小鹿
「どうですか?その・・・龍光殿の若様と比べて・・・」
小鹿を抱いた龍希に龍算は恐る恐る尋ねる。
「・・・相変わらず竜の子の匂いがしないな。向こうはちっこい蛇だったけど、抱いたら竜の子の匂いを確かに感じた。」
龍希は眉をひそめる。
龍算の娘は生まれて4ヶ月目になる。もう離乳もしたらしい。身体はどんどん大きくなるのに・・・
「そう・・・ですか。」
龍算はがっくりとうなだれる。
「しっかりしろよ。何が原因かは分からんが、お前が父親なんだから気を強く持て。」
「・・・本当に俺の子なんですかね?」
龍算は俯いたままぼそりと呟いた。
「おいおい!何言い出すんだ!」
「分かってます。こんなこと言うべきじゃないって。でも・・・竜音様の話とそっくりじゃないですか!娘が竜の子じゃないなら辻褄があう。」
龍算は泣きそうな声で頭を抱える。
「分かった。お前は疲れてんだよ!もう寝ろ!夜の守番が居るんだから安心して休め!な!」
龍希は、執務室の前の廊下で待っている侍女に小鹿を渡すと、無理やり龍算を寝室の前まで連れて行った。
「明日は守番じゃないがまた来てやる。だからお前は寝て頭をすっきりさせとけ!分かったな!」
龍希は、龍算が小さく頷いて寝室に入るのを見届けてから柘榴亭を後にした。
龍希が帰宅したのは0時すぎだったが、最愛の妻は玄関で出迎えてくれた。
「あなた、遅くまでお疲れ様でした。」
「芙蓉~ごめんな。寝ずに待っててくれたのか?」
龍希は寝間着姿の妻を抱きしめる。
「いえ、子どもたちの寝かしつけで一緒に寝てしまって・・・先ほど起きたのです。」
「いいんだ。風呂に入ってくるから一緒に寝よう。寝室で待っていてくれ。」
「はい。あら?」
「ん?どうした?ああ、鹿の毛だな。」
「え?鹿?今日は龍光様のところだったのでは?」
「ああ。族長が帰りに龍算のとこに寄れって言うから遅くなった。あそこは相変わらずトリが来ない・・・」
「え!?」
「あ!」
『やべ!妻には柘榴亭の異変は内緒だったのに・・・』
妻は驚いた顔で龍希を見ている。
「あ、いや~えっと・・・」
どう言い訳しようか・・・龍希は頭が真っ白になった。
「ふふ。もう!だいぶお疲れなのですね。寝室でお待ちしています。」
妻は作り笑顔になると龍希のほほにキスをして寝室に歩いて行った。
「・・・」
妻は龍希の隠し事に気づいても知りたがったりしない。
ありがたいが・・・なんか寂しい。
いっそ妻に相談したら、このモヤモヤは解消しないかな?
そんな龍希の悩みは・・・寝室で妻の素肌を見たら全て頭から吹き飛んだ。
翌日、龍希が目覚めるともう昼過ぎだった。隣の妻が起きて寝室を出て行ったことにも気づかないくらい爆睡していたようだ。
「あ!パパおきた~」
「パパおきた~」
子どもたちはリュウカの部屋で積み木をして遊んでいた。
『いつも元気だなあ。』
「芙蓉。ちょっと出かけてくる。夕飯までには戻るから一緒に食べよう。」
「はい。行ってらっしゃいませ。」
「いってらっしゃーい」
「いーしゃーい」
妻子に見送られて、龍希はまた柘榴亭に向かった。
~柘榴亭~
「よう!」
「龍希様!連日申し訳ありません。」
龍算は昨日よりも少しだけ顔色がましだ。少しだけ・・・
「気にするな。俺が勝手にやってることだ。今日の守番は・・・龍賢か。」
客間の方から龍賢の匂いがする。
「はい。と言っても相変わらず暇ですが・・・」
龍算の表情は暗い。
「なあ、姫様はもう離乳したんだろ。雷気はまだ食べないのか?」
「雷気ですか?まだ・・・見せたこともないですね。雷を出すことがないので・・・」
「じゃあ試してみろよ。俺の子たちは雷気を食うようになってからどんどんでかくなって転変したんだ。」
「はい!やってみます。執務室で待っていてくださいませ。」
龍算は執務室に小鹿を連れてきた。
だが・・・
「う~ん。完全に怯えてるな。」
龍算が指先に雷気を出した途端、小鹿は跳びあがって机の下に隠れてしまった。
「まだ食わせるのは早かったか?」
「ええ・・・しかし、こうも雷気に怯えるものなのですか?」
龍算は困った顔で龍希を見る。
「・・・」
少なくとも龍希の子どもたちは雷気に怯えたことはなかった。
それに・・・
「なあ、龍算。この小鹿はさっきまでリュウカの部屋に居たんだよな?」
昨日も思ったが、小鹿から龍算の妻の匂いがしない?
「え?いえ、実は・・・9月に離乳してから妻は・・・育児放棄をしまして。もう子どもの顔を見るのも嫌がるので、別室で守番と侍女たちが世話をしているのです。」
「は?なんで?」
「分かりません・・・いえ、名前すらもらえない子ならもういらないと・・・」
龍算は泣きそうだ。
龍希は頭を抱えた。
『龍算だってこんな状態だ。妻の方がすでに限界にきていても不思議じゃない。』
「参ったなあ・・・一体何が原因なんだ?」
龍希はわけが分からない。
『まさか本当に龍算の子じゃないとか?いや、ありえない。じゃあ誰の子だっていうんだよ?雄は龍算の妻に接触してないんだ。ん?そういえば・・・』
「なあ、そういえば、奥様を訪ねてきた白猫は誰だったんだ?」
龍希はふと、前に竜色が言っていた白猫の面会者を思い出した。
「はい?なんです急に?白猫・・・あ~なんでも妻が成獣する前からの友達らしいです。」
「鹿と白猫は領地の場所が全然違うだろ?どこで知り合ったんだ?」
「え?そこまで詳しくは・・・なんでまた?」
「別に。ちょっと気になってな。妻に聞いてきてくれないか?」
「・・・分かりました。お待ちください。」
龍算は執務室を出て行った。
執務室には龍希一人・・・いや机の下に小鹿がまだいる。
「おいおい、娘を置いていくなよ。」
龍算は随分、注意力が落ちている。昨晩もあまり眠れていないのかもしれない。
龍算は5分ほどで帰ってきた。
「早かったな。」
「いえ・・・白猫は友達だとしか。それ以上は名前も何も教えてもらえませんでした・・・余所の雌に興味があるのかと妻は不機嫌になってしまって・・・」
「なんだそりゃ?まあいい。竜染なら知ってるだろ。」
竜染は龍算の世話役で、龍算の娘の守番になったので今は亭内に居るはずだ。雌の成獣の中で一番若いが働きものだと聞いている。
「龍希様、お呼びですか?」
竜染が執務室にやってきた。
「ああ、悪いな。たいしたことじゃないんだが、前に奥様を訪ねてきた白猫ってどんな奴だ?」
「白猫?あ~奥様のお友達ですか。確か・・・ニャコという若い雌です。」
「鹿と白猫はどこで知り合ったんだ?」
「え?鹿族と白猫族は取引関係にありますから、知り合う機会はいくらでもあったのでは?奥様は生まれた時から鹿族の本家にいらしたわけですし・・・」
「ん?奥様は母親の再婚で本家に入ったんだろ?」
確か妻が鹿からそう聞いたと言っていた。
「再婚?何を仰っているのですか?奥様のお母上は族長の姉君です。再婚などされていませんよ。」
「え?だが、妻は鹿・・・奥様からそう聞いたと言っていたぞ。母親の再婚で弟と一緒に山を離れて本家に入ったって。」
「弟?妻に弟が居るなんて初耳です。」
龍算は驚いている。
「は?」
「龍希様?誰かと勘違いされているのでは?奥様は三姉妹ですよ。」
竜染は龍希を呆れた顔で見てくるが、
「え?いや、そんなはずは・・・じゃああいつ、じゃない奥様は俺の妻に嘘を?」
龍希は意味が分からない。
なんだあの鹿?




