侍女見習いの友情
「あ、三輪さん。こんばんは。」
夜、本家で与えられた部屋の前に戻ってきたところで、赤い着物を着た猫の獣人が三輪に話しかけてきた。
「ソウさん。こんばんは。お仕事お疲れ様です。」
三輪は笑顔で返事する。
ソウさんは白い毛に茶ぶち模様が入っている猫の獣人で、本家の侍女見習いらしい。
一昨日、三輪が本家の廊下で迷子になっていたところに声をかけて助けてくれたのがソウさんだった。
ソウさんは今月、本家で働き始めたばかりらしく、本家にきたばかりの三輪と意気投合した。
偶然にも三輪の部屋はソウさんの斜め向かいだった。
侍女見習いと本家に一時滞在する使用人の部屋は同じ区画にあるらしいのだが、驚いたことに枇杷亭と同じく三輪のような下働きにも個室が与えられるのだ。
三輪が与えられた部屋は枇杷亭の部屋と同じくらいの広さで、シングルベッド、机と椅子に棚と化粧台までついていた。風呂とトイレは共用だけど、一昨日も昨日もさほど混むことなく交代で使えている。
本家の廊下ですれ違う獣人たちはまだ怖いけど、この茶ぶち猫は背丈が三輪と同じくらいで何より可愛らしい顔をしていて・・・三輪にとって本家で唯一、緊張せずに雑談ができる相手だ。
「三輪さんもお仕事終わり?」
「ええ。あ、そうだ。私は明日、枇杷亭に戻ることになったの。」
せっかく仲良くなったのに・・・寂しいが仕方ない。
「え?そうなんだ・・・でもそれがいいわ。ここ数日、龍緑様が本家によく現れるし、龍兎様も成獣されたそうだから。三輪さんはここにいちゃ危ないわ。」
「ええ!どうして?」
ソウさんだけじゃない。
タタさん、タートさんも、龍緑様を警戒しているのだ。
リュウト?様は初めて聞いた名前だけど・・・名前にリュウがつくならきっと旦那様の同族だろう。
「どうしてって・・・三輪さんは成獣でしょ?
もしも手を出されたりなんかしたら・・・ああ、やだ!紫竜の花嫁にされるくらいなら死んだ方がましよ。」
ソウさんは凄まじく不愉快そうな顔をする。こんな顔は初めて見た。
「手を出すって・・・私みたいなみすぼらしい下働きなんて視界にも入らないわよ。」
三輪は苦笑いしてしまった。龍緑様と会ったのはあの一回きりだ。三輪のことなんてもう忘れているに違いない。
「何言ってるの!?あいつらに見境いなんてないわよ。20年ほど前に、妻のいない紫竜に手を出された本家の侍女が居たらしいわよ。それに紫竜に嫁いだ人族は枇杷亭の奥様だけなんでしょ?三輪さんは特に危ないわ!」
ソウさんは真剣だけど・・・
「え?枇杷亭の奥様だけだと私が危ないの?」
三輪は意味が分からない。
「危ないわよ。紫竜は妻の種族に偏りがでないように妻を選んでるって聞いたわ。人族の妻は一人だけだし、枇杷亭の奥様は嫁いですぐにお子様を立て続けにお産みになったから、ほかの紫竜たちは人族の妻を欲しがってるって噂があるの。もしかしたら、三輪さんはもう狙われてるかもよ。」
「ええ!?そうなの?」
『知らなかった。いや、でも・・・』
「奥様はともかく、私は身寄りもない行き遅れよ。」
「え?三輪さんっていくつなの?」
「今年で23歳。大体みんな10代で結婚するから。」
三輪が元夫と結婚をしたのは18歳の時だった。奥様の御結婚は20歳の時と聞いている。
「もう子どもは産めない歳?」
「え?ううん。さすがに・・・身体的には後15年くらいは産もうと思えば産めるかもだけど・・・」
三輪の母は40歳の時に末子の三輪を産んでいる。
「ええ!じゃあ行き遅れじゃないじゃない。それに23なら龍緑様と同じ歳だし。龍兎様の1歳下だし。やっぱり危ないわ。あの二人が結婚するまでもう本家には来ちゃダメよ。」
ソウさんは三輪の肩を両手でつかんでぶんぶんと振った。どうやら本気で心配してくれているらしい。
「ええ・・・でもそれを言うならソウさんだって危ないんじゃない?」
三輪よりもソウさんの方が美人?美獣人だ。それにたぶん三輪よりも若い。
「私は大丈夫!だってまだ成獣してないから!子ども産めない身体だもん。」
「え!?そうなの?いくつ」
「今年で4歳。」
「ええ!?」
三輪は驚いてしまった。そんなに幼かったの?
「なんで成獣前なのにここで?」
「両親は死んじゃって。母代わりだった伯母さんも昨年末に死んじゃったの。だから自分一人で生きていかなきゃって思って。紫竜は私みたいな孤児でも雇ってくれるって聞いてたから。」
「・・・」
そっか。ソウさんも三輪と同じく天涯孤独なんだ。
それにまだ4歳なのに・・・獣人と人間では成長速度が違うらしいけど・・・
三輪はソウさんに親近感が沸いた。
「そっか。ありがとう、心配してくれて。私は明日ここを離れるから大丈夫よ。ソウさん。元気でね。」
「うん。三輪さんも。もし私がお使いで枇杷亭をお訪ねすることがあったらよろしくね。」
「え!もしそうだったら嬉しいな。」
三輪は笑顔で手を振って別れた。
のだが、翌月すぐに本家でソウさんと再会することになった。




