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「っ、素敵です、フリージア様!
素敵すぎますぅ」
「え、ちょっとアンナ!?
あなた泣いているの?」
だってぇぇ、とアンナは目からボロボロと涙をこぼしていく。大きくなって、という言葉もしっかりと聞こえているからね。
デビュタントの夜会は通常の夜会よりも早めの時間から始まる。人生で唯一の日に備えて、私は早朝から始まった準備にすでにへとへとになっていた。それでも侍女たちの尽力によって仕立て上げられた自分の姿は、確かに普段よりも数段きれいに見える。
デビュタントを迎えることで初めて髪をすべて結い上げたから、首筋が少し寒い。それでもそれが少しだけ誇らしかった。
そしてドレスはやっぱり最高の出来だった。コルセットによる締め付けは確かにきついけれど、きつすぎることはない。それでもシルエットがきれいに描かれている。ドレスだけでも輝かんばかりに美しかったから、それが最大限私の魅力を引き出してくれているように見える。そして体を包むドレスの肌触りが良すぎる!! レース編みの袖は肌が見えそうで見えない。この技術、本当にすごい。
耳元を飾るアクセサリーもセンタリア商会の皆が全力で用意してくれたものだった。私がユースルイベ殿下の婚約者となったその日から、私のデビュタント、そしてその後使うアクセサリーを作るための宝石を集めてくれていたらしい。そのデザインは何とアンさんが手がけてくれたと聞いたときは思わず泣きそうになっていた。
仕上げに胸元に水色のステラが差し込まれる。王室の一員として認められている証拠だ。鏡で見た自分の姿に思わず背筋が伸びる。今日から私は成人となるのだ。
準備が整ったところで部屋の扉がノックされた。アンナがその主を部屋へと入れる。そちらに目を向けるとナフェルがいた。ナフェルは扉口でピタリと動きを止めてこちらを見つめている。
「こんばんは、ナフェル。
そんなところに立っていないで中に入ったらどう?」
「あ、す、すみません。
とてもお綺麗です、姉上」
「まあ、ありがとう」
そのままぎこちない動きでこちらに来たかと思うと、大きな花束を取り出した。お祝いです、そう早口で言って私の方へと押し付ける。どうしてそんなに顔を赤くしているのかしら。
なにやらほほえましそうに見守っているアンナに言われて席に座り、紅茶を口にするとようやく落ち着いたようだった。
「取り乱して申し訳ございませんでした、姉上。
その、あまりにお綺麗で……」
社交辞令だとしても弟からそうほめてもらえるのは嬉しい。落ち着いたナフェルはそのあとつらつらと今日の夜会で気を付けることを述べていた。あれ、私の方が年上だし、夜会の経験もあるにはあるのだけれど……。
「特に!
ユースルイベ殿下にはお気をつけくださいね!!」
「え、ええ……」
「その言い草はないのではないか?」
ばんっ、と力強くテーブルをたたいたナフェルに注意すべきか迷っていると、すぐ後ろから声が聞こえた。振り返ると、そこにはやっぱりユースルイベ殿下の姿が。いつの間に来たのかしら。ナフェルも気がつかなかったようで、驚いた顔をしている。
「本当に美しいよ、フリージア。
今日踊れることを楽しみにしている」
「あ、はい……」
夜会のために支度を終えたユースルイベ殿下はかっこいい。詰襟のジャケットも、後ろになでつけた髪型も、すべてが似合っている。もうすっかり成人男性だ。
「会場で待っているから」
まだ来たばかりではあるけれど、そう言ってユースルイベ殿下はすぐに部屋から出て行ってしまった。今日の夜会の主催側とあってかなり忙しいらしい。ユースルイベ殿下を見送って少しすると、マリー殿下とパルシルク殿下が私の部屋を訪れた。
そして、ほかの人と同じように私を見て一通りほめてくれると、すぐに部屋を出ていく。私が緊張しているんじゃないかと心配して、忙しい時間の合間をぬってきてくれたよう。王妃様も本当は来たがっていたけれど……、とマリー殿下が口にしていた。
今の王妃様とマリー殿下には以前のようなわだかまりはもうない。それはユースルイベ殿下と王妃様の間にも。それぞれの間に何があったのか私にはわからないけれど、せっかく家族になったのだ。仲が良い方がいいに決まっている。今日の夜会も王妃様とマリー殿下が特に尽力していたみたいだし。
そうして訪問者を迎えた後、とうとう夜会が始まる時間が迫っていた。思っていたよりも緊張していない。それはきっと、私のもとを訪ねてくれた親しい人たちが会場で待っていてくれているからだろう。ナフェルはついていけないことを最後まで残念がっていたけれど。
部屋から出ると、そこにはいつものようにフェルベルトが立っていた。でも、服装はいつもとは違い、夜会に出るための盛装になっていた。聖騎士なのだから、正直白を着ても誰も文句は言えないと思うけれど、今日は水色をベースとした服を着ている。そんな服装もしっかり様になっている。
「とても、お美しいです、フリージア様。
デビュタントの日を迎えられましたこと、心よりお祝い申し上げます」
「ありがとう」
「会場までのエスコートを務めさせていただいても?」
「ふふっ、よろしくお願いするわ。
……いつもありがとう、フェルベルト」
「もったいなきお言葉です。
これからもどうぞ、よろしくお願いいたします」
差し伸べられた手に、手を重ねる。初めてフェルベルトに出会った日を思い出す。あの時は自分のギフトが嫌で、逃げることしか知らなかった。そんな私のせいで、この人はいらぬ苦労を強いられたことだろう。それでも、文句ひとつ言わずに今日まで仕えてくれた。
その忠義に私が返せるものはきっとあまりない。誰よりもギフトに生を縛られた人。その生を振り返ったとき、少しでも自信をもって幸せだと言ってもらえるように私にできることをしていきたい。
会場の扉の前には私と同じように白いドレスに身を包んだ少女たちが数人いた。その中に見知った顔を見つけてほほ笑みかける。そしてお互いのドレスをほめていると、ついに名前が呼ばれ始めた。一人ひとり会場の中へと入っていく中、私の名前が呼ばれたのは最後だった。
会場に入った瞬間に人の目をひしひしと感じる。でもそれに動揺せずに、一歩ずつしっかりと正面の王座にいる陛下と、その下で立っている王妃様に向かって歩いていく。顔はまっすぐ前に、背筋はきちんと伸ばして。
そしてようやくたどり着くと、両陛下の前でカーテシーをする。きっと今までで最高にきれいなカーテシーができた。そのまま頭を下げていると、王妃様がおめでとうと声をかけて頭にティアラを乗せてくれた。
「ありがとうございます」
ゆっくりと頭を上げ、王妃様に微笑みかける。王妃様の表情を見る限り、どうやら合格点はもらえたみたいだ。
そしてそのままダンスへと移っていく。本来なら主賓が最初のダンスを踊るが、今回の主役はデビュタントを迎えた者たち。パートナーと一緒に中心へと出ていく。私のパートナーはもちろんユースルイベ殿下。
今日のために何回も練習したダンス。もう体が勝手に動いてくれる。指の先まで、足の先まで丁寧に。
「本当にきれいだよ。
そんな君と最初に踊ることができて光栄だ」
「ありがとう、ございます」
「明日から……、君の時間をもらえないか?」
「え……?
どういうことですか?」
「一緒に行ってほしいところがあるんだ。
もう許可はいただいている」
「それなら、私に異論はありませんが……」
でも、どこに? そう口にする前に、ユースルイベ殿下は心からの嬉しそうな笑みを私に向ける。何それ、反則。何とか平常心を保って、そう思っているけれどきっと顔色はごまかせていない。もう、なんなのよ!
何とか最後まで踊り終わると礼をして一度殿下と離れる。あれ……? こういうのって拍手があるものじゃない? そんなことを考えていると、会場が揺れんばかりの大きな拍手の音が聞こえてきた。え、え、こんなに大きいもの? それに気のせいでなければ、会場中の視線がこちらを向いている気がする。
困惑して傍にいるユースルイベ殿下を見ると、にこりとほほ笑んでいた。って、今なんだか悲鳴が聞こえなかった? 王妃様の方にも目を向けると、満足そうな笑みを浮かべていた。これは大成功ということでいいのよね。
「それじゃあ明日、よろしくね」
そのまま引き留める間もなくユースルイベ殿下は離れていった。もう、なんなのよ……。
そのあとはマリー殿下とお話したり、友人となったご令嬢からお祝いの言葉をいただいたり、フェルベルトやパルシルク殿下と踊ったりして楽しい時間を過ごすことができた。