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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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サヤ

 時は少し戻って12月、カラス族本家には族長の四人娘が集まっていた。

長女のアヤは分家から婿を取り後継者として父を手伝っている。次女のカヤはワシ族に嫁いでおり、今回は3ヶ月ぶりの帰省だった。四女のタヤは鴨族に嫁ぎ、今年3月に出産した息子を見せに来た。

「あんたはいつまで実家にいるの?」カヤが眉をひそめて三女のサヤを見る。

「夫が反省して迎えにくるまでです。」サヤは平然と答えた。

「もう4ヶ月よ。迎えどころか手紙のひとつもないじゃない・・・あんたから連絡してみたら?」カヤはサヤを心配そうに見る。

「こっちから歩み寄るなんて嫌よ!私は悪くないもの。」サヤは怒りをあらわにして睨んだ。

「あの・・・サヤお姉様?一体何をされたのですか?」タヤがおそるおそる尋ねる。

「聞いてよ。本当に酷いんだから!」サヤは夫の話を始めた。


 今から約4年前、サヤが成獣となる直前にシリュウ一族の龍希が18歳で成獣となり、枇杷亭に移って独立した。サヤは婚約者と別れて龍希に縁談を持ちかけてほしいと族長である父に頼んだ。婚約者よりシリュウ一族の方が何倍も格上で、結納金も桁違いと聞いていた。

だが、すでに結婚していたアヤとカヤは反対した。


「結納金が高いのは大金を積まないとシリュウには嫁が来ないからよ。今の婚約者にしておきなさい。」


「もう決めたの!黙っててよ。」サヤは譲らなかった。

後継者に選ばれず、次姉の夫よりも格下の婚約者に嫁ぐのは嫌だと常々思っていたから。

 ところが1年経っても龍希との縁談はまとまらなかった。龍希は結婚自体に乗り気でないらしい、シリュウには10年以上子が産まれていないというのに相当な変わりもので一族もお手上げ状態だという。


更に1年後、カラス族長はサヤに鴨族の子息に嫁ぐよう促したが、サヤは拒否した。

「鴨なんて前の婚約者よりも格下じゃない。絶対に嫌!タヤが嫁げばいいのよ」

「しかし妹が先に結婚するのは・・・それにサヤも22だし・・・」

族長は心配したが、サヤは譲らず、タヤが鴨族に嫁いだ。そのタヤが息子を出産して夫が次期族長に内定したころ、ようやく龍希が結婚を承諾したと連絡があった。

サヤは24になっていた。


 それなのに・・・サヤは初夜に夫に聞いた。どうしてサヤを選んでくれたのか?と。

「君を選んだのは一族の連中だ。そいつらに聞いてくれ。」夫の返事は素っ気なかった。

「え?でも・・・私は4年も龍希様の返事を待っていたんですよ?」

「4年?待っていた?なんの話だ?」

衝撃的だった。夫はサヤのことを全く覚えていなかった。この4年間、何度もシリュウ一族がサヤの話をしたはずなのに。

サヤは怒りを爆発させた。

「成獣になったばかりの女の4年がどれだけ貴重なものだと思っている!側室腹の次男坊、シリュウ一の変わりものと陰口をたたかれ、娘たちに敬遠されていることを知らないわけではあるまい。それなのにサヤにあんまりな態度ではないか!」と。

言い切るころには泣いてしまった。4年の間に次第にサヤは周囲に馬鹿にされ、行き遅れと陰口をたたかれるようになっていた。それでも龍希の返事を待ち続けていたのだ。

 しかし、夫は面倒くさそうな顔をして何も言い返さず部屋を出て行った。


翌日以降、夫がサヤの部屋に会いにくることはなく、邸内でも顔を合わせるのを避けるようになった。

2ヶ月後、シリュウの花見会には夫婦で出席したが、一族の前で夫は夫婦の不仲を隠そうともしなかった。サヤは大恥をかかされ、帰りの馬車の中で大泣きしたが、夫は無関心で慰めの言葉一つかけなかった。


 サヤは次第にうまく眠れなくなり、ベッドから起き上がることができない日まであった。サヤの侍女たちが心配し、サヤの母と姉2人に連絡して枇杷亭まで会いに来てもらった。

母と姉はサヤの衰弱ぶりに衝撃を受けて実家での療養を勧めたがサヤは拒否した。


ここまで来たら意地だ。夫に無視されたまま実家に逃げ帰るのは嫌だった。


そんなサヤにアヤが言った。

「シリュウは妻が巣から出るのを一番嫌うの。龍希様の異母兄は実家に戻った妻を連れ戻そうと半年間、熱心に妻の実家に通ったらしいわ。だから夫の不在を狙って一度実家に戻ってきなさい。」


サヤは1ヶ月悩んだ末、あえて夫が在宅しているときに枇杷亭を出た。さすがにサヤを連れ戻そうとすると期待したが・・・夫が姿を現すことはなかった。



 サヤが話し終わる頃にはタヤは大泣きしていた。母と姉たちはくちばしをカチカチ鳴らして悔しそうにしている。

「あんまりでしょ。そりゃあ、シリュウは結婚当初は妻に無関心だとは聞いていたけど・・・限度があるでしょ。」

「無関心どころか悪意しかないわよ。女の4年をなんだと思ってるの!」

アヤとカヤが吐き捨てるように言う。

「ねえ、あなた、サヤ。結納金を返して離縁しましょう。私はたとえ夫が迎えに来ても愛娘をあんなところに戻すなんて嫌ですよ。」母は目に涙をためてサヤを抱きしめる。

「お母様!私は嫌。絶対にあいつに謝らせるんだから!」サヤは母親を引きはがす。

カラスの族長は唸ることしかできなかった。



 1月にしては珍しく雪が降らなかった日の夕方、カラス族長とアヤはシリュウの来客を迎えた。

「娘さんはリュウカを返し忘れてるみたいで。龍希は8月に離婚して出て行った元妻のことをすっかり忘れててね。代わりに取りにきました。」竜湖は笑顔で、しかし有無を言わさぬ口調で言った。

カラス族長とアヤはあまりのことに言葉が出ない。

族長は龍峰を見る。昨年10月に別居中の子ども夫婦を心配して一緒に酒を飲んだではないか・・・しかし、龍峰は無言で族長を見返すだけだった。

「大変失礼いたしました。すぐにリュウカを持って参ります。結納金は半分お返しします。」カラス族長は無表情で告げる。


シリュウはけんかができる相手ではない。それに・・・内心はほっとしていた。


「リュウカだけで結構。」龍峰が口を開いた。

「かしこまりました。」

1年以内の離縁は結納金の半返しがカラス族のルールだが、口止め料だと理解した。

 アヤがサヤの部屋からこっそりとリュウカを持ってきた。族長が龍峰に渡す。

「今後も取引先としては良好な関係を。」龍峰と竜湖はそう言ってカラス族本家を後にした。


「よかった。」カラス族長は安堵の声を漏らす。

アヤは泣いている。

「サヤはプライドが高くて頑固だけど・・・一途でいい子なの。シリュウと縁が切れてよかった。今度こそ良縁を探しましょう。ぜったい!」

族長はアヤの言葉にうなずくとサヤのもとに向かった。


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