解放軍の幹部 後編
「また?私に世話係なんて要らないわよ!」
スミレはそう言ったが、いつものごとく監視と思われる獣人は扉を閉めて出ていき、スミレの側には人の気配がする。
「はあ・・・私はスミレ、あんたの名前は?」
「ヨ、ヨウコです。こ、ここは一体?」
若い女の声だ。震えている。
「ここは虎の獣人の巣よ。ヨウコはどこから拐われてきたの?」
「ワ、ワニを避けて夫と馬車で町に向かっていたら・・・お、夫はどこに?」
「さあ。ここに連れてこられるのは女だけだもの。ヨウコは商人の妻かなんか?」
「え?はい。」
「なんの商人?」
「夫は薬を売っています。」
「ふーん。薬だけ?」
「え?はい。あ、あの、ここにはスミレさんだけですか?」
「ええ。数日前まで他の女もいたけど、どこかに連れていかれたわ。そういう私もここにきたのは8月に入ってすぐだけど。今日は何日か分かる?」
「え?えっとたぶん9月4日です。」
「もう1ヶ月かあ。」スミレはため息をついた。
「あ、あのどうしてお怪我をされているのですか?」
「ああ、私は捕まるときに抵抗したからね。ここでは抵抗せずに大人しくしてれば、何もされないわ。食事も出てくるし、不潔じゃない寝床もある。だから絶望せずに生きなさい。解放軍が助け出しにくるまで。」
「解放軍?あの白鳥の?」
「あら!知ってるの?私たちも有名になったわね。」
「はい。獣人から奴隷を解放されたと。スミレさんがそうなのですか?」
「ええ。といっても私は白鳥との戦いには参加してないけどね。別の仕事をしてたから。今年の春にカバから奴隷を解放したの。」
「あ!カバの!?それも風の噂で聞きました。」
「そう。なら話が早いわ。自殺なんて考えないでね。生きていればまた人の世界に帰れるわ。」
「スミレさんはどうして解放軍に?そんなお怪我までされて・・・」
「ああ。私はね。28歳の時に獣人との戦争で夫を亡くして、獣人に売られて奴隷にされていたところを解放軍の司令官に助けられたの。」
「ええ?だってそんな・・・獣人に売るなんて」ヨウコはかなり驚いているようだ。
「別に珍しいことじゃないわ。獣人たちは20代の女を買い漁っていたから。あんたは運がいいわねぇ。困窮した商人の中には娘や妻を獣人に売ったクズもいるのよ。」
「そんな・・・どうして?なんの役にもたたないのに?」
「獣人たちは若い女が獣人の子を産めるって騙されてるのよ。」
「え?そんなバカな!?誰がそんな嘘を?」
「シリュウっていう獣人よ。若い女の奴隷を高値で売るために他の獣人たちを騙してるの。」
「え!シリュウ?」
「え?もしかして知ってるの?」スミレは驚いた。
解放軍でもない商人の妻が知っているはずはないのに・・・
「え?いえ、ここに連れてこられたときに、獣人がその名前を話してましたので。」
「え?本当?なんて話してたの?」
「え、えっと、シリュウがもうすぐ来るって・・・」
「え!ここに?」
「た、たぶん。」
「信じられない。シリュウは滅多に雲の上の巣から出てこないから、解放軍の誰もまだ見たことがないの。」スミレは興奮して大きな声になった。
思わぬ大収穫だ。ここの獣人からシリュウの尻尾を掴めるかもしれない。まだ死ねない。この情報を必ず司令官に伝えなきゃ。
「そのシリュウと戦うのですか?」ヨウコの声はまた震えている。
「え?私たちの目的は戦いじゃないわ。奴隷の解放よ。シリュウにも囚われた若い女の奴隷がいるの。その女が獣人の子を産んだなんて嘘をついて、他の獣人たちを騙してるのよ。」
「え!?」
ヨウコはまた驚いて大きな声を出している。
「シリュウとはどんな獣人なのですか?」
「え?さあ。まだ解放軍の誰も見たことがないのよ。獣人たちに聞いても見たことないって言うし。」
「そのシリュウに囚われた奴隷は・・・まだ生きているのでしょうか?」
「生きてるらしいわ。獣人たちの話が信用できれば、だけど。」
「奴隷にされたのはどんな人なのですか?」
「まだ分かってないわ。獣人との戦争の前から各地で人身売買が横行してたし、貴族院の戸籍調査の途中で戦争が始まって町がなくなったり、役場が焼けたりでね。地道に売られた娘を探しては救ってるの。」スミレはそう言ってため息をついた。
「ここで待っていれば解放軍は必ず助けにきてくれますか?ここにいると分かるのでしょうか?」
「心配いらないわ。私たちは獣人も利用しているの。奴らは鼻がいいし、中には奴隷を売り買いするふりをして私たちに情報を流してくる獣人もいるの。
だから大丈夫。司令官が必ず私たちを見つけ出してくれるわ。」
「信じられません。獣人がそんなことを?」
「ああ、まあそうでしょうね。私だって奴らの腹の内は分からないわ。思惑やメリットがあって協力してるふりをしてるだけかもしれないし。実際、奴隷解放なんてどうでもよくて、シリュウに恨みがあって協力する獣人もいるわ。」
「恨み・・・ですか?」
「ええ。色んな獣人から恨みを買ってるらしいわよ。シリュウって獣は。」
「・・・そうなのですね。」ヨウコの声が低くなる。
「どうしたの?」
「え?恐ろしくて・・・こんな話すぐには信じられなくて・・・すみません。」
「まあ、急に信じろって方が無理よ。私だって恩人である司令官の話じゃなきゃ信じなかったわ。」
「その司令官は何者なのですか?解放軍のトップなのですよね?」
「ええ。すごい人よ。過去のことは教えてくれないけど、獣人に詳しくて、獣人と臆せず会話ができるの。それに頭がとてもよくて司令官の知恵を借りたくて寄ってくる獣人はたくさんいるのよ。」
「獣人と臆せず会話って・・・どんな獣人と?」
「どんな獣人ともよ。詳しくは教えられないけど。それより、私の話ばっかりね。今度はヨウコのことを聞かせてよ。」
「え?私ですか?」ヨウコは困ったような声になった。
「え?どうし・・・」
突然、扉の開く音がした。
「新入りちゃん、こっちにいらっしゃい。」中年女のような声だ。
「え?」
「来ないと痛い目に遭わすわよ!」
「は、はい!」
ヨウコが立ち上がって、離れていく足音がする。
扉が閉まる音がして、スミレはまた一人になった。




