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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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紫竜

「あいつはどんだけ鈍いのよ!」


翌日、竜湖が枇杷亭の執務室に突撃してきた。


「俺じゃなくて父上に文句を言ってください。」


龍希はため息をついた。


「これからあんたたちで結婚報告に行ってきなさい!はい、これ。」


そう言って竜湖はリュウカを龍希の机に置いたので、龍希は驚いた



「龍栄が返すって。あんた腹違いの兄に嫌がらせしてたのね。やるじゃない!」



竜湖がニヤリと笑う。


「いや、違・・・あの時は良かれと思って。というかなんで龍栄殿は・・・」


龍希は訳が分からない。



「あの子があんたの喧嘩を買うわけないでしょ!今日だって、直接突き返せって言ったのに芙蓉ちゃんを口実に逃げたのよ。」



竜湖は鼻で笑う。


「はあ?なんで龍栄殿にばらすんですか!」


龍希は立ち上がって竜湖を睨み付けた。


「違うわよ。12月にあんたから雌の匂いがして気づいたって言っていたわよ。」


「は?そんな馬鹿な?」

龍希は驚いた。


 本家に行く前、入念に風呂に入って芙蓉の匂いが残っていないことを確認したのだ。



「ふーん。あの子、鼻はあんたより上みたいね。そんなことよりとっとと芙蓉ちゃんに渡してらっしゃい!どこにいるの?」


「い、いやちょっと待ってくださいよ。芙蓉は最近体調が悪いんです。まだ休ませてます。」


「はあ?あんた毎晩、無理させ過ぎなんじゃない?」


「昨日は何もしてませんよ。余計なお世話です!」



~寝室~

 二人が執務室で言い争いしている頃、芙蓉は寝室で目を覚ました。

時計をみて驚く。

ほぼ丸一日寝ていたようだ。

それに、


『いつの間に寝室に?』



芙蓉はそう思いながらも寝室を出て、お風呂に入り、着替えて食堂に向かった。


空腹と水分不足のせいか酷く頭が痛い。それに気持ち悪い。胸がむかむかするとはこのことだろう。




「あ!芙蓉ちゃん。おはよう」


ニニと食堂の前で会った。

ニニとナナは以前と同じように接してくれる。芙蓉は気が楽だった。


「びっくりするくらい寝てた。」


「そろそろ冬眠?」


ニニがニヤリと笑う。


「そうかも。」


芙蓉もつられて笑う。


「なら寝る前にしっかり食べなきゃ。若様が昨日、本家からお魚をもらってきたの。」


ニニが芙蓉の手を引いて食堂に入った。



「延さん。芙蓉ちゃん起きた!お魚見せてあげて。」


ニニは猿のコックに呼びかける。


「鯛は大丈夫でしたよね?」


延は生魚を木の板に乗せてカウンターに置いたので、芙蓉は魚をよく見ようと顔を近づける。


海の魚特有の生臭い匂いがした瞬間、芙蓉は口を手で押さえた。


「う・・・」


強烈な吐き気を感じて近くの流し台に走る。

ジャーと勢いよく水を流しながら吐いた。ごほごほと咳き込み、さらに気持ち悪くなって吐く。


ニニが慌てて駆け寄ってきて、芙蓉の背中をさすった。


「ちょ・・・大丈夫?どうしたの?」


芙蓉は返事をする余裕がない。

猛烈に気持ちが悪い、息苦しくて涙が出てきた。




「芙蓉?どうした?」


延に呼ばれて龍希が竜湖と食堂に駆けつけると、芙蓉は流し台前の床に跪いて真っ青な顔をしていた。


「シュシュかシュンを呼んで来い!」


龍希は疾風にそう命じると芙蓉に駆け寄った。


「何があったの?」


竜湖の質問に延とニニが経緯を説明している。

その間に、芙蓉は少し落ち着き、椅子に座って白湯を飲み始めた。



龍希は真っ青になって側に立っていることしかできない。


「シュシュたちが来るまで私がついてるわ。芙蓉ちゃんの部屋に行きましょう。龍希、あんたは風呂に入ってきなさい。」


「はあ?こんな時に何を?」



「シュシュたちに匂いでばれたら面倒でしょう。族長の前に知られる訳にはいかないわ。

私は芙蓉ちゃんに何もしないわよ。信用してよ。」



竜湖は龍希を睨む。


「う・・・いや、でも・・・」


「芙蓉ちゃん。龍希の前で吐きたくないでしょ?」


「・・・若様。私は大丈夫ですので。」


芙蓉の言葉に龍希が折れた。

竜湖と芙蓉を桔梗の部屋まで送ると龍希は風呂場に向かった。



~桔梗の部屋~


「さてと、芙蓉ちゃんは卵生?」


竜湖の質問に芙蓉は首を傾げる。


「卵うむ?」


「あ、いえ。」

芙蓉は首を横に振った。


「ふーん、じゃあ月の物来てる?」


竜湖の質問に芙蓉は返事に困った。


「いいわよ。女同士なんだから遠慮はいらないわ。」


竜湖は人のいい笑みを浮かべるが、



「申し訳ありませんが、人族は人族の子しか産めないのです。ご期待されていることは・・・」



芙蓉は苦笑いするしかない。



「あなた紫竜を知らないの?」


竜湖は驚いた。

龍希の妻は予想以上に無知なようだ・・・これは面倒だ。



「紫竜はどんな獣人とも番うことができるの。神獣だもの。人族も例外じゃないはずよ。」



「は?」


芙蓉の顔が真っ青になり、目から涙があふれる。


11月を最後に月の物が止まっていた。嫌な疑念が浮かぶたびに人族の常識にすがった。

芙蓉は獣人の子を孕めない、だから若様は芙蓉を妾にしたのだ。そう思っていたのに・・・



「え、だってそんな・・・聞いてない・・・」



芙蓉は呆然としながら呟いた。



『龍希もえげつないこと・・・人族は同種交配の種族の中でも特に異種族を嫌うことで有名なのに。まあでも、』



「その反応は龍希の子なのね。」

竜湖はニヤリと笑う。


竜湖が大切なのは龍希と紫竜一族だ。



「龍希を恨めばいいわ。可哀想に。騙されて無理やり連れてこられたんだろうけど死ぬまで龍希に囲われる。紫竜の雄はそういう生き物だから。どれだけ妻から嫌われようと罵られようと龍希も離れられないのよ。」



「・・・。弱弱しい人族が竜の子なんて産めるわけないです。」


芙蓉は顔をゆがめて呟く。

人外の子が自分の胎から出てくるところなんて想像したくもない。また吐きそうだ。



「大丈夫よ。生まれる時はあなたの種族の姿だから。」



「え!本当ですか?」

芙蓉は勢いよくきき返した。


「え、ええ。最初に気にするのそれ?もっと龍希への恨みつらみとか人族への未練とか色々あるでしょ?」


竜湖は面食らった。他の妻たちと反応があまりに違っている。


「それはどうでもいいです。よかった。外見だけも人の子で。」


芙蓉は落ち着きを取り戻していた。


「見かけによらず肝が据わってるわね。」

竜湖はぽかんとする。


「人族は異種族が嫌いなんじゃないの?」


「はい。だから私は戻ったら殺されます。それに人族の男よりは若様の方がまだましです。」



「うそ?あいつはくそ面倒くさいわよ。」



「知ってます。でも私を殴らないし、怒鳴らないし、見殺しにもしないですから。」



「・・・あなた苦労してきたのね。でもそれは言わない方がいいわ。他の妻になめられるから。」


「承知しました。」


「物わかりがいい子は好きよ。じゃあ早速仕事。龍希に本家まで結婚と懐妊の報告に行かせなきゃ。あなたから言えば絶対に従うから。よろしくね。」


「はい。竜湖様。」

芙蓉は笑顔を作る。


この女性に逆らってはいけない。女の勘がそう告げていた。


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