龍久
~柘榴亭~
8月のある日、龍希は日中の守番を終え、夜番の龍光と交代するところだった。本来は守番は2人体制なのだが・・・子が産まれて2ヶ月、柘榴亭には一度もトリの襲撃がないので、先週から守番は1人ずつになった。
「龍希様、実はご報告が・・・私の妻が産卵しまして・・・」
「本当か!よかったな!」
龍光は今年で38、竜冠を産んだ妻と死別した後、シマヘビ族の妻と再婚した。
「はい!ありがとうございます。順調に行けば来月の終わりか10月に孵化する見込みです。それで・・・竜縁様が巫女であることが分かりました。」
「やっぱりか!」
6月に2歳になった龍栄の娘はもう会話ができるほど成長している。
今月3歳になる息子よりも言葉が達者だ。
それに竜冠は龍陽、竜縁、竜琴の3人の巫女を務めたのでもう引退ではないかと女たちが言っていた。
「・・・なのに、龍算様の姫様はなぜ・・・」
ああ、だから子どもができたのに龍光は浮かない顔をしているわけだ。
「いいから、お前は自分の子の心配をしてろ!また守番が2ヶ所で同時に必要になるし、本家に集まるか?」
「それを龍希様にもご相談したく・・・まだ私の巣にトリが来るかわかりませんし、龍算様のところは一人になりましたし、今回は龍栄様と龍希様がお二人ともいらっしゃいますし・・・」
明らかに本家は嫌だという顔だ。
まあ龍希だって嫌だった・・・
「お前と龍算の意見を尊重するよ。正直、転変前の娘を連れた移動なんて二度としたくない。どうしてもってなら朱鳳のあいつを貸してやるが高くつくぞ。」
「ありがとうございます。万一、移動が必要となった時にはお願いします。」龍光は明るい顔になり、一礼して去っていった。
『どいつもこいつも・・・いちいち俺の顔色を伺わなくてもいいのに・・・本当に後継候補筆頭なんて面倒事しかない。』
龍希はため息をつくと妻子の待つ巣に戻った。
10月、龍光の巣であるスミレ亭では卵が無事に孵化したそうだ。
今回も龍希は初日の守番となり、族長、龍緑とともにスミレ亭に着いた。
もうすぐ夕暮れだ。
「え~と、これは・・・若様ですか?姫様ですか?」
龍希は困った顔で龍光を見る。
「まだ分からないのです・・・妻も分からないと。」
龍光も困った顔で答える。
40㎝ほどの子蛇の獣人のどこを見れば性別が分かるのか?
「まあ神殿で巫女に聞けば分かることだ。竜縁は先週から神殿に居る。いくぞ。」
龍光は族長と一緒に馬車に乗って神殿に向かった。
~竜神の神殿~
「おめでとうございます。りゅう光さま、ぞく長。」竜縁は紫髪をツインテールにし、真っ白の巫女服を着て、神殿の最奥にある祭壇の前で待っていた。
「名まえはもうきまってます。わかさまですね。母のクシャナさまからお生まれになった子の名は、
りゅうくです。
おすりゅうのりゅうの字に、ひさしい?をいみする字。大せつに守り、おそだてください。」
竜縁は時々口ごもりながらも、時間をかけて言い終わると祭壇の上にある柿の実を手に取って龍光に渡した。
「わかさまと一しょに食べ・・・おめし上がりください。」
「ありがとうございます。もう立派な巫女様ですね。」
龍光はにこりと竜縁に微笑みかける。
「きんちょうしました。ちゃんとできていましたか?」
「ああ、完璧だった。さすがは竜縁だな。」族長はおじいちゃんの顔になって泣きながら竜縁の頭を撫でた。
「よかった。あ、でもいそいでね。巣にいっぱいトリ来てる。」
「!」
龍光と族長は顔色を変えると馬車に向かって走り出した。
~スミレ亭~
「あ~くそ!見えねえ」
龍希は無音の雷を落としながら悪態をついた。
龍光たちが出発して30分もしないうちにトリの大群が飛んできた。
いくら飛んできても龍希と龍緑なら余裕だが・・・日が暮れて視界が悪い。
真っ黒なトリは闇夜に紛れて音もなく巣に突撃しようとするので、龍希は匂いと雷の光を頼りにトリを屠っていた。
龍緑は・・・まだ慣れないのか雷の数が少ない。
だがここで叱責すれば、真面目な後輩をますます焦らせてしまう。
「龍緑!大丈夫だから落ち着いて雷で殺せ!音が出るのが一番まずい!」
「はい!申し訳ありません。わ!」
龍緑はすぐそばまで来ていたトリに驚きながらも手から雷を出して始末した。
すでに3人分の守番を経験した龍希からすれば、まあいつもどおりの守番業務だ。やはり龍算のところが異常だ。
それとも龍算のところにもトリがきているかな?
龍光たちが戻ってきたのは3時間後だった。
「お疲れ様です。ありがとうございました。」
龍光は、トリ退治を終えて客間で酒を飲んでいた龍希に声をかける。
龍緑は酒を飲んでいる途中で眠ってしまい、龍希の向かいの席でテーブルに突っ伏して寝息をたてている。
「いつも通りの襲撃だったよ。龍緑は暗闇でのトリ退治が初めてだったみたいで疲れて寝た。」
「安心しました・・・と言えば変ですが・・・」
「ああ、やっぱり龍算とこが変だ。それともあそこも今日はトリが来たのかな?」
「龍希、帰り道に柘榴亭に寄って確認してくれ。もしトリがいたら龍算の援助を頼む。」
「はい?嫌ですよ。俺はもう巣に帰ります!妻が寝ずに待ってるのに」
そろそろ子どもたちの寝かしつけの時間だ。
「今は竜の子の安全が最優先だ!柘榴亭にトリが居なければ帰っていい!」族長が龍希を睨む。
「・・・分かりました。」
龍希は渋々、疾風に命じて馬車を柘榴亭に向かわせた。
~柘榴亭~
「龍希様、どうしてこちらに?今日はスミレ亭の守番では?」
龍希の匂いに気づいて龍算が玄関まで出てきた。
柘榴亭は・・・相変わらず静かだ。
「族長命令だよ。トリ退治で疲れてんのに。お前のところを見て来いってさ。」
「あちらにはトリが?」
「ああ、まあいつもどおりだ。あ、若様らしいぞ。龍光にもようやく跡継ぎができた。」
「そうですか。それはようございました。これから転変までが大変でしょうが・・・」
「ああ、こっちは相変わらず静かだな。いいんだか、悪いんだか・・・じゃあ俺はこれで」
「あ!待ってください!」
馬車に戻ろうとした龍希の前に龍算が立ちふさがる。
「なんだ?また今度にしてくれ。俺はもう妻のとこに帰るんだ!」
「少しだけです。私の娘に一目だけ会って下さい!お願いします!」
龍算は必死だ。
「・・・どうしたんだよ?あ~もうわかった!一目だけだぞ、連れてこい!」
龍算のただならぬ様子に龍希は折れた。




