竜音の葬儀
翌朝、龍希は深紫の葬儀服を着て、妻子を本家に残し、馬車でリュウレイ山に向かった。
一族以外はリュウレイ山に入れないから仕方ない。息子と娘はまだ何時間も妻とは離れられないので置いてきた。
葬儀には成獣は皆集まるのがルールだが、竜の子がいる龍栄と守番たちは例外だ。族長代行の龍希も午前中の儀式にだけ参加して、午後は本家に戻ることになっている。
リュウレイ山に着き、葬儀場に入ると10メートルを超える竜音の遺体が黒い布の上に横たわっていた。
生前、紫色に輝いていたであろう鱗は真っ黒になり、ひび割れている。
「でかいな。」
同族が転変した姿なんて滅多に見ることはない。
龍希はたまたま数年前に龍大が転変したところを見たが、まあ、あれは例外だ。
龍希自身が最後に転変したのは・・・はっきり覚えていないくらい前の幼い頃だ。
紫竜は死ぬと転変した姿になるので、死期を悟ると皆リュウレイ山に籠るのだ。
そうしないとリュウレイ山まで運ぶはめになる。
龍大の時は相当、大変だったらしい。龍栄たちが4人がかりで転変して龍大の遺体をリュウレイ山まで運んだそうだ。
処刑を担当して負傷した龍希は運搬は免除されたが、龍栄たちはその後過労で3日もリュウレイ山で寝ていたというから、龍希は処刑担当でよかった。
全く死んだ後まで迷惑なやつめ。
悪さをするにしても越えてはいけない一線は守らないとな。というか今はもう大切な妻子がいるから悪さをする気にもならない。
「揃ったな。始めるぞ。」
葬儀服を着た族長が声をかける。
皆、竜音の遺体の横に席次順に2列に並んだ。
竜湖が一歩前に出て別れの言葉を述べている。
龍希はあまり竜音とは関わりがなかったが、長年女たちの筆頭だっただけあって、女たちはほぼ全員が泣いている。
ああ、竜音は父、龍光と龍海の守番だったのか。どうりで珍しくあの3人が大泣きしているわけだ。
ここのところ龍海は泣いてばかりだな。さすがに気の毒だ。
葬儀が終わり、龍希たちは皆で黒い布を持つと、竜音の遺体をリュウレイ山の中の大きな滝に流した。普段はシリュウ石を採る前に身体を清める滝だ。
滝の水はリュウレイ山の地下に遺体を運び、その遺体は長い年月をかけてシリュウ石になる・・・らしい。
皆はこれから葬儀会場の片付けと竜音の形見分けをするが、族長代行の龍希は馬車で本家に戻ることになっている。
「龍希様、私も一緒に本家に帰ります。」声をかけてきたのは龍緑だ。
「ん?何か用事があるのか?」
「はい。竜音様が龍栄様と竜縁様に遺された品を鶯亭にお持ちするよう族長から命を受けまして。」龍緑はそう言って、手に持った紙袋を掲げて見せた。
「お前は力が強いんだから、んな雑用を引き受けなくてもいいんじゃないか?」
「何を仰います。最年少ですから雑務を引き受けるのは当然です。ついでにここにいると説教が始まるので避難したいですし。」
龍緑はニヤリと笑う。
「ああ、なるほどな。」
龍希と龍緑が馬車に乗ると、御者台の龍流は本家に向けて馬車を走らせた。
「竜音は龍栄殿と親しかったのか?」
「さあ。詳しくは知りませんが、父によると白鳥族の中からあの妻を指名したのは竜音様だったそうで・・・とても後悔しておられたそうです。龍栄様にお詫びのしようがないと大泣きされたとか。」
「ああ、竜音は白鳥族に嫁いでたって、さっき竜湖が言ってたな。」
「はい。そのようです。しかし、夫と子どもたちが狐族との戦争で戦死したせいで、白鳥族にはほとんど影響力を持たなくなったらしいです。」
「なるほどな。まあ白鳥のことは竜冠に期待だな。」
「ええ。竜冠様なら何も心配はいりませんね。」
「そういや、お前のとこにも白鳥から縁談がきてるんだろ?」
龍緑はとたんに嫌そうな顔になった。
「俺は御免ですよ。龍栄様の件がなくったって、父が母の実家のことで散々苦労してきたのを見てきましたから。」
「はは。白鳥はうるさそうだな。龍兎の妻みたいに実家が弱けりゃ違うのかもしれないが。」
「鴨でも十分うるさそうですよ。結婚のために巣に池を用意しているのに、リュウカの部屋にあれを置け、これを用意してくれって注文が多いらしいです。」
龍緑は肩をすくめる。
「欲しいものを言ってくれるなら楽じゃないか。妻への贈り物選びにはいつも苦労してるんだ。」
龍希の妻は物欲がないと言うか・・・おねだりしてくれるのは子どものものばかりだ。
「龍希様は人族の好きなものを沢山購入されていると伺っていますけど・・・」
「ああ、妻の欲しいものが分からないから、カカやタタが人族の好きなものを調べてくれてな。まあ、どれも妻が喜んでくれたからいいんだけど・・・」
「そっちの方が楽ではないですか?父なんて母から無理難題を言われてしょっちゅう頭を抱えていましたよ。母は強欲でしたから。」
「龍海は気の毒になぁ。」龍希は苦笑いした。
なにせ紫竜一族にワニの戦争に介入しろなんて要求する妻だ。
「まあ、そのうちそんな苦労も母もろとも忘れるんでしょうけど。」龍緑はまた肩をすくめた。
「帰ってきそうにないのか?ワニの妻は」
「母が帰るのは、自分の望みが叶った時でしょうから。」
「そりゃ、どうにもならんな・・・」
今しばらく龍海は泣き暮らすことになるのだろう。
妻のいない巣なんて・・・龍希は想像すらしたくない。




