水洞町の奴隷商人
~水洞町郊外~
7月のある日、水洞町から10分ほど離れた街道沿いの森の中、ジュウゴは副官が商人家族を殺害するのを黙って見ていた。
そこに解放軍のスミレがやってきた。司令官の側近で顔に火傷のあとがある30代の女だ。
「お疲れ。こいつらの本邸は燃やしてきたわ。それで、どうだった。」スミレが副官に尋ねる。
「こいつらが、タンチョウ領で取り逃がした奴隷商人の長女家族で間違いない。北の隊長達がタンチョウの別荘を襲撃した日、息子が熱を出して隣町の宿から動けなかったらしい。それで翌日午後に使用人を遣いに行かせたら別荘が全焼していることを知って、水洞町の本邸に戻ったんだと。北の隊長達のことは知らないとさ。」副官はそう言って眉をひそめる。
「やっぱりね。にしても北の隊長たちどこにいったのかしら?」
「分からん。半年ほど前、タンチョウ領の別荘を襲撃したが長女家族がいないとの連絡を最後に隊員全員と連絡がつかない。
北の隊長は優秀なやつだ。無謀なことをして全滅なんてありえない。何かアクシデントがあったのは間違いないんだが・・・」
「でも、あいつらの隠れ家はきれいだったわ。白猫の隠れ家みたいに襲撃を受けた訳じゃなさそうだし、やっぱり逃げたんじゃない?
北の隊長は元々、白鳥に売られた妹を取り戻したいって解放軍に参加して、昨秋にその目的は達成したし。」
「いや、あいつはそんな男じゃない。」
副官は断言した。
「あ、そ。まあ北の隊長たちのことは副官に任せるわ。
さてと、じゃあ私はジャガーのとこに戻るからしばらく連絡とれないから。じゃあね~」スミレはそう言って森の中に消えて行った。
「ふん!」副官は不愉快そうにスミレが消えていった方を見ている。
「なんであんな女を司令官は側においてるんだ?」ジュウゴは副官に尋ねる。
「スミレは貴重なんだ。獣人と臆せず話ができて、勧誘までしてくるからな。あの雄熊を見つけ出してきたのもあいつだ。」
「あ~あの策士か。あいつを連れだすのは大変だったぜ。残ってた白猫ガスを使い切る羽目になった。見張りが多すぎて・・・」
ジュウゴは思い出してうんざりした顔になる。
「ああ。熊だけじゃない。あのカバじじいと、かつてシリュウに身内を殺された雌ゴリラの獣人たちを勧誘してきたこともあった。」
「熊にカバにゴリラに・・・信じられねえ。なんで殺されないんだ?」ジュウゴは首をかしげる。
「秘訣があるんだと。獣人の臭いを利用するとか言ってたな。今度スミレにきいてみろ。」
「冗談じゃねえ。女に教えを乞うなんざまっぴらだ!」
「ふっ。お前はやたらと女を目の敵にしてんなあ。女にこっぴどく裏切られた過去でもあんのか?」
副官はむかつく笑顔で尋ねてきた。
「ねえよ!」
「じゃあもう少し、女たちへの言動を改めろよ。お前、相当嫌われてるんだぞ。」
「悪かったな。別に口うるさい女どもと仲良くする気もねえ。」
「やれやれ。さて、俺たちも行くぞ。水洞町で豊と合流する予定なんだ。」
「ゆたか?誰だ?」
「うちの広報担当だ。解放軍のいい噂を流して仲間や寄付を募ってるのさ。口がうまくて人当たりもいい20代の男だ。お前と違ってな。さ、行くぞ!」
「へいへい。」
~水洞町~
ジュウゴたちが森から出ていくころ、水洞町は大騒ぎになっていた。
「おい!また奴隷商人の屋敷が火事だとよ」
「あ~あそこか。また解放軍かな?」
「だろうな。あそこは別荘で主たちが殺されて、長女が相続したばかりだったし。」
「え?そうなのか?」
「知らないのか?長女家族は怯えてあの屋敷を売りに出してたんだ。6月からあの屋敷には住んでなかった。」
「な~んだ。じゃあ長女たちは死んでないのか。」
「残念そうだな。」
「そりゃあな。あそこは子どもも全員、奴隷売買をしていただろう。いい気味だ。奴隷商人のせいで獣人と戦争になったんだぞ!なのに、奴らはおとがめなしなんて!どうかしてるぜ」
「し~貴族院の批判だと思われたらどうすんだ。」
「分かってるよ。だが、酷い話だ。どれだけの人が死んで町がなくなったと思ってる。なのに、誰も戦争の責任を取らず、停戦して、町の中で獣人たちに自由に商売させろ、獣人の町に商売に行けなんて・・・」
「まあまあ。戦争であの貴族ですら死んだんだぞ。皆殺しになったのは西の貴族だけだが、南の貴族は半分になったそうじゃないか?」
「ああ、西都は跡形もないんだろ?ワニとの戦争はまだ終わらないのかねえ・・・」
「あの・・・ちょいとお伺いしたいのですが・・・」
話しかけてきたのは若い男だ。
「ん?旅の人かい?」
「はい。行商で先ほどこの町に着いたのですが、何の騒ぎですか?サイレンがずっと鳴っていて・・・」
「ああ、火事だよ。向こうにある大きな商人屋敷が燃えたんだ。」
「・・・ここもですか。道中の町でも火事が・・・いずれも奴隷商人の家らしいですが。」
「そうそう。今日の火事もそれだ。」
「そうですか・・・ついにここまで解放軍が」
「お!あんたも解放軍を知っているのかい?」
「はい。ここに来る途中、どの町でも噂になっていましたから。」
「だろうなあ。去年、白鳥どもから奴隷たちを救い出して一躍有名になったからな。すげえよなあ!」
「ええ。彼らは英雄ですよ。」
「英雄かあ~確かにな。」
「ええ、機会があれば解放軍の方にお会いしてみたいです。
あ、そうだ。この町の宿屋はどこですか?」
「はは!確かに解放軍に会えるなら寄付くらいはしたいぜ。一緒に戦う勇気はねえがな。
宿はこの大通りを左に曲がって5分ほど歩いたところだ。」
「親切にありがとうございます。あ、その棚の携帯食料を3つください。」
「いいってことよ。毎度!1800円だ。」
「・・・はい。おつりは要らないです。どうも・・・」
そう言って若い商人風の客はそそくさと大通りに出て行った。
「ああ。ん?」
受け取った2枚の1000円札をレジにしまおうとした店主は間に挟まれているメモに気が付いた。
「・・・」
「どうした?」
先ほどまで店頭で店主と世間話をしていた常連客が不思議そうに問いかける。
「・・・なあ、あんたも獣人との戦争で家族を亡くしてたよな?」
「なんだよ急に?そうだよ。娘夫婦が・・・まだ小学校にもあがっていない孫まで一緒に・・・ぐす・・・」常連客は思い出して涙目になる。
「・・・俺は生まれ故郷を失ったんだ。マムシどものせいで!
一矢報いたいと思わねえか?」
「そりゃあな。急にどうしたんだ?」
「これを見ろ。さっきの兄さんは英雄の一人のようだ。」
「・・・もしかして、ついにこの町にも解放軍の拠点ができるのか!
よし!娘たちの供養のために貯めてる金があるんだ。」
常連客は満面の笑みで走って自分の店に帰っていった。
人族町では解放軍の支持が着々と広がり、獣人の領地に囚われた人族の奴隷たちを解放するための戦いの準備が着々と進められていた。




