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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第4章 世代交代編
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エイナの後悔 前編

 7月のある日、エイナは物音で目を覚ました。

時計を見るともう夕方だ。

年のせいだろうか?今年に入ってから昼食後の眠気に抗えず、ほぼ毎日昼寝をしている。

『喉が渇いたわ・・・』

侍女を呼ぼうと思ったところで、部屋の入り口に実家からの荷物が置かれていることに気づいた。


 エイナは蜂蜜の瓶が入った箱を開けると、箱の蓋の板をずらした。中から薄紙が出てくる。実妹からの手紙だ。

紫竜の妻への荷物は全て事前に担当の雌竜たちがチェックしており、都合の悪い手紙は捨てられる。だから、エイナはこうして妹と秘密の文通をしているのだ。

 一枚目には鹿の嫁を始末したことが書かれていた。

「はあ・・・最悪」

エイナはため息をついた。

 妹の手紙によれば、熊族に嫁いでいた雌鹿は紫竜の花嫁替玉事件に無関係どころか嫁ぐはずだった花嫁張本人だったというのだ。つまり熊族も鹿に騙され、よりにもよって紫竜の事件にも巻き込まれた。

妹の夫である族長は激怒し、鹿族との取引を打ちきらない代わりに多額の賠償金を3年分割で支払わせることで合意したらしい。だけどこれは時間稼ぎだ。これから族長は鹿族に代わる取引先を探して徐々に鹿との取引を縮小させていくに違いない。彼はそういう男だ。

 鹿も馬鹿なことを。初めから紫竜に花嫁の交代を求めれば紫竜は断らなかっただろうに。まあ花嫁が族長の血縁者ではないとなれば結納金は減らされ、主要取引先への昇格もなかっただろうが、それでも鹿族の相場の10倍以上の結納金は望めただろう。



 エイナの時は・・・結納金は変わらなかった。

紫竜が縁談を持ちかけたのはエイナの妹にだった。当時、エイナには婚約者がいたからかもしれないし、妹が夫と同い年だったからかもしれない。

妹は泣いて嫌がったが、両親は許さなかった。どうしても嫌なら、紫竜に嫁いでから自殺でもしろとまで言って、連日妹を怒鳴りつけていた。

 だが、エイナが代わりに嫁ぐことを両親に申し出たのは妹に同情したからではない。1年前から妹はエイナの婚約者と恋仲になっていた。両親は知らなかったが・・・

エイナとの政略結婚は当時の族長の命令だった。婚約者はエイナと結婚し、族長になったらきっとエイナの妹とも結婚するつもりだったのだろう。姉妹を妻にすることは熊族では珍しくない。そして妹も嫁げば、エイナはお飾りの妻にされていたに違いない・・・

 そうなるくらいなら、紫竜の後継候補に嫁ぐ方がましだった。当時の熊族長は渋ったが、エイナの提案にその両親も婚約者も賛成したので、最終的には折れた。

 花嫁をエイナに変更することに紫竜はあっさり同意し、莫大な結納金も変わらなかったが、当時の熊族長夫婦もエイナの両親もエイナには妹以上の価値があるのにと憤ってくれた。両親はその莫大な結納金の大半をエイナの嫁入りのために使い、残りは全てエイナに持たせてくれた。

おこぼれを期待していた妹と元婚約者はいい気味だった。

 妹たちはエイナが嫁いでから半年もしない内に結婚し、1年後に息子が産まれたことを皮切りに5人の子宝に恵まれ、いまは5人とも成獣して所帯を持っている。妹の夫は族長にしては珍しく側室を1人も作らなかった。



 もう妹への憎しみも薄れている。妹よりはだいぶ遅れたが、エイナにも愛する娘と息子が産まれ、可愛い孫までできた。竜縁の誕生月にはプレゼントを贈ることしかできなかったが、龍明が転変したら息子が孫たちを連れてきてくれるだろう。

今年中には転変するだろうか?

竜縁はまた大きくなっているだろう。次に来るときにはまた美味しい魚を用意しておこう。

龍明はどんな顔をしているのだろうか?二足形になったら息子に似ているかな?

 愛する息子と孫たちのことを考えるだけでエイナの口角があがる。またこんな幸せを感じられる日が来るなんて・・・息子にはいくら感謝しても足りない。



 だが、そんなエイナの幸せな気持ちは妹の2枚目の手紙で吹き飛んだ。

「スイスイが!?」

エイナは驚きのあまり大きな声が出てしまった。


 龍海の妻のスイスイが春前にワニの実家に戻ったですって!?

なんて馬鹿なことを・・・どうして?


賢いエイナはすぐに察した。

そうだ。昨年末、スイスイと本家でお茶会をした時、スイスイは終始、人族とワニ族の戦いが長期化していることを嘆き、夫はワニの実家に何も支援をしてくれないと怒っていた。


だけど、スイスイが実家に戻ったところで何も・・・

いや違う!

きっと本家の侍女と竜夢が唆したのだ。

 スイスイが嫁いだ当時、ワニ族は紫竜の主要取引先の1つだった。だが、徐々にワニ族は取引先の序列が下がっていき、数年前には黄虎の眷属に成り下がった。

それに・・・おそらくスイスイはもう年齢的に産卵できない。

 対して龍海はまだ40代で、かつては族長後継候補だっただけあって力は依然として強いようだ。族長の右腕として一族への影響力も強い。息子の龍緑も成獣して、手を離れた今、紫竜一族が龍海の再婚と次の子どもを望んでも不思議じゃない!


 エイナの時のようにスイスイも騙されて夫の巣を離れたに違いない!



 エイナがかつて孔雀との縁談をきっぱり断わらない夫に激怒していた時、夫の守番でエイナの担当だった竜音は夫に隠れてエイナに言った。


 体面を気にする龍峰に孔雀との縁談をきっぱり断わらせるには、エイナ様はもっと大胆な行動にでないと!

例えば実家に戻って、孔雀との縁談をきっぱり断わらないと離婚すると伝えるとか。エイナ様に執着している龍峰は焦ってすぐに行動に移すはずよ!


 竜音は夫の性格をよく分かっていた。エイナは竜音の話はもっともだと思ってその通りに行動した。

夫はその日のうちに慌てて実家まで迎えにきたが、エイナは孔雀との縁談を断わってくるまで顔も会わせないと追い返した。

 夫は毎週のようにやって来たが、孔雀との縁談を曖昧にしたまま、金銭や高価なプレゼントでエイナを連れ戻そうとしたので、エイナは顔を会わせもしなかった。


 異変が起きたのは、夫の巣を出て半年後のことだった。


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