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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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 使用人がお盆に食事を乗せて運んできた。どうやら間違いないようだ。族長の次に若様に配膳されている。

「さ、芙蓉ちゃんも食べて。」竜湖(りゅうこ)が促す。

「え?でもまだ・・・」配膳の途中だ。食事が届いていないものも多い。

「じゃないと私が食べられないの。」竜湖がウインクする。

理解した芙蓉は桜茶が入った茶碗を両手で持ち上げて口をつけた。温度も塩加減もちょうどいい。ここでも毒見役がいるのだろう。

「どう?それ。」竜湖がワインを飲みながら尋ねる。

「美味しいです。塩加減もちょうどよくて。竜湖様がご手配下さったとお聞きしました。ありがとうございます。」

「いいのよう。龍希は気が利かないから。伯母さんになんでも言ってね。」

「いえ、若様はとても気にかけてくださいますよ。」芙蓉は笑顔を作る。


「それはよかったです。それにしても見事なダイヤモンドですね。他にも宝石をお持ちでしょう?今日それをお選びになったのは何か理由が?」竜湖はワイングラスを置いた。

急に口調が変わり、真面目な顔になっている。

「4月の誕生石ですから。竜湖様。とても素晴らしい刺繡のお着物ですね。もしや・・・ケイツですか?」

芙蓉は茶碗を置いて、笑顔を作る。

「さすがですね。」竜湖は嬉しそうに笑う。


『一体どんな手を使ったの?』

芙蓉はぞっとした。菊の刺繍を許されているのはケイツの職人だけ。そのケイツの刺繡を入手できるのは人族の貴族だけ・・・のはずだった。


「奥様のご実家でも扱っていらしたの?」

「まさか。・・・呉服屋ではありませんでしたから。刺繍は学校の知識だけです。」

『下級商人とは言わない方がいいんだろうな。』

「ガッコウって何です?」竜湖が首を傾げている。

想定外の回答だったらしい。

「あ、えっと人族の子どもが集まって商人の勉強をする場所のことです。」

「人族の親は子の教育をしないのですか?」

「しますよ。親の店を手伝いながら学びます。ただ商人の親は忙しいので基礎的なことは学校で教えるのです。」

竜湖は目をぱちくりさせている。

「商人の勉強って刺繡のほかにはどんなことをなさるの?」

「人族が扱う商品は一通り。あとは人族と取引のある種族とその商品を覚えます。」

竜湖はぽかんと口をあける。

「人族って数が多いじゃない・・・ですか?商品とか種族を分担して覚えたりはしないのですか?」

「しないというよりできないのです。人はすぐ死にますから。人が欠けても商売に影響がでないように最低限の知識を子どものころから覚えさせられるのです。」

「最低限?・・・竜紗(りゅうさ)。いらっしゃい。」


下座から赤い着物の中年女性がやってきた。

「竜紗と申します。」両手を床について挨拶する。

「このかんざしはどこの種族産かおわかりになる?」竜湖が竜紗の頭のかんざしを指差す。

「・・・人族のものではないので確証はございませんが、本体はゾウ族の象牙、オレンジの花の装飾は鴨族の石細工、蝶は・・・熊族のガラス加工品ですか?」芙蓉は昔の記憶を引っ張り出しながら答える。

「お見事でございます。奥様のご実家でもお取扱いが?」竜紗も驚いている。

「いいえ。実物は初めて見ました。」

人族の大商人出身と勘違いされてはたまらない。というか・・・


『まさかこの場にいる全員とクイズをさせられるの?』

さすがに芙蓉の顔が引きつりそうになった時だった。

「もういいでしょう?というかやりすぎです。」若様が不愉快そうに竜紗を手で追い払う。

竜紗は頭を下げると足早に席に戻っていった。

「休もう。おいで。」若様は芙蓉の手を取って立たせると休憩室に連れて行った。



 エイナは呆然と人族の娘を見ていた。

「龍栄・・・枇杷亭の奥様はおいくつ?」

「今年で21よ。」向かいに座る竜湖が答える。

エイナは人族の知識がある。エイナの武器は大商人の実家からもたらされる情報だ。牙も爪も鱗も翼も持たぬ弱々しい生き物。力だけでいえば家畜以下だ。だが、人族は高度な知能と他の獣人には決してまねできぬ技術力の高さで獣人の一種族に位置付けられている。繊細な金銀細工や刺繍、高い効能を持つ薬、仕組みが全く理解できない写真や自動計算器などの機械・・・人族の商品は希少で高価だ。

 てっきり拾うか買ってきた娘だと思っていた・・・だが違う。あれほどの知識に作り笑顔とあの立ち振る舞い。間違いなく高度な教育を受けた商人の娘だろう。


一体どうやって?


人族が紫竜一族に妻を差し出すなんて絶対にありえない。

「母上。お顔が・・・」龍栄が小声で話しかける。

エイナは慌てて笑顔を作った。驚きのあまり恐ろしい顔になっていたようだ。


 エイナは腹立たしいことこの上ない。なぜあんな孔雀の息子に有能なものばかり集まるのか?

わがままで傍若無人な問題児。紫竜の傲慢さを体現しているような奴なのに・・・

夫はかつて最古参のカカを孔雀の侍女として与え、カカは孔雀の死後、その息子の侍女となることを選んだ。その上、今度はその妻の侍女として執事長タートの娘とシュシュ医師の長女を与えた。

2人の妻とその息子たちは平等に扱う?冗談ではない。夫が孔雀の息子を贔屓するからエイナは実家に自分の息子の支援を頼むのだ。

 また息子の妻を変えた方がよさそうだ。最初の白鳥と違い、実家の力がない娘を選んだのに・・・とんだ見込み違いだった。

あの人族の娘は胎の子をどうするのだろうか?

エイナはほくそ笑んだ。決まっている。


人族が最も憎むのは異種族なのだから。


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