女戦士に捧げる黙とう
芙蓉は驚きと悲しみのあまり涙がでた。
ソルは笑いながら自殺してしまった。
芙蓉の目の前で・・・
竜染と夫は悔しそうに鹿の死体を見ている。
龍算は床に膝をついて呆然としていた。
妻に騙されていたショックか、妻が死んだショックか・・・その両方かもしれない。
「芙蓉。帰るぞ。」
夫は芙蓉の背中に手を回して扉に向かう。
「あ!待って下さいませ。あの小鹿は?」
ソルが産んだ子どもはどうなるのだろう?
「ん?子どもは殺さないよ。」
「え?」
芙蓉は驚いて夫を見る。
「これから一族で会議にかけるが、幸いまだ記憶もないだろうからな。本家か誰かの巣で孤児として育てていずれは使用人にするさ。」
「奥様。このことはどうかご内密に。」竜染が芙蓉を睨む。
『どうやら夫はまた口を滑らせたようだ。』
「はい。今日のことは全て忘れます。」
そんな言葉を誰も信用しないだろうけど。芙蓉はそう返事する他ない。
夫に連れられて、龍算の屋敷を後にした。
その翌日、紫竜本家で会議が開かれた。
竜の子がいる龍光と守番の龍緑、龍範、女の守番の竜色は欠席だが、龍算と竜染は来ている。
小鹿が龍算の子ではなかったことを皆、すぐには受け入れられないようだ。
龍希だって愛する妻の話じゃなければとても信じられない。
夜伽をせずに注射器で子どもができるなんて冗談としか思えない。
「とても信じられません。そんなことで子どもができる訳がない!」
「そうですよ。姫様が竜の子でないというのも死んだ鹿の嘘なのでは?」
「落ち着け。それはこれからあの小鹿が育てば分かることだ。お前たちのどちらかが引き取るか?」族長は発言した2人を見る。
「そんな龍算様!姫様を手離されるのですか?」
「う・・・」
「龍算様のもとには置いておけないわ。表向きは死んだことにするんだから。龍算様の巣に小鹿の獣人がいたら、勘繰るものが出てくるかもしれない。」竜湖の言葉に女たちは頷いている。
「いっそ、龍光殿のところはどうです?若様が生まれて使用人の増員が必要なのでは?」
「いや、使用人として使えるようになるまで数年はかかる。一旦は本家で引き取って然るべき教育を受けさせよう。」族長の提案に反対するものはいなかった。
「して、鹿族の処分はどうなさるのですか?龍算様。」
皆が龍算に注目する。
「族長と、その姪の首と・・・。それこそ妻の思いどおりですけど・・・」
龍算は自虐的に笑う。
「それがねぇ。ちょっと困ったことにその姪は熊族に嫁いでいるらしくて。」
竜湖の言葉に龍希だけでなく皆驚いている。
「はい?まさか熊族も共犯ですか?」
「いいえ。族長の異母妹の子ってことになってるらしいわ。つまり熊族も騙されてるみたいね。」
「参ったな。さては替玉がバレることを見越して嫁がせたな。」
「恐らく。熊族に姪の引渡しを要求しようにも、花嫁の替玉なんて説明できませんからね。」
「しかし、白猫族に続いて鹿族まで・・・最近の取引先はどうなってるんだ?」
「白猫族に甘い処分をしたことが鹿に漏れた可能性が高いですね。まさかソラの弟の妻が鶯亭の侍女だったなんて。」
会議は収拾がつかなくなってきた・・・
「ならば・・・」
龍算の提案に皆驚いた。
~枇杷亭~
「奥様。お寒くないですか?」
シュンが心配そうに声をかける。
芙蓉は庭の四阿でぼんやりと空から降ってくる雪を見ていた。
夫は朝から本家に行っている。
「大丈夫」
そういうものの・・・昨日のソルの死はショックだった。
2回しか会っていない鹿の獣人の言葉が何度も頭をこだまする。
戦士として命懸けで戦ってきたのに一族から評価されず、花嫁の替玉にされたソル。
芙蓉も・・・子どもの頃から実家の、親の役にたとうと学校で必死に勉強し、沢山の薬を覚えて家業を手伝って・・・なのに父親は単なる子守りとして、芙蓉を嫁に出そうとし、母と兄に至ってはもはや芙蓉を人とすら思わずに売り飛ばしたのだ。
他人事とは思えない。人じゃないけど・・・
でも、ソルほどの知恵と度胸があれば別の生き方だってできたかもしれないのに・・・ソルも結納金目当てに売られた憐れな花嫁で終わる女ではなかった。
なのに、一族への復讐のために命を投げ出してしまった。
それに巻き込まれた龍算と小鹿はあまりに気の毒だ。
弟の妻の仇といっても、身代わりにされたニャアを殺そうとしたのも分からない・・・
取引先の娘が立て続けに身代わりをたてるなんてそんなに紫竜の花嫁とは嫌なものなのだろうか?
確かに夫の執着度合いや妊娠中の監禁生活など不自由はあるけれど・・・衣食住に困るどころか身の丈にあわないほどの高価な贈り物に豪華な旅行。いつも妻を気にかけてくれて、浮気もなければ子育てにだって積極的で・・・まあ子作りも熱心すぎるけど、無理強いはされてない。
芙蓉の夫はいい夫だ。
それとも何か芙蓉が知らない秘密が?
夫の一族が何かと隠し事をしているのは気になっているが・・・知らぬが仏という言葉もあるし。
「はあ・・・」
芙蓉はため息をついた。
こんな悩みは誰にも相談できない。
侍女たちは芙蓉にとても尽くしてくれるが、本来の役割は監視なのだろうから。
それに元々、芙蓉には悩みを相談できる友達なんて居なかった。
明日香は昔よく一緒に遊んだけど、個人的な相談なんて一度も・・・なのに久々に会った時、どうしてあんな身の上話をしてくれたのだろう?
あの後、すずちゃんと無事に帰れたよね?きっと・・・
非力な芙蓉には何もできない。
誰かを助けることも、自分の恨みを晴らすことも・・・
少しだけソルがうらやましかった。
彼女は最後まで戦士として生きることを選び、それを実現するだけの力があったのだから・・・
芙蓉は両手をあわせて黙とうした。
鹿の女戦士のことを思いながら・・・




