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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第6章 望郷編
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白鳥の宿

 7月の終わり、芙蓉は夫に連れられて、白鳥の宿に旅行に来ていた。三輪は11月の終わりころに出産予定なので、夫が守番で忙しくなる前にまた家族旅行に連れてきてくれたのだ。

 客室はいつものごとく離れにあるが、なんと中庭だけでなく、部屋の中にも池があり、色とりどりの睡蓮の花が咲いていている。

「すごーい」花が好きな娘は大喜びで池のそばで跳び跳ねている。

「綺麗ね」芙蓉も感動していた。



「芙蓉、浴衣に着替えて散歩に行かないか?宿の近くで祭りをやっててな。出店が出ているらしい。」

夫の提案に芙蓉は驚いた。

「え?お祭り?出店もあるのですか?」

「ああ。2日前から水神祭り(すいじんまつり)をやってるらしい。色んな種族が出店を出してるんだと。人族も祭りの時には出店が出るんだろう?」夫はそう言ってにこりと芙蓉に微笑みかける。

「でみせってなにー?」龍陽が不思議そうな顔で尋ねる。

「え?えっとお店よ。お外で物を売ってるお店。」

「う?」

「ふふ、皆で見に行きましょうね。」芙蓉は子どもたちに微笑みかける。


子どもたちには沢山の経験をさせてあげたい



「え?この浴衣は・・・」

ククから手渡された浴衣を見て驚いた。

この手触りは絹だ。薄紫の地に色とりどりの花火が刺繍されているが、これは・・・

「もしかしてテンジュ?」

「さすがは奥様でございます。」ククだけでなく夫も嬉しそうな顔になっている。


テンジュは人族の絹製品の中でも最高級品だ。

浴衣といえども20万円は優に超えているはず。

夫も子どもたちの浴衣もテンジュだ。一体いくらしたのか・・・

それに帯は鶴族のもの・・・浴衣に合わせて新調したの!?

見事な帯・・・これも高いんだろうなぁ。


「どうだ芙蓉、懐かしいか?」夫は嬉しそうに尋ねてくるが、芙蓉は苦笑いしてしまった。


下級商人の娘だった芙蓉には無縁の高級品だ。

それどころか芙蓉の着るものは全て母のお下がりか貰い物だった。

近所の下級商人の娘たちは成人祝いに新しい着物を親からプレゼントされていたのに・・・芙蓉には成人祝いなんて何もなかった。

兄の時は母はご馳走を作って、着物どころか靴も鞄も新しいものをプレゼントしていたのに・・・


「ママ?だいじょうぶ?」

龍陽の声で芙蓉は我にかえった。

「え?ええ、さ、皆浴衣に着替えましょう。

あなた、ありがとうございます。素敵な浴衣でとっても嬉しいです。」芙蓉はそう言って息子と夫に笑顔を向ける。

「そうか!芙蓉は浴衣も似合うだろうな。ほら、龍陽はとなりの部屋で着替えるぞ。竜琴と龍風はママと一緒にこっちの部屋な。」

「はーい。」龍陽は夫について隣の部屋に移動していった。

 

 娘も鱗が生え代わってから、夫は上の息子と娘が同じ部屋で着替えるのを止めさせ、それどころか雄の使用人を娘に近づけなくなった。まだ娘は5歳なのにとも思うが、夫の教育方針に逆らうつもりはない。上の息子も理解しているのか抵抗なく芙蓉と娘のそばから離れている。



「可愛いわ、竜琴。龍風も素敵よ。着物よりも軽くて涼しいでしょう。」

娘は赤紫の地に朝顔の刺繍が入った浴衣、息子の浴衣は同じ赤紫の地に葉っぱの刺繍が入っている。2人とも気に入ったのか上機嫌だ。

「奥様、髪をお直し致します。かんざしはどれになさいますか?」ククがそう言ってかんざしの箱を芙蓉に持ってきた。

夏用のかんざしから宝石がついたものだけを持ってきてくれたようだが、それでも15本もある。

「そうね・・・これとこれにするわ。」

「畏まりました。」


人族の妻に加え、幼い子が3人もいるのは一族の中で夫だけなので、どこに行っても獣人たちには夫のことが分かるらしい。族長の面子を傷つけないように芙蓉も子どもたちも服装には気をつけなければならない。



「お待たせしました。」

「芙蓉!やっぱりよく似合うなぁ。きれいだ」

「もう!娘と息子も誉めてあげて下さいませ。」


 子どもたちを最優先してほしいのに、何度言っても夫は変わらない。


「龍陽、かっこいいわ。」芙蓉はそばから離れない夫は諦めて、上の息子の方を向いてそう言った。

 来月で7歳になる息子はとても頼もしいお兄ちゃんだ。

「へへ!ママかわいいよ~」

「ありがとう。さ、皆でお祭りを見に行きましょう。」

「はーい」



~水神通り~

 シュンによれば、白鳥族の水神祭りは年に一度、この町の北にある大きな湖にいるとされる水神様を讃える祭りであり、湖の周囲とその湖に続くこの水神通りという大きな道のそばに沢山の出店が並ぶらしい。

白鳥だけでなく、様々な獣人たちが店を出したり、観光に来たりしてとても賑やかな祭りらしいのだが、おそらくというか間違いなく夫と子どもたちの匂いに気づいた観光客たちが端によって道をあけ、しんとなってしまった。

「・・・」

毎回のことながら芙蓉は気まずくなってしまうが、夫も子どもたちもククたち使用人も気にした様子はない。

「芙蓉、ほしいものがあったら何でも言ってくれ。」いつものように芙蓉の肩を抱いて密着している夫は笑顔でそう言うが、芙蓉は走って離れていく上の息子と娘が心配で仕方ない。

「2人とも待って!はぐれちゃうわ。」

「ん?大丈夫だぞ。見失っても匂いで分かる。」

「え?そ、そうですか?」

「ああ、龍風、お前も行ってきていいんだぞ。」夫は右手で抱っこしている息子に声をかけるが、

「やだ!ママ!」下の息子は夫から離れない。本当は芙蓉に抱っこをせがんできたのだが、夫が抱っこしている。


と、龍風が何かに気づいて鼻をふんふんさせ始めた。

「なにーあれ?」

「え?」

息子の視線の先には・・・ゴリラの獣人が袋に入った綿菓子を売っている。

「あれは綿菓子だな。ふわふわの甘いお菓子だぞ。食べてみるか?」夫がそう言うと息子は頷いた。



芙蓉たちが出店で綿菓子を買っている頃、竜琴は苺を見つけてある出店の前で立ち止まった。


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