迷子
『まさかもう本家に来ることになるなんて・・・』
三輪は先月と同じ本家の部屋に入るなりため息をついた。
今日の昼前、執事服を着たトンビの獣人が枇杷亭を訪ねてきたと思ったら、旦那様に本家に泊まると急に言われて・・・大急ぎで支度をしてタタさんと一緒に馬車に乗ってきたのだ。
本家に着いたらすぐに旦那様はどこかに行ってしまい、三輪はタタさんに連れられて奥様達の昼食とおやつの毒見のために厨房に行ったのだが・・・今日は酷かった。
前回と違い、急に宿泊が決まったとはいえ・・・出てきた食事の中にでかいトカゲの丸焼きを見たときには悲鳴をあげてしまった。その他にもドジョウの刺身にまともに炊けていないご飯に・・・思い出しても気持ち悪い。
何の嫌がらせかと思ったが、人の食事に詳しいコックが体調不良で・・・とエプロン姿の獣人がタタさんと三輪にペコペコと頭を下げてきたので、まあ仕方ない・・・のかな?
でも奥様達にあんな料理は出せないので、三輪の指示でサンドイッチとフルーツサラダを作ってもらって、奥様達には昼食代わりの軽食をとってもらった。ハムはなかったので豚肉を塩コショウで焼いたものを代用したけど・・・枇杷亭でもハムはないからきっと奥様は気にされないだろう。
しかし、夕食はきちんとした食事を準備しなければいけないので、三輪は厨房の食材を見て献立を一から考えて調理指示をして、できたら毒見をして作り直しをさせて・・・どうにか奥様達の夕食の時間に間に合った。
それから明日の朝食の献立を考えて作り方をコックに伝えて・・・気づいたら夜の8時を過ぎていた。明日も毒見のために早起きしないといけないからもう休んだ方がいいとタタさんが厨房まで迎えに来てくれて、三輪の部屋まで送ってくれたところだった。
毒見兼味見でお腹はいっぱいなのでもうお風呂に入って寝たいけど、共用のお風呂は今、使用中だ。
「ソウさんは部屋に居るかな・・・」
先月もう本家には来るなと忠告してくれたばかりなので気まずいけど・・・少しだけ話がしたいな。
そう思ってソウさんの部屋の扉をノックしてみたが、反応はなかった。
「もしかしてまだお仕事中かな?」
本家の侍女はシフト制で夜も仕事があると言っていた。
三輪ががっかりして自分の部屋に戻ろうとした時だった。
「あ!」
奥の廊下を歩いていくソウさんが見えた。三輪は反射的に追いかけていた。
『仕事中かな?でも一言、挨拶だけ・・・』
そう思って追いかけるのだが、獣人はみんな歩く速度が速い。だけど本家の廊下を走るわけにはいかないので、見失わないように追いかけるのが精いっぱいだった・・・そして何個目かの角を曲がったところで見失った。
「ここどこ?」
三輪はキョロキョロとあたりを見るが、廊下も部屋の扉も全部同じに見える。
帰り道も分からず、迷子になってしまった。しかももう夜遅いからだろう・・・廊下には誰もいない。
「どうしよう・・・」
三輪が十字路で途方に暮れていると、右手側の廊下の奥からかすかに声が聞こえた。
なんと言っているのかまでは聞き取れないが、誰かいることは間違いない。
道を聞こうと三輪は声のする方に歩いて行った。
「ストップ!」
「きゃあ!」
若い男の声と同時に背後から肩を掴まれて三輪は悲鳴をあげてしまった。
肩の手を振り払って振り向くと、そこに居たのはいつかのイケメンではなく・・・
「り、龍緑様?」
「君は確か龍希様のところの。なんでこんなところに?この先は熊の奥様の居室だよ。侍女に見つかったら大騒ぎになる。」
紫髪のイケメンは険しい顔をしている。
「あ・・・すみません。道に迷ってしまって・・・」
三輪はまだ心臓がバクバクしていた。
「とにかくこっちに・・・侍女が来る!」龍緑様は小声でそう言うと三輪の腕をつかんで廊下をずんずん歩いていく。
三輪は何やらまずいところに迷い込んでしまったことは分かったので黙ってついて行った。
いくつも廊下の角を曲がって、見慣れた場所に戻ってきたところで龍緑様は三輪の腕を離した。
「驚かせて悪かったね。偶然通りかかってよかった。あんな場所で熊の侍女に見つかったら八つ裂きにされてたよ。」
「え!?」三輪は驚いた。
熊の奥様とはそんなに恐ろしいのだろうか?本家の使用人たちは見た目は怖い獣人だけど、匂いで三輪が枇杷亭の使用人と分かるから何もしてこないとタタさんは言っていたけど・・・
「もしかして龍希様は何も教えてないのかい?」龍緑様は呆れた顔になった。
「え?え~と・・・」
「はあ・・・あの方はもう。熊の奥様は龍希様を毛嫌いしていてね。奥様の居室の近くに枇杷亭の使用人が居たなんて知ったら・・・どんな言いがかりをつけてくることか。死体に口なしだからね。」
「ええ!」三輪は震えあがってしまった。
「あの・・・ありがとうございました。とんだご迷惑を・・・」三輪は深々と頭を下げる。
「いいよ。というかちゃんと教えていない龍希様が悪い。ここからなら部屋に帰れるかい?」
イケメンの微笑みはやばい。
三輪は顔が赤くなってしまった。
「は、はい!もう大丈夫です。ありがとうございました。」
三輪はそう言って深々と頭を下げた。
たった一度挨拶しただけなのに三輪のことを覚えていてくれた上、助けてくれるなんて・・・三輪は感動していた。
のだが・・・
「よかった。じゃあね。えーと・・・タタさん?」
「・・・人族の三輪です。」
やっぱりこんなイケメンが三輪なんかのことを覚えているはずはなかった。
三輪は自分の勘違いが恥ずかしくて、早足で自室に戻った。




