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 話がひと段落したタイミングで、部屋に人が入ってきた。その人は軽食を持っていて、それを見た途端今まで自覚していなかった空腹に気が付いてしまった。


「ああ、長話しすぎたね。

 食べられるだけ食べて」


「ありがとうございます」


 軽食を持ってきた人は、食事を机に置くとすぐに立ち去っていった。ユースルイベ殿下に見守られながらの食事はなんだか緊張するけれど、今はまず食事! それにしてもいつまでこの人はいるのだろうか。


 もぐもぐと食べていると、不意に殿下が私の髪に触れてきた。


「な、なにを⁉」


「あっ、すまない……」


 って、そこで顔を赤くしないでいただきたいのですが……。私の方が恥ずかしくなってきちゃうので。


「この髪の色、瞳の色は、生来のものなのかい?

 弟君もご両親も違うだろう?」


 殿下の言葉にああ、とうなずく。平民によくあるこの色合いは、貴族には少し珍しい。それに殿下は私の家族のことも知っているから、疑問に思うのも当然かもしれない。


「これは、魔道具で色を変えているのです」


「魔道具で……?

 でも、君は魔道具を身に着けていないだろう?」


「隠匿のギフトで隠してもらっているのです。

 子爵家にいたときの私のメイドが、そのギフトを持っていまして」


「ああ、なるほど」


 そういって、久しく触れていなかった魔道具に触れる。それはギフトの力で今も見えないけれど、確かにずっとここにはまっていた。もう今更隠す必要もないか。


 あの日、屋敷を出たとき以来初めて、私は魔道具の効果を切った。隣で驚いたような声が聞こえる。そっと自分の長い髪を確認してみると、久しく見ていなかった髪色が現れていた。ああ、そうだ。私の髪はこんな色だった。


「それが、君の髪の色なんだね……」


「はい」


 答えると、殿下はきれいな髪色だ、といって優しく笑った。その様子に思わず顔が赤くなる。だって、平民には珍しくても、銀髪なんて貴族にはたくさんいる。そんなに珍しいものでもないのに。


「て、手紙」


「手紙?」


「書いちゃいます。

 皆に」


 殿下の視線から逃れたくてとっさにそういうと、ああ、とうなずかれる。よかった、納得してもらえた。ゆっくり休んで、と言って殿下は部屋を出ていく。ようやく一人きりになれた。


 食事を終えたら、先ほど言ったように紙を取り出す。手紙を今のうちに書き上げてしまえば、明日にはもっていってくれるはず。でも、ペンを持ってそこからどうすればいいのかわからなくなってしまった。何を、書けばいいのだろう。


 急に出ていくことになってすみません? 今までお世話になりました? わからない。何を書いても、あれだけお世話になった人たちに顔を見せずに去っていくことには変わりない。私に、勇気がないばかりに。でも、また会ったら、きっとここにいたいって言ってしまう。まだ覚悟ができていなかったから。そうしたら、皆に迷惑をかけてしまう。


 一度息を思い切り吐き出して、そして吸う。それを何度か繰り返す。心配させるようなことはかけない。でも、せめて事実は伝えたい。そして謝りたい。ギフトを持っていないと嘘を伝えたこと、実は家出をしてきたこと。感情のままに書いてしまったから、中身はぐちゃぐちゃ。


 前世までにいくらでも習ってきた手紙の書き方なんて、ここでは何の役にも立ってくれなかった。最後に一人一人にメッセージを書く。ようやく書き終えると、ゆっくりと、心を込めて封をした。


 完成したばかりの手紙をもって扉を開けると、そこには変わらず聖騎士様がいた。こんな時間まで、そう思ったけれど、そういえばこの人はいつもこんな感じだった。


「どうされましたか?」


「あの、この手紙をリミーシャさんたちに渡してもらいたくて」


「必ず届けます。

 ……あの、怒っていらっしゃいますか?」


 用事が終わって、再び部屋に入ろうとしたとき、小さな声で聖騎士様がそうつぶやく。私が、聖騎士様に、怒る? 言葉の意味が分からなくて、きょとん、と聖騎士様を見上げる。こうなってから初めて見たその瞳は、また、あの不安に揺れたものだった。


「どうして、怒るのですか?」


「あなたは、フィーア様として生きたいと話していたのに。 

 それを叶えて差し上げることができなかった……」


 聖騎士様の言葉に、ああ、と思う。そういえばそう話していた。でも、今となってはもういいのだ。私はもうあの家から離れることを決めたし、結局王太子の婚約者となった。今までのは無駄なあがき。ただ、それだけだったのだ。


「大丈夫、怒っていませんよ。

 それより、いらぬ苦労を掛けました」


「苦労なんて、そんなこと!」


「あなたももう休んで。

 いつまでも警護になんて立っていられないでしょう?」


 そう告げた私に、彼は何か言いたそうな視線を向けてくる。でも、これ以上何を言ったらいいのかもわからなくて、私はそのまま部屋の中へと戻った。背後からおやすみなさい、という声が聞こえた。


 ベッドに横になっていると、眠気は勝手にやってくる。もう、今日は疲れてしまった。今は何も考えずに眠ってしまおう。



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