初夜のその後③ ~結婚は通過点~
R15なのであまり詳しい描写は書けません。何となく想像していただけると助かります。
「あ、また寝ちゃった!」
慌てて飛び起きる。ぼんやりした頭で見渡すと、対角線上に座っているアムと目が合った。クスッと笑われた気がしたが、それどころではない。状況を確認しようと窓の外を見ると、屋敷が見えた。
ああ、良かった~。そんなに時間は経っていないわ。
ほっと胸を撫で下ろす。寝てしまい、そのまま朝を迎えるという恐怖がまだ残っているのだ。
「まだ寝ていても良い……。ここの所、あまり眠れていないのだろう?」
「アムこそあまり眠れていないのでは?」
「いや、まあ、そうだが」
お互いを気遣うも、私たちは自分自身の事さえ上手く出来ていない。気遣えば気遣う程、その言葉が自分に返ってくる。まさに気遣いブーメラン。
今の状態では何をするにも上手く出来ないと考えていると、馬車が止まった。屋敷に着いたようだった。馬車を降りるや否や、使用人たちが駆け付けてくる。
「旦那様、奥様、お帰りなさいませ」
「奥様、早まったご決断をされてはいませんか?」
「奥様、離縁なんて事は……」
「奥様、奥様~!!」
使用人たちが私の周りに集まり、「奥様」という言葉を連呼する。その後に必ず、離縁を引き留める言葉がかけられた。
そう言えば屋敷を出る時、ろくに説明もせずに出て行ったんだっけ。ああ、急いでいたとはいえ、悪い事をしてしまったわね……。
誤解を解こうと思い使用人たちを落ち着かせていると、私の背後が急に暗くなった。
「離縁……だと……?」
慌てて振り向いたが、もう手遅れだと瞬時に悟った。面倒くさい事態になっている。
アムはどす黒いオーラを漂わせて、毒蠍の加護魔法まで使っている。アムの背後からにょきにょき顔を出した毒針を見た使用人数名は、役割も忘れて固まってしまった。
私たちは結婚してから色々すれ違っている。今もそうだ。話がややこしくなる前に話し合いたいのに、アムの顔と言ったら寝不足と疲れも相まって、酷い形相。それはきっと私も同じ。
でも、未来の私から見たらきっと今の事全てが、通過点だ。結婚なんてゴールじゃない。死ぬ間際まできっと通過点。
アムの毒針をそっと撫でると、ビクッと反応して消えてしまった。
「心配してくれてありがとう。私たちは暫く部屋へ籠ります。気遣いなく各々の仕事を全うしてくれると助かるわ」
使用人にそう告げて、アムの手を引っ張っていく。そのまま私の寝室へ連れて行くと、アムが怪訝そうな顔をした。
「待て、ロメリア……」
「いいえ、もう待ちません。このまま誤解したまま、お婆さんになる気はないのよ」
「夫婦と言えど、キミの部屋に入るのは……」
「じゃあ、改築して一緒の寝室にします?」
「いや、このままでいい。僕とロメリアの寝室は繋がっているだろう?」
「そうですね。鍵も付けていないし、扉は国境でもないから通行書もいらない。気軽に入れるわね。でも、アムがここを通った事はないわ」
痛い所を突かれたのか、アムは気まずそうな顔をして視線を漂わす。
「……それは僕の落ち度だ。だが、ロメリアが近くにいると、スライム状の黒いものがキミの部屋を汚してしまうかもしれない。大切な人形たちも……」
アムの視線の先には、人形がたくさん置いてある棚がある。棚以外にも人形が至る所にあり、部屋に彩りを添えてくれている。
エリオットと一緒に作った大切な物で、おそらくエリオットの加護付きの物やラッキーアイテムの人形もある。また、人形は聖女の力を使う媒体でもあるから、私にとって身を守る武器にもなる必要不可欠な物だ。
それがアムにも分かっているから、汚すのを躊躇ったのだろう。私の部屋には入ったものの、扉の前から頑なに動こうとしない。私にも人形にも気を遣っているアムは、手で顔を抑えて堪えるように下を向いてしまった。
「アム、一緒に寝ましょう」
「……何だって?」
「スライム状のものが部屋を汚しても良いのよ。聖女の力を使えば、人形たちが掃除してくれる。だから、今日は二人でゆっくり寝ましょう。私たち寝不足と疲れで、上手く頭が回っていない事だし」
「ロメリア……」
寝台の横にあるサイドテーブルに、懐中時計が置いてある。その時計を拾い上げ、アムにそっと見せた。結婚式にアムから貰った懐中時計だ。
「死ぬまで同じ時間を歩むんでしょ? すれ違いのままは嫌よ」
「……ああ、そうだったな。分かった、今日は一緒に寝よう」
「はい。じゃあ着替えるから、向こうの部屋へ移動をお願い」
「僕も着替えてくる」
お互い使用人を呼ぶ事もしないで、寝る準備を進めた。まだ外は明るい。自分たちでカーテンを閉め、軽装な服に着替えた。
化粧を落とす事も湯船に浸かる事も、全部寝た後で良い。七日間分の疲れを取る為に私たちがしなくてはいけない事は、寝る事だ。
準備が整うと、私たちは一緒の寝台で横になった。アムと一緒に寝るのは少し緊張したが、拷問器具付き寝具だとはもう思わない。隣に人がいるのはくすぐったくて、安心する。今日は良い夢が見れそうだ。
……と思ったけど。
――――ボトッ。
天井からドロドロと糸を引いて黒い液状のものが落ちてくる。
――――ベチョ。
重力で地面に落ちた黒いものがさらに飛び散って、辺りを穢していく。
視界から消す為に目を瞑ったが、寝ようとしている私の耳にも不快な音が響く。粘り気のある黒い物体が部屋を汚している音だ。
そう言えば、こうなる原因は一つだと殿下は言っていたわね。
「……ねぇ、アム。一つだけ聞いても良い?」
「……ああ」
「このスライム状のものが出る原因って一体、何かしら?」
「それはだな、不満が溜まっているという事らしい」
「へ?」
「自覚がない分、欲求不満の症状が強く出ているみたいだ」
咄嗟にいやらしい想像をしてしまった私は、パタパタと手で顔を仰ぐ。思考がどうもそちらに傾いてしまうので、別の方へ意識をずらそうとしているとある事に気が付いた。
マリス曰く、ここは『毒々★魔術師たちの秘密を暴いて』というゲームを元にした世界だ。あまり彼女の言葉を真に受けたくはないが、魔術師であるアムの秘密は、『欲求不満になると、粘り気のある黒い液状のものを出す』事ではないかと閃いた。
う、うん。ま、まさかね。自分で言っといて、ちょっとばかばかしくなるというか、シュールさを感じるというか……。
まあ、それは一旦置いておいて、問題は欲求不満の方だけど……。
アムは美目麗しく、強くて恰好良くて、ふとした仕草が可愛い魔術師だ。でも、それさえどこかしら計算された魅力だと前から感じていた。
欲求不満と聞いた今は、とても人間らしい部分がアムにもあるのだと気付かされて、より愛おしく思う。
欲求不満に耐えているアムが可愛いなんて……。当たり前か。
アムはあの時からちっとも変わっていない。初めて私の目の前で毒蠍に変身した時と同じ。私の事で不安定になったり、部屋を黒く汚してしまう程、ずっと私を思い続けてくれた。あの時から、私はロックオンされていたみたいだけど、今では私だってアムを溺愛中だ。
だから、欲求不満なんて何とかなる。
「今日はもう寝るけど、その不満を少しずつ解消していけたら良いわね」
「それは楽しみだ。七日間も時間がある事だし」
「ふふ、おやすみんひゃあぁ……!」
アムに抱き付かれて、変な声が出る。慌てて口を塞いだけど、きっとアムにはもう聞こえていない。目を閉じて眠りかけている。
寝付きは良さそう。
「おやすみ、アム」
私もそっと目を閉じた。
それから私たちは、泥のように眠った。目を覚ましたのは次の日の朝だった。私の部屋は思った程、黒い液状のものの被害がなく、人形に手伝ってもらったら、すぐに綺麗になった。
一緒に寝た事で、欲求が解消された部分もあったかもしれない。アムの魔術も安定してきている。
それから私たちは湯浴みして、身なりを整えてもらった後、朝食を食べた。二人で一緒のテーブルにつくのは初めてかもしれない。それが嬉しくて、新鮮でもあった。ご飯もいつもより美味しく感じて、会話も弾んだ。七日間、何をするかで随分、私たちは悩んだものだ。
そんな素敵な朝を迎えた日の夜は、もちろんお楽しみだった事は言うまでもない。欲求不満は簡単に解消された。肌も心も唇も重ねて、溶けて混ざり合った。幸せな瞬間を火花のように散らして互いを探り、七日間を過ごした。日を重ねる毎に、珠のような肌を取り戻していく。
七日目にして、やっと夫婦としての第一歩を歩き始めた気がした。
そう、長い結婚生活の最初の一歩だ。それを毎日毎日続けて、続けた先が必ずしも幸せだとは限らないけど、幸せだと思い描く事は良い筈だ。その為の努力も惜しむつもりはない。
◆
そんな日々を十年と積み重ねたとある日。
私には今、五人の子供がいる。アムとの夫婦生活は順風満帆で、夜の営みもそれなりにある。どんなに疲れていても、あの日以来、一緒に寝る事は欠かさない。毎日毎日、「愛している」の言葉の水やりをし続けるアムは、初夜の悪夢を何度も上書きしてくれた。
五人の子供たちは皆、魔術師の血を受け継いでいる。
最初に産まれた長男ルカが三才の時、教えてもいないのに力が発現した。椅子に座っていたルカがいつの間にか毒蜥蜴にすり替わっていて、驚いた私は持っていた皿を落とし割ってしまった。その時、ルカには毒蜥蜴の加護がある事が分かった。
その後、アムから魔術師に関する情報を教えてもらい、猛勉強する。アム曰く、血を引き継いでいても、力が発現しない場合もあると言っていて、きょうだい格差を懸念した。
それなのに、どういう訳かお腹を痛めて産んだ子供全員が力を発現させている。血が濃いのか、その辺はよく分からないけど。聖女の力も関係しているのだろうか。
王城に行き報告をする度に、魔術師の人数が増えた事にエドは喜んでくれた。この国の未来が明るいと言ったのはジル殿下だったか。
心地よい風が庭園にあるライラックの花の香りを運んでくる。その香りを鼻腔に閉じ込めるように大きく息を吸うと、ふとあの頃の事を思い出した。十年経った今でも色褪せる事のない想い出が脳裏を過ぎる。
「ロメリア、ここにいたのか」
「ええ、今、物語を書いているのよ」
「物語? どんな本だ?」
「ええと、女性たちが婚活と結婚を通して、その後どうなったかというお話よ」
「主人公が複数いるのか?」
「そうね、色々な結婚観を持つ女性たちの話を書きたかったから。中には結婚をしないという選択をした女性主人公もいるわ。モデルはセリアンヌだったり、カナリアだったり……。最近は、マリスを元にしたお話を書いてみるのも面白いかもと考えているのよ」
羽ペンを置いて椅子から立ち上がり、アムの傍に歩み寄る。
「マリス・シュリントンか。懐かしい名だ。そう言えば、あれから全く何も聞かないな」
「エドが彼女を見張ってくれているからよ」
「エドが? 何でまた……。というか、ロメリアは何故その情報を知っている?」
「エドがたまに王城から抜け出して、蛙の姿で屋敷に来るのよ。この前は相談所に遊びに来たわ」
「アイツ、執念深いな」
「まさか……! 結婚して十年も経つし、私なんかに見向きもしてないわよ、エドは」
「僕はロメリアに向きっ放しだが?」
そのまま良い雰囲気になり、お互いそれとなく顔を近付けた。
「ママ、パパ……。何してるの?」
突然現れた末娘が下から私たちを見上げている。
ああ、嘘でしょう……。今日もアムとの時間がないなんて……。娘は可愛いけどおお。
「す、すみません! 旦那様、奥様! ほら、アイリスお嬢様。読み書きの時間ですよ」
乳母やアイリス付きメイドたちがアイリスを迎えに来た。大慌てでアイリスを抱えると、そそくさとその場を立ち去る。
さすが長年仕えているクロッカス家の使用人たち。久しぶりの夫婦水入らずの時間が確保出来たわね。グッジョブ!
「アム、それで今日は何をする?」
「ベッドで乱れるとか?」
「そ、それは夜……じゃなくて……。アムもジル国王陛下に似てきたわね……。そうだわ、たまには軽食を持って外でご飯を食べましょう、ね?」
「それは良い考えだ。料理長やメイドたちに準備させよう」
予定が決まれば、私たちの行動は早い。幸せの結び目をきつく結んで思い出を増やしていく。
訳アリ令嬢で、酔っぱらい令嬢、毒蠍使いの聖女でもあり、乙女ゲームのバクとも言われた私、ロメリア・グレイスは、十年経った今でもこんな感じで幸せだ。どんな状況下にあろうとも、結婚生活の通過点をこれからもアムや子供たちと一緒に歩いていく覚悟がある。
もちろん、周りに恵まれた事への感謝も忘れない。これから先、辛酸を嘗める事があろうとも愛する者の手を決して離したりはしないと誓う。
前世から婚活と結婚に執念を燃やした者として、ここに決意を記しておく。
マリンティア歴12990年、3・20 ロメリア・グレイス
結婚後の話が意外と長くなってしまいました。これで本編は終わりです。あとおまけが1話あります。
3月、遅くて4月後半に短編をアップするので、それも見ていただけると嬉しいです。作者名:那戯の作品一覧の所から探していただけると近道です。短編は名前を変えて出そうと思っているので。なんせ初短編、ええチキンです……。
最後に評価等をしていただけると今後の作品作りの参考にもなるので、よろしくお願いします。一ヶ月少し、物語を追って読んでくださった読者の方々には感謝しかありません。また次回作でお会いできると嬉しいです(*ノωノ)




