までに見たことがない優しい顔だ。

「もしもの時は私よりもこの子を守ってくださいね。」

「何も心配いらないよ。命がけで妻と子どもを守るのが俺の役目だ。」

「信じておりますよ。」

「ああ。」

龍希は妻の唇にキスすると部屋を出て行った。

トリはいつ襲ってくるか分からない。男の守番は交代制だが、父竜の龍希は息子が転変するまで巣から出ることなく常に妻子を守るのだ。



~リュウカの部屋~

「え!私たちもいいの!・・・ですか?」歓声をあげたニニがククに睨まれ慌てて言葉遣いを改める。

「クク、睨まないの。もちろんよ。ニニ、ナナも。龍陽を抱っこしてあげて。」

「ナナ、ニニ。丁重に。大切な若様なのですから。」シュンが怖い顔で羊の双子を見る。

どうやら龍陽はシュンが医者になって初めて生きて産まれた子らしい。10年近く死産・流産を見続けてきたシュンは異常なほど心配している。


 ニニはそっとおくるみにくるまれた龍陽を両手で抱いた。ナナは嬉しそうに龍陽の寝顔を覗き込む。

カカとタタは・・・また目に涙をためている。

「これが竜の子の匂いなんですね。若様・・・じゃない旦那様とは似ていて少し違う。」ナナが龍陽を抱っこして匂いを嗅いでいる。

 芙蓉には竜の子の匂いは分からない。人間の赤ちゃんと同じ匂いしか感じない。

『よかった。』

たとえ見た目だけだとしても芙蓉は赤子の姿をした息子が愛しくてたまらない。


「奥様。本日の守番たちが戻られました。若様をお連れしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。」

芙蓉は龍陽をナナから受け取るとおくるみを整えてカカに渡す。

カカは龍陽を抱っこしてリュウカの部屋を出て行った。

 男の守番たちが芙蓉と顔を合わせることはない。旦那様が許さないのだ。



~執務室~

「人族の赤子はこんなに大きいのですなあ。」今日の守番、龍賢(りゅうけん)が目を見開いて龍陽を見ている。

「大きいか?」龍希は眉をひそめて腕の中の息子を見る。

「胎生の子は卵生の子より大きいですが・・・龍栄様は龍陽様の3分の2ほどだったかと。龍希様が孵化された時は龍陽様の頭くらいの大きさでした。」

「え!そうなのか?」龍希は驚いた。

熊も母も妻の2倍以上身体が大きいはずなのに・・・

「あの小さな奥様の中に昨昼までこの子が入っていたん・・・ですよね?」もう一人の守番、龍灯(りゅうとう)も驚いて龍陽を見ている。

「かなりお腹が大きくなっていたからな。腹が割けないか心配だった。」

「え?胎生の子は腹が割けて生まれてくるのではないのですか?」龍灯は驚いて尋ねる。

龍希は苦笑いした。

「やっぱりそう思うよな。でも違うんだ。腹じゃなくて入れたところから出てくるんだ。」

「は?」龍灯はぽかんとするが、龍賢はなんともいえない顔をして頷いている。

龍灯にはまだ子どもがいないからだろう。

龍希だって自分の目で見るまでは信じられなかった。 


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