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侍女に入れてもらったお茶を飲みながら、初めてつくった花束を見る。どこもおかしなところはないよね。これを殿下に渡しても不敬にならないよね。見れば見るほど不安になっていくし、やっぱり専門の人に作ってもらったものの方がいいのではないか、なんて思う。そのたびに侍女に励ましてもらっているうちにアンナが戻ってきた。
「ご快諾いただけましたよ。
ちょうど今、お時間があるそうです」
「今⁉
え、あ、じゃあすぐに準備をしないと」
一応外を歩ける恰好ではあるけれど、殿下に会うのならもっとちゃんとした服装の方がいいのかな。えっと、髪型は……。
焦っていると、アンナの咳払いが聞こえてきた。そちらに目を向けると、にっこりと笑みをつくっている。
「髪を少し整えるだけにして、参りましょう。
マリアンナ殿下がお待ちですから」
「は、はい……」
ささっとすこし崩れていた髪を梳かして結いなおしてくれる。これで完璧ですという言葉も添えて、ためらいそうになる私の背中を押してくれる。アンナにはマリアンナ殿下とのこともユースルイベ殿下とのことも詳しく話したことはない。でも、何も聞かなくても私の望むように力を添えてくれることが嬉しかった。
緊張しながら廊下を歩いていく。同じ王城内。でも、こっちの方には来たことがない。同じ装飾を使っているはずなのに、どこか雰囲気が違う気がする。きょろきょろとしたい気持ちを押さえて、私は先導に続いて歩いた。
「こちらになります」
少々お待ちください、というと、侍女が扉をノックする。すぐに入っていいと返事がきた。一気に緊張しながら花束を抱えなおす。ゆっくりと侍女が扉を開けてくれた。
「なんだかお久しぶりですね、フリージア様。
お会いできて嬉しいです」
「あっ……、お久しぶりです、マリアンナ殿下。
突然の訪問、お許しいただきありがとうございます」
変わらない柔らかい笑顔で出迎えてくれたマリアンナ殿下に、申し訳ないという思いがこみ上げてくる。丁寧に礼をすると、すこし寂しそうな顔をした。
「あ、あの、今日はこれをお渡ししたくて……」
気まずい空気に耐えられなくて、持っていた花束をすぐに渡す。マリアンナ殿下は驚きながらもそれを受け取ってくれた。
「え、花束、ですか?
これを私に?」
そうですよね、意味が分からないですよね! 急に花束だけ渡されても。えーと、えーと、どうやって殿下と話をしていたんだっけ。言葉を探して慌てていると、アンナが助け船を出してくれた。
「横から失礼いたします。
こちらはフリージア様自らが摘まれて、作られた花束でございます」
「え、フリージア様が、私に……?」
「あ、あの、はい……。
よろしければ受け取っていただけると嬉しいです。
マリアンナ殿下を想って……、作ってみました……。
その、素人の感覚でつくったものなので、あまり見栄えが良くないかもしれません。
ああ、もう、気に入らなければどうぞ捨ててください!」
焦って何を言ったらいいのかわからなくて、そんなことを口走っていた。マリアンナ殿下はきょとんとした顔をしていたけれど、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「とっても素敵です!
フリージア様が私を想ってつくってくださっただけでもとても嬉しいのに、こんな素敵なものをいただけるなんて」
それは感動しすぎでは? と大げさなくらい喜んでくれたマリアンナ殿下を見て、肩の力が抜ける。良かった、喜んでもらえた。拒否しないで、くれた。
「よかった……、私嫌われてしまったのではないかと思っていたのです」
「それ、は……」
ぽつりとこぼされた言葉に言葉が詰まる。嫌ってなんかいない。だけれど、混乱して、どう接したらいいのかわからなくて。その戸惑いで殿下を傷つけていた。嫌っていないと、むしろ好意を抱いていると伝える前に、どうしても確かめたいことが一つあった。
「一つ……、お聞きしてもいいですか?」
「え、あ、はい。
もちろんです。
その前にどうぞ中に入ってください。
大したおもてなしができませんが……」
「ありがとうございます。
でも、今お聞きしたいのです」
無理に押し通してしまったけれど、それでも中に入る前に聞きたかった。もし、少しでも知っていたそぶりがあったらすぐに部屋に戻れるように。
私の様子に不思議そうな顔をしながらも、マリアンナ殿下はうなずいてくれた。
「マリアンナ殿下は……、知っていらしたのですか?
私が『神の目』のギフトを持っていることを。
私が、子爵令嬢であることを」
本当は目をそらしたかったけれど、まっすぐにマリアンナ殿下を見る。今後疑わないで済むように、殿下をまた信じられるように。私の言葉を聞いた途端、殿下は目を見開く。だけれど、すぐに真剣な表情で私を見つめ返してくれた。
「私は、知りませんでした。
あの日、お兄様がフリージア様に話していることを聞いて、初めて知りました」
「そう、ですか」
予想通りであり、望み通りの答え。ほーっと大きく息を吐きだす。良かった、マリアンナ殿下は本当に私個人と、フィーアと仲良くしてくれていたのだ。
「よかった……」
『神の目』をギフトをもつ者でない私が、ちゃんと殿下に受け入れられていたんだ。それが、何よりもうれしかった。
「フリージア様、中に入ってお茶でもいかがですか?」
私の様子に不信感を抱いてもおかしくないのに、マリアンナ殿下は柔らかく笑って、そう話しかけてくれる。その誘いに今度は素直にうなずくことができた。