芙蓉の賭け
「お疲れ様、奥様。」扉を閉めると、黄虎族長はいつもの声色に戻った。
「芙蓉~ごめんな。平気か?」いつものごとく夫が抱きついてきた。
「大丈夫ですわ、あなた。
たいした話は聞き出せず、申し訳ないです。」
「何を仰います。十分すぎるほどですわ。」黄虎族長は作り笑顔で答える。
「しっかし、やっぱり人族にとっても紫竜の嫁になるのは奴隷と同義なんだな。」
「あ?なんだと!」
意地の悪い笑みを浮かべる虎冬を夫が睨む。
「彼女・・・スミレはどうされるのですか?」芙蓉は黄虎族長に尋ねる。
「殺しませんわ。ご心配なく。むしろ自殺する気がないことが分かってほっとしております。」
「彼女の手当てやお世話は誰が?」
近くで話してみて分かったが、スミレの包帯は清潔できちんと巻かれていたし、服や髪も清潔だった。とても奴隷の扱いではない。
「ふふ。私たちは人族の奴隷も大切に扱いますの。ちゃんと人族用の備えもありますのよ。
紫竜は捕えた人族は皆殺しにしてますけど。」
「でたらめぬかすな!生かしてる奴もいるよ!」
夫が言っているのは、真矢のことだろうか?それとも別の?
「さて、奥様。今回もありがとうございました。またお礼をさせて下さいませ。何でも言って下さいな。」
「え?いえ、私は今回は何も・・・ハイエナのことも、ライオンのことも、解放軍の居場所も何も聞き出せませんでしたし・・・」
「そんなことはどうでもいいのです。私が知りたかったのは、解放軍の目的が我が一族に害をなすことかどうかですので。ありがとうございました。」
「・・・そうでございますか。」
「じゃあもう帰ろう!こんな場所に用はない。」夫はそう言って芙蓉の肩をおす。
「おいおい、俺らは族長のお気に入りに何もしねぇぞ。
てか、先代の紫竜族長は妻子を連れて取引先との交流をよくやってたのになぁ。奥様は用済みになったら即帰宅とか、まじで奴隷扱いで気の毒だぜ。」
「ああ!?てめえいい加減黙らねぇとぶち殺すぞ!」夫がキレたが、虎冬は全く気にしてない。
「まだ奥様からお礼の要望を聞いてないわ。少しくらい待ちなさいよ。短気な夫は嫌われるわよ。」黄虎族長は呆れた顔で夫を見る。
「妻が思い付いたら俺から知らせてやるよ!」
「ダメよ。紫竜なんて信用ならないわ。奥様から直接聞かなきゃ、私は動かないわよ。」
「知るか!」
「・・・では、今お願いしてもよろしいですか?」
「ええ。」
「え!?芙蓉?」
芙蓉の言葉に黄虎族長はニヤリと笑い、夫は驚いている。
「物や情報ではなく、その・・・ある場所でこんなことをしてほしいというお願いでもよろしいですか?」
「構いませんわ。私にできないことは、そこの紫竜族長と離婚させることくらいですから。」
「ああ!?」夫はまた怒って黄虎族長を睨み付けている。
「では、先ほどの虎桔様のお話に出てきた水連町という人族町にある白い石造りの2階建ての建物を焼いて頂きたいのです。屋上に旗が立っている町役場という建物です。建物の中にあるものを全て灰にして頂きたく。」
「え?芙蓉?そんなことなら俺が・・・」夫は困惑した顔になっている。
「ええ。承知しました。建物ごと消して差し上げますわ。」黄虎族長はなぜか今日一番の笑顔だ。
「お願いいたします。あ、できれば夜、人が居ない時にお願いいたします。し、死者は出してほしくないのです。」芙蓉は慌てて付け加えた。
「え?そうですか。分かりました。早速今夜いたしますわ。」
黄虎族長がそう言うと、虎桔が早足でどこかに行った。
「芙蓉、そんなことなら俺がするのに!なんで?」
夫は分かっていないのか、分かっていないふりをしているのか・・・夫も黄虎族長も信用できない。
だけど、芙蓉には自分で水連町に残る戸籍を始末する力はないのだ。
紫竜にも解放軍にも自分の素性を知られたくない。知られれば、子どもたちがどんな扱いを受けることになるか・・・
きっと黄虎族長も何かを察しただろうけど、これは賭けだった。このまま沈黙を貫いていても安心できない。
紫竜も解放軍ももう水連町にたどり着いているのだから。
「ふふ。奥様ご安心なさいませ。私は約束は必ず守りますわ。隠し事をし、騙していては相手の信頼なんて得られませんもの。私は奥様とはいい関係でいたいのです。」
そう言う黄虎族長の作り笑顔も恐い。
竜湖と同じく、いやそれ以上に敵に回してはいけない獣だと女の勘が告げていた。
「・・・なんで俺の妻にそこまで?」
夫の困惑した顔を見ると、どうやら黄虎族長は嘘をついていないらしい。
芙蓉はほっとした。
「ふふ。その一言でどれだけ妻を見下しているかが分かりますわね。奥様の価値も分からないバカにはもったいないわ。」
「なんだと!俺はそんなこと全く!」
夫は顔を真っ赤にして怒っているが・・・
「あなた、私の前で喧嘩は止めて下さいませ。
もう、子どもたちのところに帰りたいです。」
「え?あ、ごめん。戻ろう。」夫ははっとした顔になると、いつもの営業スマイルを作る。
「ふふ。ではお子様たちの部屋にご案内しますわ。」黄虎族長は作り笑顔で芙蓉たちを案内した。
~紫竜本家 大広間~
黄虎の谷から戻った翌日、龍希は一族会議を招集した。
「ええ!?白鳥ココはもう死んでる?
しかも・・・白鳥族長の娘じゃなかった?」
予想外の情報に皆驚いている。
「黄虎と朱鳳の奴ら!うちが探してるのを知ってて隠してたな!」
「白鳥族は何と?」
「当時のことを知るであろう先先代族長もその側近たちも皆死んでおります。今の族長たちは知らぬ存ぜぬと・・・」竜冠が悔しそうに報告する。
「ココの本当の両親も分からず仕舞いか・・・くそ!」
龍希は悔しくてしかたない。
「それにしても、黄虎族長のお礼を利用してココのことを聞き出すなんてやるわねぇ。」
竜湖はそう言って感心しているが、
「え?いや、俺は頼んでないです。伯母様の差し金でしょう?」
「え?違うわよ。」
「え?」龍希と竜湖は顔を見合わせた。
「死んだ白鳥よりも、解放軍って人族たちよ!なんでうちが恨まれてるの?獣人と人族の戦争にうちは関係ないですし、人族の奴隷を売って儲けたのは他ならぬ人族の商人でしょう?」竜夢は呆れている。
「でも族長の奥様がきっかけで他の獣人が人族の若い奴隷を買うようになったのは事実ですから。それにきちんとした縁談ではなかったので、どうやって人族の妻を得たのかと疑問に思われても仕方ないですわ。」竜色はそう言って龍希を睨む。
「なんにせよ、解放軍の手がかりはなしですか・・・」
「ああ、黄虎本家でカバ族長が雇ってたワシ2匹に話を聞いたけど、策士という雄熊の命令に従っただけで解放軍のことも、策士の行方も全く知らないってさ。嘘はなかった。」龍灯はそう言って肩をすくめる。
「そのワシは?」
「黄虎がうちには売らないとさ。どうにもならん。」
「族長、スミレという人族はなぜ奥様を信用して解放軍のことを話したのですか?」龍賢が尋ねる。
「ん?さあなあ。妻が同じ部屋に入ってきたら、すぐに自分からペラペラ喋り始めたぞ。妻も拍子抜けしてた。」
「不自然ではないですか?黄虎は拷問のプロです。うちの熟練の間者ですら黄虎に捕まったら半日ともちませんのに・・・」
「いや、俺に言われても・・・やっぱり同族は特別なんじゃないか?
そのせいか、なんか黄虎たちはやたらと妻に媚び売ってたな。俺のことは挑発するばかりだったが。」
「ええ。白鳥ココの情報だって大盤振る舞いでした。ケチなあいつらが、とても信じられません。」龍灯もそう言って眉をひそめる。
「だよなあ。妻のお使いも快諾してたし。気持ち悪いぜ」
「は?奥様の?何のお話ですか?」
「え?あ~実はな・・・」
龍希の報告になぜか竜湖がキレた。




