龍兎
『あ~やっと終わったぜ。』
白鳥族が応接室を出て行ったのを見届けて、龍希は営業スマイルを崩した。
全く面倒だった。新年の挨拶に次々とやってくる取引先の相手をすること3日目。ようやく最後の客の相手が終わった。
紫竜本家に招くのは主要取引先に限っているとはいえ3日がかり・・・
いや、今回はタイミングが悪かった。いつもは族長とともに、取引担当の後継候補が分担して相手をするのだが、昨年12月に龍栄の、今月頭に龍灯の妻がそれぞれ妊娠していることが分かったため、2人は新年の挨拶を免除された。
そして龍算は・・・先月の妻の自殺によって精神的に相当きており、龍光のところの守番を担当し始めただけで精一杯だ。
というわけで新年の挨拶に参加できる後継候補は龍希のみ。
この3日間、本家に泊まり込みで族長とともに、挨拶に来た主要取引先すべての相手をする羽目になった。3歳の息子と今月2歳になった娘も一緒にとなると妻にもいてもらう必要があるので、妻子には随分と負担をかけてしまった。
妻はずっと作り笑顔で龍希の隣に居てくれたのだから、感謝してもし尽せない。
また妻をゆっくり温泉旅行にでも連れていきたいが・・・当分無理だ。まだ龍光の守番が続いている上、来月には龍栄の妻が出産予定でまた2ヶ所で同時に守番が必要となる。どちらかの竜の子が転変するまで龍希は2日以上連続して休みをとれないだろう。
娘の誕生月でもあるのに・・・本家に来る前に延が作った苺のお菓子を食べたり、プレゼントを渡してお祝いはしたがどこかに遊びに連れて行く余裕もない。
娘は昨年秋に食べたソフトクリームが気に入ったようで牛族の牧場にまた行きたいと言ってたな。あそこなら日帰りできるからなんとかなるかな?
「ご苦労だった。もう客間に戻ってやす・・・ん?」龍希たちに声をかけていた族長が応接室の扉を見る。
『この匂いは・・・珍しい組合せだな。』
匂いに気づいた龍希も扉の方を見た。
扉をノックして入ってきた2人組は、龍緑と龍兎だ。
「失礼いたします。族長、龍希様。お疲れのところ申し訳ございません。昨夕、リュウレイ山でリュウカを見つけました。」
龍兎はそう言うと嬉しそうに手のひらを広げてリュウカを龍希たちに見せてくれた。
「おお!」
「やったな!龍兎!」
族長と龍希は同時に歓声をあげた。
龍兎は龍緑の1歳上で今年24歳になるが、これまでずっとリュウカを見つけられなかった。
24でようやく成獣か・・・まあその異母兄の龍灯は25歳で成獣したから似たもの兄弟だ。
龍灯は力が強いからそれでも後継候補になったが、龍兎はそれほどでもないと聞いている。
「にしてもいいタイミングだな。来月からは鶯亭の守番も必要になるだろうから頼りにしてるぞ!」
龍希がそう言うと龍兎は暗い表情になった。
「どうした?」
族長も龍兎の表情に気づいたようだ。
「実は・・・そのことでご相談が。僕は、まだ音の出ない雷を出せないのです。」
「はあ?」
龍兎の告白に龍希は族長と同時に大声をあげてしまった。
「ど、どういうことだ?」龍希は意味がわからない。
「そのままの意味です。私も何度もリュウレイ山で一緒に特訓をしたのですが・・・どうしても龍兎殿の雷は音が鳴ってしまうのです。」龍緑が困った顔で龍希を見る。
「特訓って・・・ちょっと集中すりゃあ音なんて消せるだろう?」
「そりゃあ、龍希様のように才能ある方には無縁の悩みでしょうが、僕は・・・集中して音を消すという意味が分からないと言いますか、感覚が分からないと言いますか・・・とにかくできないのでございます!」龍兎は泣きそうな顔になった。
「う~ん。困ったな。音が消せなければ守番は任せられんぞ。」族長は両腕を組んで険しい顔をしている。
「龍希様。私はこれから夜の守番で・・・代わりに龍兎の特訓に付き合ってやってもらえませんか?」龍緑が申し訳なさそうに龍希を見る。
「はあ?嫌だ!俺はもう疲れてんだ!」
「お願いします!龍希様!ご夕飯まででよいのです。」龍兎は目に涙を浮かべて龍希に頭を下げる。
「龍希。付き合ってやれ!今、他のやつは本家におらんし、儂はまだ別の仕事が残ってるんだ。」族長までそう言うが・・・
「嫌です!」
『俺はもう客間に戻って妻子とのんびりしたいんだ。』
龍希は同意を求めるように妻を見たが・・・
「あなた・・・」
「え?」
妻が目で訴えかけてくる。
いや、そんな目で見られると・・・
「・・・1時間だけだぞ。」
最愛の妻のお願いには逆らえない。
「龍希様!ありがとうございます!」
龍兎は笑顔になったが、
『こいつ!わざと妻といる時を狙って来やがったな!』
悪知恵が働くのは龍灯譲りか?腹が立つ!
「指導料はちゃんと寄越せよ。」
「え?雛から取るのですか?そんな殺生な。」
「はあ?お前はもう成獣したんだ。対価を払うのは当然だろ。」
「あ・・・」
「龍兎殿。龍希様からご指導していただけるのです。きちんと払ってくださいね。」
「そうだぞ龍兎。龍希にはちゃんとした酒を用意せえよ。」
龍緑と族長が釘を刺す。
「分かりました・・・ご用意します。」
龍兎は渋い顔で頷いた。
1時間だけ、そう思って龍希は本家の防音稽古場で龍兎に雷を出させてみたが・・・
「なんでできねえんだよ!」
「だからそう言っております!どうやってやるんですか?」
龍兎はまた泣きそうだ。
「ああ!?もう一回俺の雷を見てろよ!」
龍希は音の出ない雷を落とした。稽古場を壊さないように雷の威力は抑えながら・・・
「ほら!やってみろ!」
雷鳴が響く。
「・・・さっきよりは音が小さくなったな。よしもう一回だ。」
「はい!」
結局、2時間も付き合ったが・・・ダメだった。




