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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第6章 望郷編
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思い出のパン

~族長執務室~

 5月の終わり、芙蓉は久々に夫の執務室に来ていた。

子どもたちはリュウカの部屋で竜冠と竜縁がみてくれている。

「奥様!お時間を頂戴して申し訳ございません。」夫に連れられて入ってきた芙蓉を見て、龍緑が頭を下げる。隣には竜夢もいる。

「いえ、三輪の体調はどうですか?」芙蓉は夫と一緒に龍緑たちの向かいのソファーに座った。

「相変わらず辛そうで、食べ物を受け付けてくれず」龍緑は涙目だ。

「妊娠前から体重が5キロ近く減ってしまわれて・・・」

「え!?」竜夢の報告に芙蓉は驚いた。

そんなに体重が減ってるなんてかなりの重症だ。


「申し訳ないです。三輪の食べられる物をご用意できなくて・・・」


芙蓉はこれまでも自分がつわり中に食べやすかった物をあれこれ竜夢に伝えたのだが、三輪はどれも受け付けなかったらしい。

「いえ、奥様に教えて頂いた生姜湯と冷えたりんごジュースはよく飲んでおります。ただ、食べ物は何も・・・」

「三輪が食べたい物が分かればいいのですが・・・」芙蓉も困っていた。

 夫に頼んで三輪に会いに行こうとしたのだが、三輪が申し訳ないと断っているらしい。

「あ!そのことで奥様にご相談が・・・昨日、妻がようやく食べたい物を教えてくれたのですが、その、妻の故郷の食べ物なのです。」

「・・・」


龍緑が困っている理由が分かった。三輪の故郷は蛇の獣人に滅ぼされたと聞いている。


「お前も妻の無理難題に悩まされてるのな。」隣で夫がそう言って笑う。

「違いますよ!妻は遠慮して言わなかったのを、俺が無理矢理聞き出したんです!」龍緑が怒った。

「んなこと言ったってなぁ。さすがの芙蓉でもどうにもならんだろう。」

「同じものは無理でも似たような物が用意できないかと思い・・・奥様にご相談したく。」竜夢がそう言って芙蓉を見る。

「お役にたてるかは分かりませんが、どんな食べ物なのですか?」芙蓉は龍緑に尋ねる。

「シミズパンというクリームパン?らしいのですが、俺にはどんな食べ物なのかも分からなくて」

「シミズパン?どんな字ですか?」芙蓉は首をかしげる。

「清い水です。奥様の故郷の町の名前と同じですわ。」

「え!?」

竜夢の言葉に芙蓉は驚いた。


 まさか清水町(しみずまち)のこと?隣町の?

そんなに近くだったの?


「芙蓉どうした?」夫だけでなく竜夢も龍緑も不思議そうに芙蓉を見ている。

「奥様、もしやご存知なのですか?」竜夢が尋ねる。

「北の方にある町ですか?が、学校で習ったことがあります。北側ではそこそこ大きな町だと。」

芙蓉は慌てて誤魔化した。

もう何年も前から竜湖たちが芙蓉の故郷を探ろうとしていることには気づいている。

「そうですわ。現在はマムシ領になっております。冬は雪に覆われ、池も凍るほど寒い場所だと聞いております。かつてその町にあったパン屋で売っていた奥様の大好物らしいのです。」竜夢が答える。

「・・・」芙蓉は困った。


 清水町に行ったことはないが、実家の取引先のひとつである酒屋があった町だ。それに確か・・・清水町で修行したというパン屋が芙蓉の故郷にあった。でもそう言えば芙蓉の故郷までバレてしまう。上手くごまかしても竜夢たちが水連町まで買いに行った時に芙蓉の故郷だと気づく危険も・・・

でも、三輪が何も食べられない状況が続くのも・・・三輪とお腹の子にもしものことがあったら?

そんなの耐えられない。



「とりあえず近くの人族町のパン屋を回ったらどうだ?」夫が提案する。

「近くと言いましても、その辺りはマムシ族との戦争でいくつも人族町が潰されており・・・」

竜夢の答えに芙蓉はびくりとなった。


もしかして私の故郷も・・・もうないかも?

そんな!


「芙蓉どうした?」夫が心配そうに尋ねる。

「え?いえ・・・」芙蓉は慌てて笑顔を作る。

「あ!芙蓉はヘビが嫌いなんだ!もうこの話は終わりだ!」夫はそう言って芙蓉の肩を抱くと竜夢たちを睨んだ。

「ええ!?いや!もうマ・・・の名前は出しませんので、妻の食べ物について何とかお知恵をお借りできませんか?」龍緑が焦り出した。

「んなこと言ったってなぁ。」

「あの・・・」芙蓉が話し始めたので皆が注目する。

「パ、パン屋の中には、修行して、別の町で自分の店を開く人もいると聞いたことがあります。み、三輪の町のパン屋はもうなくても、もしそこで修行した人が他の町でパン屋をしていたら、近い味のパンが見つかるかもしれません。三輪に心当たりがないか聞いてみて下さいませ。」

芙蓉が言えるのは、これで精一杯だった。

「奥様!ありがとうございます!早速聞いてみます!」

龍緑は大喜びで帰って行った。



~リュウカの部屋~

 それから1週間ほど後、竜夢が夫とリュウカの部屋にやって来た。

「奥様!龍緑の妻がようやく食べてくれました!奥様のおかげでございます!」あの竜夢が泣いている。

「え!?もしやパン屋が見つかったのですか?」芙蓉は驚いた。

「はい!ございました!味は少し違ったようですが、妻は喜んで食べたそうで!ああ!ありがとうございます!このお礼はなんなりと!私と龍緑から致します。」竜夢はいつもより大きな声だ。かなり興奮しているらしい。

「そんな!三輪には沢山お世話になっていますから、お礼なんて。彼女が元気になってくれればそれで・・・」

「ほらな。芙蓉はお前らから何かもらおうなんて思わねぇよ。」夫は早く竜夢を追い出したいようだ。

また三輪に嫉妬しているに違いない。


「もう!あなた様がそんなんだから奥様が遠慮されるのです!今は睡蓮亭の妻なのですよ!序列は奥様の方がはるかに上とはいえ、一方的に施しを受けては妻だけでなく龍緑の面子にも関わります!」


竜夢はそう言って怒り出した。

『めんどくさ~』

芙蓉はそう思うが、夫の一族の方針には従わなければならない。

「・・・では、三輪が気に入ったそのパンを私も食べてみたいです。」芙蓉がそう言うと、竜夢は満足そうな顔で帰って行った。



 そして3日後、竜夢が持ってきたのは・・・芙蓉がよく知る水連町(すいれんまち)のパン屋のクリームパンだった。

故郷がまだあると分かって、嬉しいのか悲しいのか芙蓉は自分の気持ちが分からない。

ただパンは懐かしい味がした。食べている途中で涙が出てきて・・・芙蓉は慌てて、

三輪のことが心配で仕方なかったから安心して気持ちが緩んだ

と誤魔化したが、ククとシュンは油断ならない。


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