夫の思い妻の思い
あの後、妻と息子、執事や侍女たちに事情を聞いたところ、会議の後、険しい顔をした竜湖がリュウカの部屋に来て、部屋の中に妻と侍女しかいないと分かると、侍女たちを追い出してしばらく妻と2人にするようにと命じたらしい。だが、獣人の使用人たちですら分かるほど竜湖は殺気だっていたそうで、疾風とカカだけでなくシュンも反対し、俺を呼びに行こうとしたそうだ。
しかし、竜湖は族長命令だと嘘をついて強引にリュウカの部屋に入っていたので、カカが中庭で遊んでいた龍陽を呼びに行き、駆け付けた龍陽は、妻に殺気を向けている竜湖に激怒して攻撃したらしい。
力はまだ竜湖の方が強いはずだが、竜の子の爪には猛毒があり、同族の成獣であっても身体が鈍る。なにより疾風たちの話によれば、激怒した龍陽の殺気は凄まじく、驚いた竜湖が抵抗する間もなく、急所である右の心臓辺りを集中的に攻撃したという。
龍海の血で解毒したが、すでに爪の毒が全身に回っていた上、胸の怪我は相当深く、竜湖はまだ意識が戻らない。
妻は、竜湖と何を話したのか教えてくれなかったが、龍賢が、
妻の戸籍を手に入れて妻を脅そうとした目論見が外れた竜湖が、今回の黄虎本家での出来事について俺が激怒していて、でも紫竜の雄は自分の妻を攻撃することはできないから、子どもたちが危険だと脅したのではないか?
と尋ねると妻は青い顔で俯いたので、たぶん当たっているのだろう。
信じたくないが、龍賢の言うとおり、妻の弱みを見つけられない竜湖は度々、俺が子どもたちに危害を加えると嘘をついて妻を脅していたようだ。
妻からそんな話は一度もなかったけど、今回、俺に対して息子を折檻しないでくれと訴えた妻の怯え方は尋常じゃなかった。
俺に向けた息子の殺気も。
いつも妻のそばにいた賢い息子はきっと竜湖の悪事を察して、役立たずの俺にも怒っていたんだろう。
~龍希の寝室~
息子は薬湯に入って身体についた竜湖の血を洗い流した後、夕食も食べずに眠ってしまった。相当疲れたのだろう。明日は熱を出すかもしれない。本来は俺がすべきことだったのに・・・息子にも申し訳ない。
子供部屋で寝ていた下の子2人は騒ぎには気付かなかったようだ。一緒に夕食を食べて、お風呂に入って、妻が子ども部屋で寝かしつけをしたらいつも通り寝てくれたそうだ。
そうして、妻はいつものように俺の寝室に来てくれた。もう怯えた様子はないが・・・龍賢のおかげだ。
龍賢は、竜湖の脅しは竜湖の独断で族長の俺ですら知らなかった、龍賢の進言で、竜湖を妻から遠ざけようと俺に話をしていたところだったと妻に伝えたのだ。
妻は無表情で聞いていたが、龍陽が嘘はないと言ったことで表情が和らぎ、もう俺に対して怯えなくなった。
「芙蓉、ごめんな。俺が不甲斐ないせいで・・・君にも龍陽にも辛い思いをさせた。」龍希はベッドの中で妻を抱きしめながら謝った。今はもうそれしかできない。
「え?いえ、あなたは何も・・・私が全て悪いのです。勝手なことをしたから・・・」妻の声は小さく、震えている。
「芙蓉は何も悪くないよ。俺は・・・何にも分かってなかった。シマヘビや白鳥のことを知らせたら妻を怖がらせると思って隠してたけど・・・何も分からない方が怖いよな。隠し事をして、妻を不安にさせてることにも気づかなくて・・・信頼してもらえなくて当然だ。」
「え?」妻は驚いた顔になる。
妻が子どもたちを寝かしつけている間に龍賢に説教されたことだ。
「あ、そんな・・・あなたは族長として沢山のものを背負っておられるのですから、私なんかにそんな・・・」
「私なんかって・・・俺にとって一番大切なのは君だ。面倒な仕事でもするのは芙蓉に不自由をさせたくないからだよ。俺には甲斐性しかないから。族長になったのだって、族長の妻になれば芙蓉に危険が及ぶことが減るだろうって・・・
でも俺はダメだなあ。芙蓉に辛い思いをさせてばかりで・・・ぐす」龍希は自分が情けなくて涙が出てきた。
妻の前で泣いたらますます嫌われてしまうのに・・・
「え?あなた?」妻はやっぱり困っている。
「私にはそんな価値なんて・・・おそばにおいてもらっているだけでも・・・うう」
「え?」
なぜか妻も泣き始めた。
「え?芙蓉?どうした?俺・・・またなんか怯えさせるようなことした?」龍希は驚きと困惑で涙が引っ込んだ。
「ち、違うのです・・・わ、私にはあなたにこんなに・・・大切にしてもらう価値なんてないのに・・・」
妻の両目からはボロボロと涙がこぼれていくが、龍希は訳が分からない。
「え?なんで?妻を大切にしちゃダメなのか?」
「だ、だって私には何も・・・何の価値もないのに・・・」
「価値?ふ、芙蓉の言う価値ってなんだ?」
妻の言いたいことが全く分からない。こんなこと初めてだ。
賢い妻はいつだって龍希に分かるように話してくれていたのに・・・
「だ、だって・・・私は血のつながった家族に・・・生きている価値もないと売られて・・・売られた先でもゴ・・・ゴミ扱いで・・・ほ、本当は誰かの親になんて・・・妻になんてなる資格もないのに・・・」
「はあ?」龍希は驚きのあまり大声が出た。
『妻は何を馬鹿なことを言ってんだ?』
「芙蓉?賢い君が何を言ってんだ?芙蓉の価値も分からない馬鹿な人族なんてどうでもいいだろ。
君は俺の最高の花嫁で、子どもたちの最高の母親だ。それじゃダメなのか?
あ、同族じゃないからか?でも、同族のあいつ・・・三輪だって君のことを大切に思ってるじゃないか。」
「え?」妻はまた驚いた顔になる。
「え?そんなに驚く?」龍希はまだ困惑している。
「で、でも・・・あ、あなたが私の過去を・・・一族に隠されているのは・・・その・・・」
「え?ああ、だって俺が人族のふりして君を騙して結婚したなんて、さすがに知られる訳にはいかないんだ。今更だけど一族が許容できる悪さを超えてるからな。いや、全部俺が悪いんだけど・・・」
「え?そっち?」妻は驚いた顔になるが、
「そっち?ってどっちだ?え?」龍希はまた分からない。
「え?あの・・・てっきり私が遊女だったと知られると困るからかと」
「え?なんで?それを知られると芙蓉は困るのか?」
「え?あなたや子どもたちまでバカにされるというか・・・さ、差別されたりとか・・・」
「え?なんで?」
龍希は訳が分からない。
『一族の序列に妻や母の過去なんて全く関係ないぞ。てか遊女ってバカにされる仕事なのか?』
「いえ、私の勘違いならよかったです。」
よく分からないが妻はほっとした顔になった。
「芙蓉が気にするなら、俺は黙っておくよ。俺には人族の考え方は分かんないけど、妻の気持ちを尊重したい。」
龍希はそう言って妻に微笑みかけた。
「・・・あなたは出会った時からずっと優しいですね。私のことも子どもたちのことも大切にしてくれて・・・」妻はいつの間にか泣き止んでいる。
「芙蓉?」
「あなた、あなたは最高の夫です。これからはちゃんと・・・もっと話をしますね。不安なことも不満なことも・・・あなたはちゃんと聞いてくれる人・・・じゃない夫なのに。ごめんなさい。」
「え?ほんとに?芙蓉は俺のこと嫌いじゃないのか?こ、怖いんじゃ・・・」
「え?大好きですよ。怖い・・・と思うときもありますけど・・・でも普段は優しくて、私には勿体ないほど優しくて・・・」
妻の言葉を聞いて、龍希は今度は嬉し涙が出てきた。
「え?ほんとに?俺のこと嫌いじゃないの?だって俺・・・」
「大好きですよ。嫌いじゃないです。」
妻の言葉に嘘はない・・・はずだけど、龍希は信じられない。
「ええ・・・なんで?」
「え?そんなに驚くことですか?
・・・ふふ。私たちお互いのことを全く分かってなかったのですね。もう8年近く一緒に居るのに・・・私は大好きですよ。」妻はそう言って甘えるように龍希の胸に顔を擦り付けた。
なんと優しい声なのだろう。
「・・・芙蓉、俺も大好きだよ。」
龍希はそう言って妻の唇に自分の唇を重ねた。




