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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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花見会

「枇杷亭の若様、奥様。お待ちしておりました。」


ワシ族執事が深々とお辞儀をする。


この日、芙蓉は若様に連れられて初めて紫竜一族の本家に来ていた。枇杷亭から空飛ぶ馬車で10分ほどの場所だった。


芙蓉のお腹はまだ大きくなっていないが、着物の帯は苦しいので、ピンクのゆったりとした丈の長いドレスにした。

侍女たちの提案で、ダイヤモンドのネックレス、イヤリングをし、左手薬指には結婚指輪をはめ、黒髪はポニーテールにしてダイヤモンドの髪留めをつけた。



若様は赤紫色の和装だ。左手薬指に結婚指輪をはめ、芙蓉に合わせてダイヤモンドの飾りがついた金色のひもで濃い紫の髪をきれいに束ねている。




「花見会の前にお館様がお会いになりたいとのことです。どうぞこちらへ。」


「熊の奥様も一緒か?」

若様がワシの執事に尋ねる。


「いいえ、族長お一人です。」




~応接室~

「失礼します。」


龍希は妻の肩を抱いて一緒に応接室に入った。


「ああ、よく来た。座りなさい。」

族長が笑顔で迎えるが、


「なんの御用ですか?」


「・・・お前はまだ妻を連れて儂のところに結婚の挨拶にきておらんかったろう?」


族長は呆れた顔で答えた。



「ああ、忘れてました。妻の芙蓉です。」


「初めまして。お館様。」


妻は笑顔で挨拶する。

いつものことながら作り笑顔を崩さない肝のすわりっぷりに惚れ惚れしてしまう。


「初めまして。龍希には苦労しているだろう。ククとシュンが守ってくれるだろうが、どうにも困る時には竜湖か儂に遠慮なく言いなさい。」


「余計なお世話です!」

龍希は族長を睨んだが、族長は動じない。



「今日は桜の花は用意できなかったが、竜湖が桜茶というのを仕入れてきてな。もし嫌いでなければこの後の食事に用意させよう。」


「まあ、お気遣いありがとうございます。是非いただきたいです。」


妻は笑顔で返事する。


これは本物の笑顔だ。

俺には滅多に見せてくれないのに・・・



「なんですかそれ?」


「桜の花から作った人族のお茶らしい。お前も飲んでみるか?」

族長はニヤリと笑って龍希を見るけど、


「・・・俺は酒だけで結構です。」




扉をノックする音が聞こえ、族長の犬の執事が入ってきた。


「龍栄様がご到着されました。」


「おう。クース、龍栄が着席するころに龍希たちを案内してくれ。」



「え!待ってください。龍栄殿が先ですか?」



龍希は慌てた。


「当然だろう。クース説明してやってくれ。」

族長はまた呆れた顔をする。



「一族の皆様には序列がございまして、下座から先に着席する決まりです。今回、奥様がご懐妊中のため龍栄様と若様の序列が入れ替わりました。」



クースはやけに丁寧に説明するが、

最悪だ。だからあの熊がこの場にいないのだ。


族長に文句を言いたいけど、妻の前では・・・龍希は黙っているしかない。



10分ほどすると、クースが戻ってきた。


「枇杷亭の若様、奥様。ご案内いたします。」


龍希は妻の肩を抱いて宴会場にむかった。



「こちらが本日の会場である大広間でございます。その隣にあるオレンジの札がかかったお部屋が枇杷亭の奥様専用の休憩室でございます。気分が優れない時はこちらでご休憩ください。最優先されるのは奥様のご体調でございます。」


クースが妻に念押しする。


「ありがとうございます。承知いたしました。」


「奥様。僭越ながら使用人にその言葉は・・・」


「分かったわ。」

妻は本当に理解が早い。


「行こうか。」


龍希は妻の手を握ると大広間に入った。




~紫竜本家 大広間~


『え・・・まさかあそこに座るの?』


芙蓉は顔が引きつりそうになった。


奥の一段高い席が族長の席だろう。その左側手前の席だけがあいている。その後方、壁側に疾風、クク、シュンが控えていた。


その向かいには、若様より少しだけ明るい紫色の髪をした青年と着物を着た熊の獣人が座っていた。おそらくあれが龍栄様とその母である熊の奥様なのだろう。


芙蓉は会場をそっと見渡して思わず吐きそうになった。紫色の髪をした男女と、男の隣には着飾った獣人が座っている。



『あれは見た目だけ。人じゃない・・・』


そう思っても獣人と並んで座っている場面を見ると気持ち悪くて仕方ない。まるで人族と獣人の夫婦のようだ。



「大丈夫か?芙蓉」

若様が心配そうに顔を覗き込む。

「大丈夫です。少し緊張してしまって。」

芙蓉は慌てて笑顔を作る。



「はーい。龍希、芙蓉ちゃん」


空席の隣には豪華な着物を着て、紫色の髪を頭の上で結い上げた竜湖が座っていた。


若様はあからさまに嫌そうな顔をしながら、芙蓉を先に竜湖の隣に座らせ、自分も座ると芙蓉の肩に手をまわして竜湖から離すように引き寄せた。



「あら、怖い顔。何もしないわよ。」


竜湖は肩をすくめて若様を見る。

驚くべきことに席次にしたがえば若様は竜湖より上の序列ということになる。


「じゃあ、俺の芙蓉に話しかけないで下さいね。」


「いいの?そしたら龍峰(りゅうほう)が芙蓉ちゃんと話すことになるけど。」


竜湖がニヤリと笑う。

若様は忌々しそうに舌打ちするけど、リュウホウが誰か芙蓉には分からない。



「芙蓉ちゃん、この匂い大丈夫?気分が悪くなったらすぐに休憩室に行きましょうね。あなたが倒れでもしたら一族中大騒ぎになっちゃうから。」



竜湖は珍しく真剣な表情で芙蓉を見る。



『いや・・・まあ臭いですよ。これだけ獣人が居ますもん。』


つわりが終わっていてよかったけど、こんなことは声に出して言えない。



「まだ大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」


「すごいわねえ・・・初めてくる奥様は大体真っ青になって5分以内に倒れちゃうのに。」


「え?私は獣人ほど鼻が利かないからですかね。」


芙蓉は反応に困って苦笑いする。



「・・・そう?

って、もう!龍希、あんた怖い顔しすぎ。それじゃ誰も近づけないじゃない。」


竜湖が呆れた顔で若様を見る。


「近づけさせませんよ。」


なぜか若様は眉間にしわを寄せて険しい顔をしている。



「まあ、あんたが妊娠中の妻を巣の外に連れてきただけでもよしとしましょう。」




『ん?』


水色の着物を着た蛇の獣人が会場を出て行った。芙蓉は思わず目で追う。


「あー龍灯(りゅうとう)の妻ね。今日は気絶する前に退室できたのね。」


「龍灯は妻に付き添わないのか?」


若様はそう言って、怪訝な顔で30代くらいの紫髪の男を見ている。


「みたいね。そうそう、あの子は龍希派になったわよ。」

竜湖がにやりと笑う。


「勝手に俺の名前を使わないで下さい。」

若様は心底嫌そうな顔だ。


「勝手じゃないわ。孔雀の奥様に許可をもらったもの。あんたも母上がいいならいいって言ってたじゃない。」


「何年前の話ですか?覚えてないです。」


「あんたが5歳の時。」

若様は呆れている。



「・・・あの蛇の奥様はどうされたのですか?」


芙蓉は気になって仕方ない。


「紫竜の匂いにやられたのよ。夫で耐性ができるとはいえ、獣人は本来的には紫竜の匂いを恐れるから。芙蓉ちゃんはほんとに大丈夫なの?」


竜湖は心配そうに芙蓉の顔を覗き込む。


「紫竜の匂い・・・ですか?」

芙蓉は困った。


獣人の臭いがきつくて紫竜の臭いがどんなものか分からない。



「揃ったな。」

威厳のある声が響いた。


族長が入ってきて龍栄たちの後を通って席に着いた。人族のルールと同じなら、若様の席次は族長の次に高いことになる。



『だからさっきあんなに慌ててたのかしら・・・』



妻が妊娠しただけで長男と次男の席次が入れ替わるなんて人では絶対にあり得ないことだ。


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