竜音引退の真実
~紫竜本家 応接室~
竜湖が龍陽に攻撃された翌日、雌竜たちは本家の応接室に集まっていた。
「ええ!?竜湖様が?」
竜夢の報告を聞いて、竜波は悲鳴をあげた。
「どういうことです?だって昨日、竜湖が落ち着くまではお姉様と竜冠で見張ると・・・」竜色はそう言って、驚いた顔で竜紗を見る。
「申し訳ございません。竜湖様が気分転換に白ワインをとってくると部屋を出ていかれて・・・そのすきにリュウカの部屋に行かれたようで・・・」竜紗と竜冠は泣きそうだ。
「ええ!?あいつ・・・じゃない竜湖はお姉様を騙したんですか!?」
竜色は怒りのあまり立ち上がった。
「落ち着いて竜色。竜湖が悪い。竜紗、竜冠あんたたちの責任じゃないわ。」竜夢にそう言われて、竜色は椅子に座った。
「でも、信じられません。確かに昨日、竜湖様はその・・・相当キレておられましたけど・・・若様たちの前でそんな・・・」竜波は戸惑った顔で竜夢を見る。
「ううん。枇杷亭・・・じゃない龍希様の侍女が龍陽を呼びに行ったそうよ。なんでも龍陽が竜湖と妻を2人きりにするなと執事と侍女たちに命じてたらしいわ。」
「ええ!?なんで?」
「妻が龍陽に頼んでいたのか・・・龍陽が何か勘づいていたのか・・・人族から生まれたあの子たちの能力や性格は守番の竜紗と竜冠もまだよく分かってないのよ。」竜夢はため息をつく。
「それにしたって・・・龍陽たちは竜の子の中でもかなり大人しかったはずでは?龍久なんて遊んでいるときに力加減ができずにもう3匹も獣人の使用人を殺しているんですよ。」
龍久の守番の竜色が竜紗に尋ねる。
「ええ。龍陽が獣人の使用人を攻撃したのは初めて転変した時だけで、ほかの2人は一度もないわ。それが今回、竜湖様の心臓を狙い打ちなんて・・・信じられません。」竜紗の言葉に竜冠も頷いている。
「り、龍陽様はご無事なのですよね!?け、今朝、怖い顔をした龍峰様が本家にとんできたと使用人たちが噂していましたが・・・」
竜和が恐る恐る尋ねる。
「ええ。さすがに竜湖は龍陽を攻撃してないわ。ただ、竜湖の血がついたから龍陽は熱を出して寝込んじゃってね。今朝からシュシュの医務室に居るの。
龍峰様はそれを見るなり激怒して・・・大変だったのよ。また本家に雷が落ちるところだった。族長が雷気ぶつけて相殺して、龍賢と一緒に怒鳴りつけてどうにか龍峰様を抑えていたわ。
龍栄はオロオロするだけで何の役にも立たないし!全く!」竜夢は怒り出した。
「龍明様が産まれてからも龍陽の溺愛っぷりは変わりませんでしたものね。龍明様が亡くなられてからは一層・・・」
竜色は亡くなった龍明を思い出したのかまた涙目になっている。
「龍峰様と族長たちは今は?」
「執務室よ。補佐官たちも一緒。参ったわ。私たちは執務室にもリュウカの部屋にも近づくなって。族長も相当怒ってたわ。怖くて近寄れないわよ。」竜夢は今度は青い顔になった。
「そうなると。今度は竜湖様が引退ですか・・・」
竜波はため息をつく。
「今度は?どういう意味でございますか?」竜染が尋ねる。竜冠も不思議そうな顔をしている。
「あ~若い二人は知らないわね。かつて竜音が龍峰様たちの逆鱗に触れて引退させられたのよ。」
「ええ!?え?竜音様は竜帆の悪事の責任をとって自ら引退されたのでは?」
「それは竜音と竜湖の方便よ。まあ全くの嘘でもないけど。竜帆の密告で、竜音が龍峰様を騙して孔雀と再婚させたことがばれてね。あの時も大変だったわ。龍峰様はもちろん、龍賢様も龍河様も激怒してね。誰も竜音をかばえなかったわ。恐ろしすぎて。」
竜夢の話に竜染と竜冠はぽかんとしている。
「あれはやりすぎでしたね。いくら何でも。」竜和がそう言ってため息をつく。
「竜音は龍峰様を族長にすることに執着してたからねえ。なのに龍峰様は一切の情けをかけることなく竜音を引退させて本家からも追い出したから、まあ、竜音はすごい荒れっぷりだったわ。」竜夢はそう言って肩をすくめる。
「り、竜音様は龍峰様の守番で・・・成獣してからもずっと相談役として重宝されていたのでは?」
「そうよ。だから竜音は自分が一番だと誤解しちゃったのよ。でも、残念ながら龍峰様は妻子をとったの。迷うことなくね。紫竜の雄はそういう生き物よ。
私たちはそれを忘れちゃいけないの。
なのに竜湖は・・・竜音と同じ失敗をしたのね。」そう言う竜夢は凶悪な笑みを浮かべている。
「嬉しそうですね。」
竜湖派の竜波と竜紗は不愉快そうな顔で竜夢を睨む。
「ええ。私たち年寄りの役目は、若手に教訓を与えることだもの。不満なら族長に抗議しに行けば。」竜夢はそう言って鼻で笑う。
「では今日から竜夢様が私たちの筆頭ですね。」竜夢派の竜和、竜杏、竜染は嬉しそうだ。
「なら族長の奥様の担当は竜夢様に変更ですか?」竜紗は明らかに不愉快そうな顔で尋ねる。
「どうかしらねえ。族長の指名を待つわ。案外、中立派から選ぶかもね。今日は2人しかいないけど。」
「私はないですね。龍希様に嫌われていますから。」竜色はそう言って肩をすくめる。
「私は明らかに力不足です。龍風の守番とは言え、ふよ・・・族長の奥様には全く信用されていませんし。」竜冠は困った顔で答える。
「族長の妻は誰も信用してないわ。そういう生き物だと思っていたのに・・・まさか黄虎に・・・」竜紗は悔しそうだ。
「で、でもあの妻から悪意は感じませんでした。龍栄様もそう言っていましたから、黄虎と結託して紫竜に害をなそうとしたわけではなさそうです。」竜色が慌てて竜紗を励ます。
「あ!そうそう!その話。私まだ全然わかっていないですが、あの妻は結局、何をしたのです?」
竜和が竜紗に尋ねる。
「戸籍を燃やして妻の素性や家族を探れなくしたのですよ。」竜紗は思い出してまた悔しそうだ。
「え?でも、故郷が分かったなら使用人に家族を探させたり、聞き込みすればいいのでは?」竜和が尋ねる。
「おそらく故郷にはもう家族はいないのでしょう。龍希様と出会った黄虎の谷の方の町と水連町は遠すぎますから。それに・・・竜夢様が今年6月に、龍緑の妻の件で水連町に行かれたらしいのですが・・・」竜紗はそう言って竜夢を見る。
「そうそう。なんか族長の妻が水連町のパンを食べて泣き出したって聞いたから、もしやと思って水連町まで行ったんだけど町に薬屋はなかったわ。何年も前に廃業して、もう建物も残ってないって。」
竜夢はそう言って肩をすくめる。
「え~!?じゃあ結局、手掛かりなしですか?な、何年妻の故郷を探してきたと・・・」竜波はそう言ってうなだれた。
「まさか妻はそこまで見越して?」
「さあ?そんな情報を手に入れる伝手なんてないはずだけど・・・」
「でも、その戸籍とやらを手に入れて竜湖はどうするつもりだったんですか?妻の素性と家族が分かったところで何の役に?」竜色が竜紗に尋ねる。
「竜湖様は・・・龍希様が自分にまで再婚を隠していたなんておかしい。妻とのなれそめを隠し続けているのもあり得ないと。妻がそうするよう龍希様を唆した理由を知りたいと仰っていました。」
「ふ~ん。その言い方からすると、竜紗、あんたの意見は竜湖とは違うのね。」竜夢が愉快そうに竜紗を見る。
「・・・別に。龍希様の悪さは今に始まったことじゃないですし、全てを竜湖様に馬鹿正直に報告するタイプでもないかと。」竜紗は気まずそうに答える。
「あはは!私も同意見よ。龍峰様の決めた縁談を終わらせるために婚前交渉までしたことを隠してただけでしょ。
ほ~んと、竜湖は晩年の竜音そっくり。
龍希をどこの孝行息子と勘違いしてるのかしら。あんな奴を信用するなんて。」
そう言って大笑いする竜夢に反論する竜は居なかった。




