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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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結婚指輪

「おはようございます。竜湖様。お待たせして申し訳ありません。」芙蓉は広い応接室に入るなり頭を下げる。

「いいの、いいの。奥様が簡単に頭を下げちゃだめよ~。あ、紹介するわね。娘の凰蘭(おうらん)凰鈴(おうりん)よ。」

芙蓉はぽかんとした。

「お初にお目にかかります。奥様。」

そう言ってお辞儀をしたのは2匹の赤い鳥の獣人だった。

「私は朱鳳(しゅほう)一族に嫁いだからね。娘たちは宝飾品を扱う商人なの。それでも大変だったのよ~人族の作る宝飾品は希少だから。」

竜湖がそう言うと二人の娘が応接間の机に一対の指輪が入った透明なケースを並べ始めた。

「申し訳ありません。20組しかご用意できず。若様と奥様のお気に召すものがあればよいのですが・・・」娘の一人が並べながら謝罪する。

「指輪なんてどれも同じでしょう。20もあるんですか?」若様が眉をひそめる。

「だからあんたは女に嫌われるのよ。」竜湖だけでなく娘二人も呆れた顔で若様を見ている。

さすがの芙蓉も笑顔を作る気にはなれなかった。むしろ睨まなかったことを褒めてほしい。


「急なお願いでしたのに、こんなにたくさん。ありがとうございます。」芙蓉は代わりにお礼を言う。

「ううん。11月から準備してたから。」竜湖がウインクする。

「11月?」若様が怪訝な顔をする。

「旦那の弟と香流渓(こうりゅうけい)で会ったでしょ。」

「ああ。確か・・・鳳雁(ほうがん)でしたか。」

「そうそう。伯母様に感謝しなさい。龍海(りゅうかい)には黙っとくよう言っといたんだから。」

「それはどうも。」

「お礼は4個でいいわ。」

若様は舌打ちすると後ろにいる疾風に目配せする。芙蓉には全く内容が分からなかったが、どうやら若様もこの女性には逆らえないようだ。


「さ、芙蓉ちゃん。順番につけてみて。全部十八金で宝石入りよ。」

芙蓉は真っ青になる。きっと芙蓉には想像もつかない値段に違いない。触るのも怖い。

「・・・。龍希は一族の稼ぎ頭だから、妻への贈り物は最高級のものでないと商人としてのメンツが立たないわ。」竜湖は芙蓉を見る。

 そんなことを言われると芙蓉が選ぶわけにはいかない。困って若様の顔を見るが、若様は興味がなさそうにあくびしている。

「・・・」

あれだ。香流渓でメニュー選びを芙蓉に任せたときと同じ顔をしている。

 芙蓉は困ってシュンを見た。このフクロウの獣人はどうやら芙蓉の侍女らしい。

「奥様が気に入られたものはすべて買ってもらえばよいのです。甲斐性だけが唯一の取り柄ですから、この若様は。」シュンはにこりと笑う。

やはりこの侍女は若様のことが嫌いらしい。



「え!」

芙蓉は14個目の指輪を見た瞬間に思わず声をあげた。指にはめてもらい、模様をまじまじと見る。月桂樹の葉を模した彫刻が指輪全体に彫られ、小さな3粒のダイヤモンドが埋め込まれている。

「もしかして・・・キンリョウザですか?」

「さすがね。」竜湖がにこりと笑う。


 実物なんて当然初めて見る。だがキンリョウザを知らない人族の商人などいない。最古の結婚指輪を作ったとされる宝石職人の一族でいまだにその最古のデザインだけを作り続けている。時代遅れだと揶揄するものもいるが、その格式と技術の高さは他の追従を許さないのだと学校で習った。 


「一体どうやって?」

獣人が仕入れられるはずがない。キンリョウザは店舗でしか買えないのだ。人族最大の町にあるたった一つの店舗。獣人はもちろん人族だって会員しか入れない。

「ふふ。営業秘密。」竜湖はそう言って人差し指を口に当てる。

「それにするか?」若様がようやく口を開いた。


『試されたのかな?』


別に商人の世界では珍しくない。だから商人の子は最低9年は学校に通うのだ。

芙蓉は残り6個の指輪をちらりと見る。どの宝石もダイヤモンドではない。

『いや正解はこれなんだろうけど・・・私がつけていいものじゃない。いや若様のものを選んでるんだった・・・うん、私はおまけだ。そう考えよう。』

「はい。若様、よろしいですか?」

「妻が選んだものに異存があるわけないだろう。これは何の模様なんだ?」

「月桂樹の葉です。ダイヤモンドと同じく結婚の縁起ものです。」

「ふーん。なるほど。」若様はもう一つの指輪を手に取って左手薬指にはめた。


「じゃあ次ね!」

竜湖がそう言うと、娘の一人が指輪を片付け、もう一人が木製の宝石箱を机に並べ始めた。宝石箱は12個あり、娘が蓋を開けていく。

「どれも髪留め、ネックレス、イヤリング、腕輪、ブローチの5点セットよ。12種類あるから好きなのを全部選んで。」竜湖は芙蓉を見てにっこりと笑う。

「あの・・・私がですか?」

おそろいの色の宝石がついた宝飾品のセットだった。12色の宝石は・・・誕生石だ。

まさかまだ若様に買わせる気だろうか?

「妻への結婚の贈り物が指輪一つなんてありえないでしょ。芙蓉ちゃんの体調がよくなったら一族の集まりもあるから宝飾品が多くて困ることはないわ。」

「は?妊娠中の妻を本家に連れて行くわけないでしょ。」若様が竜湖を睨む。

「誰だって妊娠中の芙蓉ちゃんにそんな負担かけたくないのよ。でも仕方ないじゃない。族長息子の結婚よ。一族がその妻に会ったことがないなんて取引先に説明できないわよ。」


芙蓉は思わず若様を睨む。若様は気まずそうに目を逸らした。

『噓つき。・・・いや噓はついてない。また隠してた。』

「あんた今度は何やったの?」竜湖が呆れた顔で若様を見る。

「別に。」若様は肩をすくめる。

「芙蓉ちゃんは教えてくれるわよね。」竜湖はにっこり微笑む。

この女の作り笑いほど怖いものはない。

「いえ、若様に龍栄様のご兄弟についてお聞きした時、亡くなられた姉上がいるとお答えになっていただけです。」芙蓉は正直に答えるしかなかった。

「あー。そうね。龍希はあれを兄とは認めてないから。」竜湖が笑う。

「違いますよ!妻に嘘を教えないで下さい。」若様が竜湖を睨む。

「隠し事をする夫は嫌われるわよ。まあ、そういうわけだから選んで。」

芙蓉に拒否権はないようだ。

「・・・集まりに呼ばれるとしたら何月になるのでしょうか?」

「う~ん。不正解。いつになるか分からないから全部買ってが正解よ。」

芙蓉は呆れた。

「え、いえ、いくら何でも。」思わず竜湖に反論してしまった。

「早速妻に愛想つかされてるじゃない。あんたの取柄は甲斐性だけなのに。」竜湖がニヤリと笑って若様をみる。

「そんな挑発しなくても全部買いますよ。これ以上妻を試すような真似はやめてください。」

「いいじゃない。思ったとおり、龍栄の妻より知識も度胸もはるかに上ね。」竜湖は楽しそうだ。

「だから!龍栄殿と比べるのはやめてくださいよ!」若様は怒りのあまり叫ぶ。

どうやら芙蓉が思っていた以上に異母兄弟の仲は複雑らしい。


なんで私が巻き込まれてるんだろう?


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