ジュウゴ
「俺は・・・ジュウゴだ。」
自身の悪運の強さに感謝しながら、男はそう名乗った。
男は罪人だった。投獄され、10年以上の刑期が科されたが、今年の春に転機が訪れた。
なんと一年間戦地で従軍すれば残りの刑期は免除されて釈放されるというのだ。周囲の囚人たちと同様、男も迷わず手を挙げた。従軍するつもりなんてない、刑務所を出たら逃亡するつもりだった。
ところが、予想以上に監視は厳しく男は他の囚人たちと一緒に軍用車で何日も運ばれ、ようやくついた基地でたった5日、手榴弾や大砲の訓練をさせられた後、たくさんの沼に囲まれた砦に連れてこられた。
なんとここでワニの獣人と戦争をしているというのだ。
獣人と戦うなんて聞いてない!
それもワニなんて!
自殺行為だ!
だが、銃を持った上官たちは逃げれば射殺すると脅し、男は有無を言わさず他の囚人たちと最前線に連れていかれた。
そこからの記憶は曖昧だ。
怒声、悲鳴、爆発音・・・鼓膜が破れそうな爆音の中をがむしゃらに走り、ワニの獣人に見つかって、逃げ惑い兵士の死体に蹴躓いて石柱に頭を打ち付けて男は気を失った。
男が目を覚ますと、首輪と手錠がつけられ檻に入れられていた。檻の中には裸の男が他に10人ほどいた。男も全裸にされていた。
「お、目が覚めたか。ジュウゴさん」首輪と手錠をはめられた40代くらいの全裸男が話かけてきた。
「ジュウゴ?誰だ?」
「あんたのここでの呼び名さ。15番目に連れてこられたからジュウゴ。俺はジュウサンだ。」
「ここはどこだ?」
「ワニの檻だよ。俺たちは捕虜・・・じゃなく実験動物だ。毎日1~2人がワニに連れて行かれて誰も帰ってこねぇのさ。」
「な!?」男は真っ青になった。
「どうにか逃げ出せないのか?」
「どうやって?檻の外にはワニが・・・」ジュウサンは急に黙った。
「なに?」
「ウルサイゾ!」
「うわ!」
4メートルを越えるワニの獣人が檻の外から睨み付けていた。白衣のような服を着ている。
「ジュウゴ起きたか。来い!」ワニが男の首輪についた鎖を引っ張り、檻から男を出すと隣の部屋に連れて行った。
そこで男は四肢を拘束され、左足の太ももに【15】の焼印を押された。男はあまりの痛みに気絶した。
次に男が目を覚ました時に、檻の中には男を入れて7人しか居なかった。
ジュウサンによれば、男は半日気絶していたらしい。今朝3人が連れて行かれたそうだ。
「なんでワニと戦争なんてしてんだ?」兵士たちは誰も男に教えてくれなかった。
「おいおい、嘘だろ?ワニどもが西都を滅ぼして西の貴族たちを皆殺しにしたことを知らないのか?もう何年も前だぞ。」ジュウサンは呆れた顔で教えてくれた。
「は!え?」男は驚いた。投獄される前、獣人に滅ぼされた町があるとは聞いていたが・・・
「ワニはここで何してんだ?」
「さあな。だが、あの白衣ワニは毒だのガスだの言ってるから、俺たちは実験台だと俺は思ってる。」
「な・・・ワニにそんなもの作れるわけがない。」男は信じられない。獣人はバカばかりのはずだ。化学兵器を開発できるわけがない。
翌日以降、2~3人ずつ焼印の数字順に連れて行かれ・・・誰も戻ってこなかった。唯一の話し相手だったジュウサンはジュウヨンと今朝ワニに連れて行かれた。
明日は俺だ・・・男は絶望した。
逃げる手段はなく、自殺する覚悟もなかった。
ただただ自分の不幸を呪っていた。
と、凄まじい爆発音が聞こえた。
爆弾?
まさかジュウサンたちはワニの爆弾の実験台にされたんだろうか?
そうに違いない。
今度はさらに近くで爆発音が聞こえた。
ワニの怒声が聞こえ、銃の音が鳴り響く。
男は両手で耳を塞ぎ、石の床の上で小さくなって震えることしかできなかった。
どのくらい経っただろうか?
足音が聞こえてきたが、ワニじゃない、人間の靴の音だ。
「ん?生き残りか?」女の声がした。
男は驚いて顔をあげた。
茶色の軍服を着て銃を手にした30代くらいの女と40代くらいの男3人が檻の前に居た。
「悪運の強いやつだな。ワニの捕虜か。来い!ここから出してやる。」
軍服を着た男の1人が銃で檻の鍵を破壊し、男の首輪と手錠を外し、ワニの血が着いた大きな白衣を渡してきた。男は訳が分からないまま、白衣を羽織って軍服たちについて外に出た。
男が何日かぶりの太陽の光と新鮮な外の空気に感激していると目隠しをされ、車に乗せられどこかに連れて行かれた。
車を降り、何かの建物に入ったところで男は目隠しを外された。
「食え。」軍服の男の1人がペットボトルのお茶と木のお椀に入った雑穀かゆを差し出した。男は一心不乱に食べた。
男が完食して一呼吸ついたところでさっきの女が部屋に入ってきた。
「あんたは何であそこにいたの?」
「・・・」
男は黙っていた。
女の癖に偉そうに・・・それに囚人兵の生き残りだとばれたら戦場に戻される。
「しゃべれない役立たずは要らないわ。殺して。」女は感情のない声でそう言うと踵を返して部屋を出ていこうとした。
「ま、待ってくれ!しゃべれる。俺は・・・記憶がないんだ!あの檻に入れられる前に頭を打ったらしい」男は慌てて嘘をついた。
「ふん!次はないわよ。グズは嫌いなの。」偉そうな女は両腕を組んで椅子に座った。
「あんた獣人に恨みある?」
「ああ、あんなとこに閉じ込められて焼印を押されて殺されかけた。」
「ワニね。もう何年も戦争が続いてる。町もいくつも潰されたわ。ワニだけじゃないわ。方々で色んな獣人と戦争になってる。」
「それも西都のせいか?」
「それもあるわ。でもすべての元凶はシリュウっていう獣人よ。」
「シリュウ?なんだそりゃ?」
「人そっくりな見た目をした獣よ。こいつらが・・・若い娘が獣人の子を産んだなんて大嘘ついて、バカな獣人たちを騙して若い娘の奴隷を獣人たちに売りさばいてるの。そのせいで戦争に・・・」女は悔しそうに唇を噛む。
「はあ?そんな嘘を信じるのか?獣人たちは」男は呆れた。人が獣人の子を孕むなんてありえない。常識だ。
「ええ。どの獣人たちも信じてるのよ。でもいいの。私たちはそのバカな獣人たちを利用してシリュウが捕えている娘を解放するために動いてる。」
「は?獣人を利用?」
「ええ。シリュウは獣人からも恨みを買ってるらしいわ。本当にろくでもない獣よ。」
「あんたたちは軍人だよな?」
「違うわ。私たちは非公式の解放軍よ。獣人との戦争で故郷や家族を失った者、獣人の奴隷だった者、逃亡兵いろんな人間が集まってるわ。あんたはどうする?近くの町に送ってあげましょうか?」
「・・・あんたらの手伝いがしたい。解放軍に入れてくれ。」男は即答した。
町に送るなんて嘘だ。口封じに殺される。
本当に町に戻されても囚人兵とばれたら・・・
それにはなから故郷に戻るつもりもない。借金まみれの店に役立たずの老いた母親しか居ないのだ。
「いいわ。よろしくね。えーと、あんた名前は?」
「俺は・・・ジュウゴだ。」
男は名前を捨ててジュウゴとして生きることを選んだ。




