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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第3章 後継候補編
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巫女の不在

6月に入ってすぐ、龍算の妻が娘を出産した。

知らせを受けて龍希が守番として柘榴ざくろ亭に向かうと、族長ともう一人の守番の龍海はもうついていた。


龍算は小鹿姿の娘を抱いて泣いている。待望の第一子だ。性別に関係なく嬉しいのだろう。


『ん?』


竜の子のあの独特の匂いが薄い・・・というか感じない。父たちは母の種族によって匂いの濃さに違いがあるとは言ってたけど・・・まあいいか、これから強くなってくるだろう。


龍算が族長と一緒に神殿に出発したが、もう昼過ぎだ。日没までに戻ってこれるかな?

龍算が戻ってきたら龍希は自分の巣に戻る予定なのだ。まあ生まれたばかりの姫様が最優先だから、帰宅が遅い時間になっても仕方ない。

だが泊りだけは絶対にごめんだ。


どんなに遅くなろうと妻の待つ寝室に帰る!


龍希はそう決意しながら、柘榴亭の上空を睨んだ。

トリたちは竜の子の誕生にもう気づいているはずだ。



~竜神の神殿~

「龍算様、族長。もしやお子様がお生まれに?」


巫女服を着た竜冠と竜縁が神殿から出てきた。


「え?ええ、今朝産まれました。娘の巫女はどちらですか?」


竜冠と竜縁は困った様子で顔を見合わせる。

「どうした?」

族長は首をかしげる。

「竜縁、聞こえる?」

竜冠の問いに子猫の獣人姿の竜縁は首を横に振った。


「・・・困りました。私も竜縁も竜神様のお声を聴いていないのです。」


「はあ?」


龍算と族長は同時に叫んだ。

「ど、どういうことです?」


龍算は信じられない。前代未聞だ。


「私も竜縁も・・・今日お生まれになったという姫様の巫女ではないということです。」


「しかし、では誰が?もしや竜琴様ですか?」


龍希様の娘は確か1歳半ほどだが・・・


「分かりません。先月、竜琴様に会ってきたのですが・・・まだほとんどしゃべれず、意思疎通はできませんでした。」


竜冠は暗い顔で俯く。

「そんな・・・ではこの娘の名前は?」

「私たちにはわかりません。こんなこと初めてで・・・」


竜冠は困った顔で族長を見るが、族長は両腕を組んで真っ青な顔をしている。

龍算はパニックだ。


「ここに居ても仕方ない。一度、柘榴亭に戻るぞ。竜冠、竜縁、もし竜神様のお声が聞こえたら、儂か龍算にすぐに連絡をくれ。」

「畏まりました。」

「かしこ、まいました。」

竜冠と竜縁は一礼すると神殿の中に戻っていった。



~柘榴亭の客間~

「あれ?早かったですね。」


龍希は驚いて族長と龍算を出迎えた。まだ日没前だ。

それに・・・


「まだトリたちは来ていませんよ。だから龍算、そんな顔で心配しなくて大丈夫だぞ。それより姫様の名前は?」


「・・・分かりません。」


龍算は暗い顔でつぶやいた。

「は?」

龍希は龍海と顔を見合わせた。



「はあ?どういうことですか?」


龍算の執務室に移動し、神殿の出来事を聞いた龍希は驚きのあまり大きな声が出た。


「落ち着け、龍希。こんなこと前代未聞だ。儂にも竜冠にも分からん。」


族長は両腕を組んで険しい顔をしている。


「いや・・・しかし・・・娘が巫女のはずがないです。まだほとんどしゃべれないし、妻から30分も離れられないし・・・」


「とにかく、儂とお前で竜琴と話に行くぞ。龍海、ここは任せた。もうすぐ龍緑が来るはずだ。」


「はい。龍算様もいらっしゃいますのでここはお任せください。」



龍算と龍海に見送られて、龍希は族長と馬車に乗った。

枇杷亭までは30分もかからない。


「まさかこれも竜神の呪いですか?」


龍希と違って龍算は呪いを受けるようなことはしていないはずだが・・・


「分からん・・・だが、竜琴だって名前は授けられた。こんなこと初めてだ・・・それに呪いなら、どうして儂ではなく、無関係なものたちばかりに」


父は頭を抱えてしまった。



~枇杷亭~

「パパーおかえり」

龍希が玄関に入るなり、息子が廊下を走ってきた。

「ただいま。龍陽。」

「あ!じいじ」

「お~龍陽。また大きくなったか?」

父は満面の笑みで息子を抱っこする。


「あなた、おかえりなさいませ。お館様いらっしゃいませ。」

妻が娘を抱っこして廊下を歩いてきた。

「ぱ~ぱ~」

娘が両手を龍希の方に伸ばしてきたので、龍希は娘を抱っこすると妻の唇にキスをした。


「ただいま。まだ仕事なんだ。ちょっと子どもたちをかりるよ。」


「では、私はリュウカの部屋に居りますね。」

理解の早い妻はにこりと微笑むと一人で部屋に戻っていった。

本当は妻に同席してもらった方が娘と話しやすいのだが、龍算のところの異変は妻たちには絶対に秘密だ。



「・・・」


執務室で父と2人あれこれ娘に質問してみたが・・・全く会話にならない。

娘は飽きて、息子とリンリン棒で遊び始めてしまった。


「竜琴は・・・違うな。やはり巫女になるには幼すぎる・・・」

父はまた頭を抱えてしまった。


「明日、女たちに聞くしかないですね・・・」


巫女のことは女たちの方がはるかに詳しい。


「そうだな。明日会議を招集する。お前は昼前に来てくれ・・・」

族長は肩を落として帰っていった。



~龍希の寝室~

「あなた、龍算様とソラ様のお子様は・・・女の子だったのですか?」

その夜、妻が寝室に入ってくるなり口を開いた。

「え?なんで知ってるんだ?」


「龍陽が先ほどそう言ってましたので・・・」


「・・・どこまで聞いた?」

「・・・お名前がなくてパパとじいじが困ってる、巫女がいないと。」

妻はためらいがちに答えた。


油断した!

息子は執務室に居てもまだ理解できないと思っていたのに・・・


「すみません。聞くつもりはなかったのですが・・・あの子は寝る前にたくさんしゃべるので・・・」

「あ~内緒にしててくれ。大丈夫だ。明日の会議で竜湖たちに聞けば解決するさ。」


龍希は笑顔を作って妻を抱きしめた。


「・・・子どもたちもお連れになりますか?龍陽は誰にしゃべるか・・・」

「そうだな。芙蓉も一緒に来て客間で待っていてくれるか?」

「はい。」


妻はほっとしたような顔になる。妻は幼い子どもたちと離れるのを嫌がるのだ。


「大丈夫だ。竜琴は無関係だと分かったから。何も心配いらないよ。」

「あなたがそう仰るなら。」

妻は甘えるように龍希の胸に顔を擦り付ける。

龍希は妻のあごに手を添えると唇を重ねた。

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