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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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太陽の子

「つ・・・」8月の暑い夜、芙蓉は浅い眠りから覚めた。

お腹が痛い。トイレに行きたい。そっと寝室を出てトイレに向かった。

「あ・・・」

たぶんこれが破水かな?

 トイレを出ると廊下でシュンが待っていた。最近は侍女たちが交代で寝ずの番をしている。

「シュシュ先生と竜紗(りゅうさ)様を呼んで。」

「はい!」フクロウはすぐに動いた。



~枇杷亭リュウカの部屋~

 芙蓉が産声を聞いたのは昼前だった。

「生きてる?」

「動いてる?」フクロウ母子と竜紗は呆然と赤子を見ている。

「・・・へその緒切って、産湯・・・」芙蓉はぐったりとして指示する。

「は、はい!」竜紗は我に返って動き出した。

シュシュとシュンは大泣きしていて役に立たない。

「奥様。」竜紗が産湯を終えた裸の赤子を連れてきた。

『よかった!本当に人間の赤ちゃんだ!それに・・・』

芙蓉は赤子を胸に抱いた、真っ赤な顔をした小さな生き物は泣いて動いている・・・芙蓉も涙が出てきた。

「奥様。この子は・・・」竜紗が恐る恐る話しかける。

「男の子ね。」

「やっぱり!ああ、ようやく・・・」竜紗の両目からぶわっと涙があふれ出た。

それから床に座り込んでしまった。


 龍希は呆然と妻の腕の中にいる小さな生き物を見ていた。竜紗と使用人たちは泣きながら喜んでいるが、まだ龍希は信じられない。

10年以上生きて生まれた子はいなかったのだ・・・なのに目の前の小さな生き物は確かに生きている、妻の乳首を咥えて母乳を飲んでいる。しかも

「息子・・・なのか?」呆然と呟いた。

「はい。授乳が終わったら抱っこしてあげてくださいね。」疲れた顔をした妻が龍希を見る。

「ほんとに?」

「自分で見てくださいませ。同じものがついていますから。」

「・・・」



「若様。お館様たちがいらっしゃいました。」タタが呼びに来た。

「タタ、若様は奥様の腕の中ですよ。」カカが睨む。

「失礼しました。旦那様。」タタは主に頭を下げた。

どうやら息子が産まれたことで呼び名が変わったらしい。

「奥様、若様をお連れしてもよいですか?」カカが芙蓉に話しかける。

「ええ、ちゃんとご自分で抱っこしてくださいね。旦那様」芙蓉はにっこりとほほ笑むと、息子をその父親に渡した。



~枇杷亭執務室~

「・・・」

龍希は大粒の涙をボロボロ流す父親と龍海(りゅうかい)をなんともいえない顔で見ていた。父が泣いているところなんて・・・初めて見た。どうにも落ち着かない。

異母兄も龍希と全く同じ顔をして父たちを見ている。

せめて何か言ってくれればいいのに。ただただ、泣きながら龍希の息子を見ている。

「族長。お気持ちは分かりますが、大切なお仕事が。日が暮れては奥様と若様が危険です。」龍栄(りゅうえい)がようやく口を開いた。

「・・・あ、ああ。この子の名前をもらってこねばな。」父親はようやく我に返ったようだ。

「お前は随分落ち着いとるなあ。」父は龍希の方を見る。

「泣き顔を見過ぎてなんともいえない気分です。」龍希は素直に答えた。

「分かります。私も龍緑(りゅうりょく)が産まれたときそんな気持ちでした。」龍海はそう言いながら、涙をぬぐう。

「こちらの警護はお任せを。この命に代えても奥様と若様をお守り致します。」龍海が龍希に深々と頭を下げる。

龍栄も同じく龍希に頭を下げた。



 龍希は族長と竜冠(りゅうかん)の元に向かった。竜冠は竜神の巫女として紫竜領(しりゅうりょう)最北端にある神殿にいる。竜の子が産まれると、その父と族長が竜神の巫女に子の名前をもらいに行くのだ。

「おめでとうございます。龍希様、族長。」

竜冠は真っ白の巫女服を着て、神殿の最奥にある祭壇の前で待っていた。

「名前はもう決まっております。若様ですね。」

「え!なんで知ってるんだ?」龍希は驚いて声をあげる。

「子は竜神様がお授けになりましたから。」竜冠はにこりと笑う。

「太陽が最も輝くこの季節に母のフヨウ様からお生まれになった子の名は、龍陽(りゅうよう)です。雄竜を示す龍に、太陽の陽の字。大切に守り、お育てください。龍陽様がその名のとおり一族を照らす太陽になるまで。」

竜冠は言い終わると祭壇の上にあるオレンジ色の果物を手に取って龍希に渡す。

「こちらを奥様と一緒にお召し上がりください。子は奥様の母乳から実の力を得ます。では、枇杷亭にお戻りを。トリはもう来ております。」

「!」

竜冠の言葉に龍希と族長の顔が同時に険しくなる。

2人は踵を返し、走って馬車に向かった。


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