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 その日から、私は何か視るとできるだけ手紙に書いて騎士団に届けることにした。ただ、できるだけ内容を確認してから。図書館などで調べてみて、過去や未来のことだとわかった場合はメモだけにとどめておくことにした。


 ギフトが使われるたびに頭痛は増していったが、まだ我慢できる程度。皆に迷惑をかけないように気を付けつつ、仕事の合間にルイさんに頼まれた刺繍をしていった。ほとんど色の指定を受けなかったから、色合いを考えるのもなかなか難しい。でも、マリーさんのことを想像しながら色合いを決めて、グラデーションも導入してと、かなり楽しい。


そして、その間にもほかの仕事を引き受けてみると、意外と好評だった。商会を通した依頼に関しても、思っていたよりも依頼が来ることになった。商会に関しては、家紋を入れてほしいというものが多いけれど。


 そうして過ごしていくうちに、また季節は巡っていった。あの時できた縁から、リンガー布店への注文がしやすくなったってブランスさんは喜んでくれていた。


ほかにもマリーさんはお店に出ることも増えてきて、最近ではマリーさんだけが訪れる日もあるほど。だんだんと寝込む日が少なくなってきたみたい。そんなマリーさんを見ていると弟を思い出す。あの家を出てから、結局子爵家の話が耳に入ることもなくなったけれど。


「フィーア、ごきげんよう」


 手元を動かしながら、物思いにふけっていると聞きなれた声が聞こえる。その声に顔を上げると、そこには予想通りマリーさんが立っていた。つい、その近くを探してもルイさんは見当たらない。


「ごめんなさいね、今日もお兄様はいないの。

 実家の方に顔を出す日が増えているのもあるのだけれど……」


「そうなのですね」


 すっかり見破られていることに、つい顔が赤くなる。私そんなにわかりやすかったかな。この数か月、こうしてマリーさんと話すことでマリーさんとはずいぶんと親しくなった。おこがましいかもしれないけれど、友人と思えるほどに。


 そうだ、今日は大事な用事があったのよね。一度裏に戻らせてもらって、目的のものを手に取る。丁寧に時間をかけて刺繍したかいもあって一番の自信作になった。


「マリーさん、ずいぶんと時間がかかってしまいましたけれど、ようやく完成しました」


 どうぞ、とマリーさんに手渡す。いつもなら袋から取り出して完成品を確認してもらうのだけれど、これは驚いてもらいたい気持ちもあって袋のまま手渡した。


「もしかして……」


 つぶやいて、袋を手に取る。袋から中に入っていたポーチ、と言っていいのかわからないものを取り出す。何か月もかけて完成させた力作。ルイさんを通して依頼された刺繍がようやく完成したのだ。


「すごいわ……、本当に完成させたのね」


「はい。

 時間がかかってしまいすみませんでした」


「いいえ、大丈夫よ。

 ありがとう」


 本当に大変だったけれど、達成感もすごかった。完成した後、しばらく眺めてしまったもの。これを完成させられたら、もう何も怖いものはない気がする。


「確かに受け取ったわ」


 じっと受け取った刺繍を見つめたマリーさんは、ふっと嬉しそうに笑った。


「いつか、フィーアにもっと大きな仕事を頼むことになると思うの」


「大きな仕事、ですか?」


 ええ、とうなずくだけで、今その仕事を依頼するつもりも、説明するつもりもないようね。そのあとは侍女の方と清算をして、無事この依頼を達成することができました! はぁ、安心感もすごいけれど、ちょっと寂しい気もしちゃう。


 マリーさんはそのあと、少しだけ会話をしてお店を去っていった。もう店じまいも近い時間。今日はリミーシャさんはお休みだから私がお店を閉めなければいけなかった。とはいえ、閉店の時間には商会から応援が来る予定だけれど。


 そろそろお店を閉めようかな、と扉に手を触れたとき、扉が勝手に開いた。いや、誰かが開けたのだ。


「あ、すみません。

 今日はもう……」


 しめるんです、そう続けようとしたとき、ぐいっと手首を握られた。ぱっと相手を見ると、深くフードをかぶっていて顔は見えずらい。でも、かすかに見える顔立ちとその瞳にどこか既視感があった。


「あなた……」


 その瞳は大きく見開かれている。ふいに、その瞳からぽろりと涙がこぼれた。


「えっ⁉」


「どうして!

 っ……、さない」


「あの?」


「許さない、皆を悲しませたら」


 戸惑っている間にもフードかぶった少女は強い瞳でこちらを射抜きながら、ぽろぽろと涙をこぼしていく。でも、それに気づいてすらいないように瞳をそらさず、言葉を紡ぐ。私に付けてくれている護衛が動く気配がすると、その少女は私から離れていく。


「あの⁉」

 

 そのまま、その少女は街中へと消えていった。


「フィーア様、大丈夫でしたか?」


「は、はい」


 呆然としながらうなずく。隣で護衛が遅くなって申し訳ございません、というのが聞こえるけれどそれどころではなかった。まさか、あの子は……。いや、そんなはずがない。


 ふー、と息を吐きだして、吸う。それを何回か繰り返して、ようやく落ち着いてきた。切り替えないと。もう一度、護衛に大丈夫です、と伝えて、途中になってしまった店じまいを再開した。そのころには商会からの応援の人が到着して、なんとか無事に最後まで店じまいをした。



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