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「私、聞いてしまったの。
本日はパルシルク殿下が参加されているようですわよ」
「まあ、第二王子殿下が⁉
ここだけの話、お母様がおっしゃっていたのですが、王太子の位に近いのは第二王子殿下の方らしいのです」
「第一王子殿下は、お母様が……」
ひそひそと内緒話をするかのようなご令嬢たちの話。こういうところはいつの時代も変わらないのね。それにしても、今の王家はなかなか複雑なことになっているのね……。第一王子のほうが本来は王太子に就くべきなのに、後ろ盾の関係で決まり切れないなんて。
表面上はにこやかな笑顔を浮かべながら令嬢たちの話を流し聞く。それにしても今回のお茶会はとても大規模なものね。子爵家である我が家にも声がかかっている時点で珍しいことではあるのだけれど。
そうこうしていると、一気にざわめきが大きくなる。声の出どころのほうへ目を向けると、そこにはひと際煌びやかな衣装を着た少年が立っていた。さらさらと動く金の髪に一瞬ドキリとする。関係ないと思うのに、あの時サラシェルト王太子と共にいる姿を視てしまった女性。あの人の髪を思い出してしまった。
「まあ、とても素敵な方!」
「本当に。
その立ち姿からも高貴さが分かりますわ」
今までめったに人々の前に姿を現さなかったという王子は、人々の注目を集めながら庭園の中心に立つ。その横にはこのお茶会の主催者である王妃が立っていた。
「皆様、今日はお集りいただきありがとうございます。
ぜひ最後まで楽しんでいってくださいね。
今日は皆さまに私の息子を紹介いたしますね」
少し釣り目気味で気が強そうな王妃様がそういって隣に立つ第二王子を見る。王子は王妃様のほうを一度見ると、一歩前へ進み出た。
「皆様、初めまして。
僕はパルシルク・クアルゼット・バニエルタと申します。
これからお会いする機会も増えるかと思いますが、よろしくお願いします」
赤い瞳を細めてほほ笑むパルシルク殿下に多くの令嬢がほほを染める。その演技がかった様子にそっと目をそらしてから違和感に気が付いた。クアルゼット? 先ほどパルシルク殿下はクアルゼットと名乗った? いえ、なにもおかしいことはないはず。授業でも今はクアルゼット王家の時代だと習ったもの。
でも、違和感がある。……そうだ。サラシェルト殿下はグージフィと名乗っていたわ。あの時はグージフィ王家の時代だった。今まで何の違和感もなく受け入れていたものが、急に受け入れがたいものになる。この感情を一体どう表現したらいいのだろう。
ふらふらとその場を離れて、とにかく一人になりたかった。詳細は変わってしまったとはいえ、慣れ親しんでいた庭園。私の足は勝手に東屋へと向かっていた。
……グージフィ王家が終わっていた。けれど、主権が変わるような何かが起きたとは習っていない。この入れ替わりはとても穏やかに行われたはず。そう、例えば後継者がいなかった、といった理由で。クアルゼット家……。確か王弟殿下が嫁がれた家がクアルゼット公爵家だったような気がする。
そっか、もう途切れてしまっているのね。彼の血筋は……。
「うぅ、うっ、くっ」
「え……?」
泣き声? こんなところで? もう少しで東屋、そういったところでふいに聞こえてきた泣き声に今までの考えが霧散していく。声の出どころを探していると、花壇の垣根にうずくまっている少年がいた。
「大丈夫……?」
思わずかけた言葉にびくりと肩が揺れる。その顔がパッと上がると赤い瞳と目が合った。その目が少しだけ開かれる。
「どうして、こんなところに……」
「目、赤くなっちゃうよ」
差し出したハンカチをおずおずと受け取った少年は、それで涙をぬぐうこともしないままこちらを見つめてきた。きれいな瞳だな……。
「君はお茶会の参加者……?」
「ええ」
「どうして、こんなところに?
今会場にはパルシルクがいるでしょう?」
「……なんだかなじめなくて」
さすがに王家が変わっていることに動揺して、とは言えずそう濁すと、少年はなじめない……と小さくつぶやいた。
「じゃあ、僕と一緒だね」
「一緒?
なじめなくて泣いていたの?」
「……そう、かな」
それきり黙ってしまった少年に、なんと声をかければいいのかわからない。悩んで、近くの花壇から1輪だけ花を貰った。記憶の中と同じ、水色のステラの花を。それを見られないように袖口に隠して、と。
「見ていて」
何も持っていない手を少年に見せて、くるりと手を一回転させる。その間に袖口の花を手に滑らせる。ナフェルを喜ばせたくて身につけたもの。
「どうぞ」
「……、すごい、すごい!
もしかして、君のギフト?」
何も無いところに花を咲かせる。本当にそんなギフトだったら良かったのに、そんな思いが一瞬過ぎりながらも違うわ、と首を横に振る。
「弟を喜ばせたくて練習したのよ」
「すごい、練習でできるようになるなんて!
……、お花ありがとう。
大切にするよ」
元は王城の花。少し罪悪感を覚えながら少年を見ていると、ふと脳裏に鈍い頭痛と共にとある画が浮かんだ。おそらく目の前の少年が成長した姿。凛々しい姿で大勢の前に立っている、そんな画。
「ふふ、君はきっと立派な人になるわ。
だからどうか自信をもって」
目の前のなじめないと泣いている、小柄な少年からは想像しがたいおそらく未来の画。それを伝えることはできないけれど、少しでも元気を出してもらいたくて笑顔でそう言い切る。ほら、と手を差し出すと一瞬固まった後に少年は手を差し伸べた。
「会場に戻りましょう?」
「……本当に、なれると思う?
立派な人に」
自信なさげに下を向く少年。ギフトのことは言えないけれど、これだけは自信をもって言い切れる。
「ええ、絶対に」
「……ありがとう。
そういってくれる人がいるなら、頑張ってみる」
泣いて眉が下がっていた少年が、その瞬間花がほころんだようにほほ笑んだ。ああ、私、本当はこういう風にギフトを使いたかったのかもしれない。国を動かすような大事ではなく、こんな風に誰かを笑顔に、幸せにできるように。
会場には一人で戻りたい、そう言われて少年と別れて会場に戻ると、そこではいまだに第二王子を中心ににぎわっていた。泣いていた少年を探しながら、私はそのあとの時間を過ごすこととなったが、その後会場に少年は姿を現さなかった。
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