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舞踏会②

 これ以上、難しい事を考えるのをやめた。


 ダンスホールを抜けて、片隅に並べてある適当なグラスを手あたり次第に手に取って、豪快に飲み干して。人とすれ違う度にステップやターンをしながら踊るように退出をした。


 う~ん、お酒を飲むと気分が良い。


 今夜は特に寒いから、お酒で身体がポカポカするのは有難い。顔も温かくて良い感じ。あ~、ふわふわしてきた。雲の上を歩いているみたい。


 お酒なんて飲んだの何年振りだろう?



 そう言えば、前世でも上手くいかない時は、お酒を飲んだ。


 婚活が上手くいかなくて、喫茶店でぎこちない話をしては、自己嫌悪。そんな日は、居酒屋で飲むお酒でストレスを発散した。気楽で楽しかった。初めて会う知らない他人と食べるご飯は味も分からなくて、その反動か、一人で飲むお酒がすこぶるご馳走に感じて。


 ついつい飲み過ぎて。


 酔っぱらった私を見たら、結婚相手は逃げて行くのだろうと思ったりして。


 そう考えたら、もう二度と結婚なんて出来なさそうで。段々惨めになって。あの時どうやって気分を上げたかなんて、もう思い出せない。



「こんにゃくがなんだー。けっこんがなんだー。どっくしっんれーじょは、はかばまでおひとりさまじゃー(*訳:婚約がなんだー。結婚がなんだー。独身令嬢は、墓場までお一人様じゃー)」



 庭園を抜けた先で馬車が待っている。でも、酔っぱらった私の目には、季節外れに咲くライラックの花があまりに綺麗で、つい足を止め思いのままに叫んでしまった。


「綺麗なライラックの木が、悪いのよ」


 私だって、独り身の寂しさを紛らわす言葉を叫ぶんじゃなくて、いつかこんな木の下で愛の……。



「もう伝わっていると思うが、婚約を破棄させてもらいたい」


 ――――愛の……。え? 婚約破棄? 


「ええ、父から聞きましたわ。でも、もう少し具体的に理由を教えて欲しいです」


 ――――え? ライラックの木の下で?


「……すまない。ホーリック家に伝えたあの理由が全てだ」


 ――――私、幹の反対側で大声出して酔っぱらっているんですけどぉおおお?


 絶対、私の声聞こえていたよね?


 サーッと酔いが醒めかける。



 ――――ああ、なんて間の悪い。

 よりにもよって、リリアム様とカナリア様の婚約破棄場面に出くわすなんて。



 いやいや、百歩譲って婚約破棄はいい。


 問題は、私のあの声がリリアム様に丸聞こえだった件よ! 酔っぱらったあの声が! 当然カナリア様にも聞こえたでしょうけど、傷心だと思われるからまだ大丈夫。むしろ、独り身の寂しさを吹き飛ばす鼓舞するような叫びだったし、婚約破棄されたカナリア様にはピッタリの叫びだったはず。ただリリアム様はそう受け取らなかったでしょうね……。 




 ――――ああ、もう駄目だ。


 人となりを良く知る前から終わった。あ、私の人となり=酔っぱらった姿はリリアム様に知ってもらえたかも。


 いや、慰めにもならない。




「うぅ……」


 私の横をカナリア様が通り過ぎて行く時、ぞわっと鳥肌が立った。


 泣いてるカナリア様を見てじゃない。あのカナリア様の姿と未来の自分の姿を重ねたから。私が婚約者に選ばれても、ああやって婚約を破棄されて――――。ん? いや待て。その可能性さえ、今潰れたんだっけ?


 やばい、頭がぐわんぐわんしてきた。醒めかけた酔いがまた回り出してる。


 ガサガサッ。


 ライラックの枝を手で押さえながら、リリアム様がこっちにやって来る。どうしよう~、な、何か言わなくちゃ。



「あ……はは……。今夜は月が綺麗ですね、リリアム様」

「キミは……。酔っているのか?」

「……そうみたいです」


 先程からガンガンこっちを見てくるリリアム様に、前世の人でも言わない愛の告白を口走ってみると、案の定睨まれた。そりゃ、意味が分からない上に迷惑よね。酔っぱらいの戯言だし。


 でも……。


 どうかその群青色の目で睨まないで。ライラックの木に生まれ変わりたくなるから。


 ふいっと顔を背けて、それからゆっくり視線をリリアム様に戻した。


「あれ?」


 リリアム様がいない。一瞬目を逸らしただけなのに、どうして?


 もしかして、呆れられた? 酔っぱらい令嬢と関わりたくなくて、脱兎の如くこの場を去ったとか。あり得るわ。



「はぁ。これは私の失態ね。私がリリアム様とカナリア様の事を早とちりして、お酒に走ったから。人となりを知るチャンスも失ってしまった。ああ、馬鹿だ」


 力が抜けて座り込んだ地面に、一匹の毒蠍が嘲笑うかのように佇んでいる。


「懐かしい……。前にも会った事あるわよね? あなた、私の事揶揄いに来たの? こんな風では私が一生結婚出来ないんじゃないかって? 妥協するべきなのは分かってる。でも、私は好きな人と結婚をしたいのよ。その可能性はたった今潰えちゃったけどね。いや、もともと可能性なんて無いに等しかった」


 両手でそっと毒蠍を掬うように、手のひらに乗せる。


「あなたも一人ぼっち? 良いわよ、私が話し相手になってあげようか。だから、私の話も聞いてくれる? 大丈夫、悪いようにはしない。私の可愛い弟は、あなたみたいな毒を持つ生き物が大好きなのよ。きっと暖かい寝床を用意してくれるから」



 お酒を飲んで気分が良くなったのに、血の気が引くような場面に遭遇して、どん底気分を味わって。


 過ぎたお酒は毒だと知っていたのに。



 帰り道、馬車の揺れで酔いはさらに加速した。


 私は今、馬車の中で泣き上戸中。たまに合いの手のように愚痴を挟んで、毒蠍に話しかけている。



「でね~、私の早とちりのせいで……。うううぅ、ぐすん。だってお酒が美味しいから、置いてあったら飲むわよね? で、飲んじゃったの。あああああ、それが運の切れ目と知らずにいぃ。ごめんなさ~い。ああーん、誰かリリアム様の記憶を消して~」


 もうめちゃくちゃ泣いた。愚痴った。気持ちはアップダウンを繰り返して、お酒の怖さを改めて思い知った。


 お屋敷に着くまで毒蠍はずっと大人しくしていて、私の手のひらにちょこんと乗っかっていた。本当に話を聞いているみたいに。


 この日を境に、断酒したのは言うまでもない。




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