虎春の狙い
「は、はあ!?あんた、何で止めなかったのよ!なんてこと!」あの竜湖が真っ青になって悲鳴をあげる。
「え?なにが?」
「なにが?じゃないわよ!なんてことしてくれてんのよ!バカ!」竜湖はなにやらキレているが、龍希は訳が分からない。
「竜湖殿落ち着いて下さい。まだ私も分かっておりませぬ。」龍賢がなだめる。
「そ、その水連町があいつの故郷だったんだわ。と、虎を利用して戸籍を焼きやがった!くそ!」
竜湖は恐ろしい顔でそう怒鳴って目の前の机を叩いた。石製の机に大きな亀裂が入る。相当怒っているようだ。
「え?故郷?戸籍?」龍希はまだ分からない。
「戸籍とはなんですか?それを奥様が始末した理由は?」龍賢もまだ分かっていないようだ。
「人族の身分証よ。妻の素性と家族を辿れる唯一の資料だったのに!あいつはずっと戸籍がある故郷の場所を隠してた!くそ!」
「芙蓉に家族なんていませんよ。別に無くなったって困りません。」龍希は呆れてそう言ったが、
「だったら妻は隠さないわよ!てか、あいつは自分で言ってたじゃない!あんたと結婚したことで家族が戸籍を消したって!まだ生きてる家族がいんのよ!」
「え?」
驚いているのは龍希だけじゃない。
『そんな話あったっけ?』
龍希は全く覚えていない。
「どういうことですか?龍希様との結婚を知っている人族・・・妻の家族がいるのですか?」
「はい。まだ龍陽様が産まれる前、奥様がそう言っていました。」そう言う竜紗も何やら悔しそうな顔をしている。
「そんな話あったか?」
龍希は本当に覚えていない。
「竜湖様が奥様の戸籍の所在を尋ねた時にそう答えてましたよ!あなた様が反応されなかったので嘘はなかったはずです!」なぜか竜紗もキレている。
『なんで怒ってんだ?』
「待ってください!家族が戸籍を消したなら、今さら戸籍を始末するも何もないのでは?」
龍賢が尋ねる。
「戸籍を消したというのは物理的な意味ではありません。戸籍に死亡と記載することを、人族の言葉では戸籍を消したと表現するのです。私もずっと後になって分かったことですが。」
竜紗は悔しそうだ。
「え?なんで死んだなんて嘘を?何のメリットが?」
「分かりません。ですが妻の家族がそうしたのには何か理由があったはずです!そしてその戸籍の所在を妻がずっと隠してたことにも理由が!なのに!」竜紗は龍希を睨む。
「おいおい待てよ。芙蓉と会ってからそのまま枇杷亭に連れてきたんだ。家族に結婚を知らせる機会なんてなかったぞ。てかなんでそんなに怒ってんだ?」
「え?でも結納金を家族にお支払いになったのでは?」
「え?いや、結納金を支払ったのは芙蓉の勤め先だ。家族なんて居なかった。」龍希は焦った。
「ちょっと情報を整理させて下さい。お二人とも落ち着いて。それ以上殺気を出せば、龍希様が黙っていませんぞ。」龍賢が竜湖と竜紗を宥めながら話し始めた。
「ええとつまり、族長の奥様の戸籍とやらは、龍希様との結婚後に、家族により、奥様は死亡したと嘘の記載がされたと。それでその戸籍が奥様の故郷にあったが、奥様は故郷がどこの町なのかを隠されていたと。
それが今回、黄虎族長に協力した見返りに、その戸籍を焼かせたと、いうことですか?」
「ええ、そうよ!」竜湖はまだ怒っているが、殺気はおさえたようだ。
「しかし、なぜそんな嘘が記載され、その戸籍を奥様がこれまで隠していて、今回焼失させたのか、その理由は分からないということですな?」
「そうです。」竜紗からは怒気も消えた。というか明らかに落ち込んでいる。
「黄虎が素直に戸籍を燃やしたとは考えにくいですな。あの女族長のことです。何か勘ぐったのでは?」龍賢はそう言うが、
「いや、あいつはやってるはずだ。約束は守ると妻に言った時に悪意を感じなかった。」
龍希はそう確信していた。
「水連町にいた使用人の報告では、族長たちが黄虎本家を訪ねた日の夜に2匹の黄虎が水連町に来て、町役場という建物を炎上させたそうです。
石作りの建物は跡形もないとのことなので、黄虎の光線でしょう。
奥様の戸籍とやらを探し出して持ち出す暇はなかったと思います。」龍光が報告する。
「あ~そうだ。黄虎族長は建物ごと消すと言ってた。」龍希はまた思い出した。
「えー?あの黄虎族長がなんでそんなに奥様に肩入れを?」龍景は不思議そうだ。
「なんかやたらと妻のことを気に入ってんだよなぁ。」龍希も不思議で仕方ない。
「・・・黄虎の目的は初めから奥様の情報だったのでは?」
「は?」龍希は驚いて龍賢を見る。
「そう考えれば、黄虎族長たちの行動は説明がつきます。白鳥ココや解放軍の情報をやたらと詳しく奥様に教えたのも、紫竜への不信感を煽るような発言を繰り返したのも。」
「いやいや、目的は解放軍の幹部から情報を引き出すことだろ?それにあいつらが妻の戸籍のことなんて知ってるはずがない。そんな話は妻は一切してないぞ。」
「人族の戸籍のことなら調べれば分かることです。特に黄虎は人族の奴隷売買を手広くしていますから。それにスミレという幹部も戸籍のことを話していたのでしょう?」
「いや、待ってください!
それなら黄虎が奥様の戸籍を燃やすはずがないですよ!」龍灯も反論するが、
「私には、死亡と嘘が書かれた戸籍の価値は分かりません。ですが、奥様の故郷が水連町だとの情報を買いたい獣人は沢山いるのでは?解放軍もそうでしょう。
それに、黄虎族長が確かに奥様の戸籍を始末したとなると、奥様はさらに虎どもに信頼を寄せるでしょう。こちらの方がはるかに価値がありますな。なにせ我が一族は奥様に全く信頼されていないのですから。」
龍賢の言葉に龍希は冷や汗をかいてきた。
「いや、賢い妻がそんなミスをするばずない!」
「奥様からすれば、黄虎に故郷を知られてでもその戸籍とやらを燃やしたかったのでしょうな。」
「ええ?なんで?俺に言ってくれればやるのに!?」
龍希はショックを隠せない。
「あなた様に頼んでも、竜湖殿が止めると分かっておられたのでしょう。もう何年も故郷の場所を隠しておられたそうですし。」
「いや!?だからってあんな虎どもに?」
「虎どもは拷問だけではありません。アメとムチで獲物から情報を引き出すのですよ。奥様は虎どもの術中に嵌まったということです。」
「ええ・・・」龍希はもう言葉が出ない。
「なんにせよ、あの妻もとうとうわが一族に悪意を向けたということですね。」竜色はそう言うが、
「いや、竜色殿も同行されていたではないですか。族長の奥様から悪意を感じたんですか?」
龍緑の質問に竜色は無言になる。
「俺は感じなかったですよ。それに、族長がずっとそばに居られたのですから、悪意を出せば族長が気づいたはずですよ。」龍灯の発言に龍栄も頷いている。
龍希だって油断はしていなかった。妻がわずかでも悪意を出せば、必ず気づいた自信がある。
「しかし、ならなぜそんな頼みを?」
龍賢の質問に答えられるものはいなかった。
「戸籍のことは、わが一族に悪意を持ってしたことでないとしても、奥様が我らよりも黄虎を信頼をしてしまったことは非常にマズイ!
早急に対策を練りませんと。
族長、この件は私に補佐させて下さいませ。」龍賢は珍しく険しい顔をしている。
「ああ、頼む。龍賢なら安心だ。」
龍希はなんとか平静を装おうとしたものの、内心は穏やかじゃない。




