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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第1章 枇杷亭編
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雪見宿

「セキコウカですか?初めて聞きました。」芙蓉は枇杷亭の執務室でソファーに座っていた。

「じゃあ一緒に見に行こう。」若様はソファーに寝そべり、芙蓉の膝に頭を乗せたまま微笑む。

「どんな字を書くのですか?」一体何を見に行くのか芙蓉には想像もつかない。

「雪に光る花と書く。雪の間だけ咲く花だ。母上が好きだった。」

「まあ、それはぜひ見てみたいです。」芙蓉は笑顔を作る。

「じゃあ疾風に宿を手配させよう。」

どうやら遠方にあるらしい。



まもなく疾風が執務室にやってきた。

「芙蓉と雪光花を見に行く。」若様はソファーに寝そべったまま疾風に告げる。

「久々でございますね。大奥様とお泊りになった宿を手配いたします。」疾風は笑顔になる。

「わ、若様。せめて座ってくださいませ。」芙蓉は呆れながら膝の上の顔を見た。

芙蓉にも羞恥心はある。執事の前で膝枕を続けるのは勘弁してほしい。

「んー?疾風は気にしないさ。」若様はあくびをしながらのんきに答えるが、

『私が気にするんです!』

芙蓉は作り笑顔が崩れそうになるのを堪えた。執事の前で若様に文句を言うわけにはいかない。

「芙蓉様の膝がお疲れになる前に起きてください。」察しのいい執事が助け舟を出してくれた。

「ん?そうか」

若様はようやく起き上がった。



 雪光花を見に出発したのは年が明けてから10日経った日だった。今回は疾風に加えてタタも御者台に乗っている。

 芙蓉はぽかんと口をあけて馬車の窓から雲を見ていた。芙蓉が馬車に乗るのは3度目だったが、これまでは疲れて寝ていたので空を飛んでいることを知らなかった。

『枇杷亭は随分高い場所・・・というか雲の上にあったの!?やっぱり若様は鳥の獣人なんだろうか?』芙蓉は隣にいる若様の顔をまじまじと見る。

珍しく椅子に寄りかかって寝ている。最近何やら忙しそうで寝室に来る時間も遅い。

『お疲れならたまには一人でゆっくり寝ればいいのに。』

相変わらず毎晩芙蓉を寝室に呼んで相手をさせるのだ。

 芙蓉はため息をつくと窓の外に視線を戻した。



「若様、芙蓉様。お疲れ様でございました。」疾風が馬車の扉を開く。

2度の休憩を経て宿に着いたのは夕日が沈むころだった。

 若様に続いて建物に入るが、出迎える宿の者はいない。

首をかしげる芙蓉にタタが後ろから説明してくれた。

「ここは宿の離れでございます。お二人の他に客はおりません。宿の者もできる限り姿を現しませんが、部屋のベルを鳴らせば参ります。」

『そんな宿があるんだ。まるで密談用の店みたい。』芙蓉は納得した。

疾風とタタは荷物を部屋に運ぶと下がっていた。離れの隣にある従者用の部屋に泊まるらしい。

芙蓉も夜まではそちらに居た方がいいんじゃないかと思うが、若様は芙蓉の肩を抱いたまま離してくれそうにない。


 離れといっても建物はかなり広く豪華だった。部屋が3つもあり、どの部屋も大きな窓からは雪に覆われた中庭が見える。

「え!露天風呂?」奥にある木製の引き戸を開けた芙蓉は驚きのあまり声をあげた。

竹垣に囲まれた豪華な露天風呂があった。どうやらこの離れ専用のようだ。

「一緒に入るか。」若様が芙蓉の肩を抱く。

これは疑問形ではなく命令だ。

紅葉狩りの後から、時々、お風呂のお供もさせられるようになったのだ。



『これを雪見風呂っていうのかな?顔は冷たいのに身体は温かくて気持ちいい。』芙蓉の頬が緩む。

「芙蓉は風呂が好きだなあ。」隣で湯につかっている若様も上機嫌だ。

「若様もお好きですよね?」

「ああ、でも母上は湯がだめでな。ここに来ても風呂にはいつも父上と二人で入ってた。」

芙蓉は写真の孔雀の獣人を思い出した。

「御父上の話ははじめて聞きました。」

「そうだっけ?」若様は少し驚いた顔をする。

『なんの獣人か聞きたいような。知りたくないような・・・』芙蓉は何度も悩んで結局訊くことができないでいる。

「母上は父上が嫌いだったからなあ。」

「え?」芙蓉は声が裏返ってしまった。

「シリュウの妻は大体みんな夫が嫌いだよ。」若様は物悲しげに微笑む。

こんな表情は初めて見た。

『シリュウ?そんな動物は聞いたことないから、若様の苗字かな?商品の名前と一緒だし。』芙蓉は質問したかったが、今はそんな雰囲気ではない。

それに若様の離婚の話題はタブーだ。


芙蓉はかける言葉が見つからない。が、無言が続くのもなんとも気まずい。

芙蓉は身体を傾けて若様に寄りかかった。

若様は無言で右手を芙蓉の腰に回す。右手が芙蓉の脇腹をなでて乳房まであがってくる。

「若様。部屋に戻りましょう。」

芙蓉は呆れて左手で若様の右手をつかんだ。

『だから女に嫌われるのよ!屋外で何するの?』

芙蓉に睨まれて若様は素直に手を離した。


芙蓉にだって羞恥心はあるのだ。


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