初夜のその後① ~結婚は通過点~
「おかしい……。今日で七日も経った?」
私は酷く憔悴していた。理由は、初夜から七日経った今日まで何もないからだ。そう、何もない。結婚とは何だったのか、そんな問題にさえ直面している。
確かに、初夜の事は猛省してる。疲れて寝てしまったし、きっとアムも私を揺さ振り起こそうとしたのだろう。でも、私は起きなかった。朝、目を覚ましたら、私の隣にはアムがいなかった。一緒に寝た形跡もなかった。
呆れて幻滅したか、そういう行為に興味がないと思われたか、可能性を上げれば限りがないけど、一番の理由は寝ている私を起こすのは忍びなく、気遣ったからだと信じたい。
色々想像を巡らせるも、結局その日はアムに会えず、答えを手に入れる事が出来なかった。朝早く屋敷を出て仕事に行き、夜遅く帰ってきたアムを慮って、アムの部屋を訪ねられなかったのだ。疲れているに違いないと自分の都合を見送った。
一日目が駄目なら、二日目に賭けてみる。二日目は頑張って深夜も起きていた。何なら朝陽が薄っすら差し込む時間まで頑張って目を開けていた。それなのに、アムが私の部屋へ尋ねる事はない。
こうなると、夫婦別室の間取りがいけなかったとさえ思えてくるが、屋敷に文句を言っても仕方ない。アムが用意してくれた何不自由ない屋敷だ。伝統があり、思い出もある。柱には成長記録の線が刻まれている素敵な邸宅だ。
今後、夫婦の営み記録を刻んでやりたいと嫉妬心が芽生えてしまったけど、まぁそれはおいといて。
さて三日目は、二日目のショックと寝不足で寝てしまった。アムと私の部屋の寝台は、大人二人が寝ても充分な広さがある。言い換えると、一人で寝るには寂し過ぎる『拷問器具付き寝台』だ。寝るだけで寂しくなり、悔しくて惨めになるなんて、正に拷問だろう。
もちろんその寝台で、仰向けになり堂々と寝てやった。まだ、余裕があり意地もあった頃だ。
四日目は、その反動でまた夜中起きていて、朝陽に挨拶をして寝た。
そんな事の繰り返しを私は七日と続けて、遂には発狂した。
「ああー、今すぐ前世の既婚者友達に電話して相談したい!! レス解消の秘訣を!! いや、レスどころかまだ何も始まってないわよね!? それなのに、もう終わった!? そもそもアムったら、新婚なのに働き過ぎじゃないッ??」
今の私はとても眠い状態にあるが、気分が高揚して寝付けない状況にもある。思った以上にこの七日間は、精神的ダメージが大きく人格もおかしくなっている。
この世界では婚前での営みはしない事が多い。理由は、はしたないと思われているからだ。その代わり、初夜は大切にすると教えられた。結婚したら、子を成す行為に何より重きを置いている思想が根付いている。それはただ単に子作りだけでなく、夫婦円満の秘訣だとも言われていて、私も随分それには納得していたんだけど……。
「解せぬ、非常に解せぬうう……」
頭を抱えながら、おぼつかない頭でふらふらと扉の外へ出た。その瞬間、気配を押し殺していた使用人たちが我先へと駆けつける。
「奥様、おはようございます」
「身だしなみを整えますね」
「お召し物を替えましょう……」
「朝食はいつもの果物をお付けして良かったですか?」
ボサボサ髪で潤いが足りていない私に気を遣いながら、メイドやメイド長、執事がそれぞれの役割を果たそうとする。
おそらく、使用人の下っ端含め、彼らは気付いている。身を隠すように日陰で仕事をする彼らでも、屋敷の主であるアム、つまりリリアム様とその奥方として迎えられた私のルーティンは、事細かく把握している筈だ。まだ七日目だが、私とアムの行動はほぼ規則正しい。
夫婦の営みがない事は筒抜けだろう。だからと言って、私は彼らにその事を明け透けに相談出来ない。
ああ、相談相手が欲しい。私たち、レスどころか何もないんですって言える相談相手が……。ま、そんな事言える相手なんている訳ないわよね。だってここでは性はタブーだから。仲の良いセリアンヌにさえ言えないのは気が滅入る。
悶々としながら椅子に座っていると、いつの間にか“それなり”に美しく仕上がっていた。鏡台で自分の顔を確認すると、目は充血しているが寝不足の象徴である隈は化粧で隠せている。洋服も私の体調に合わせてあり、締め付けないゆったりとした服装にしてくれていた。
「良い仕事振りで助かるわ。いつもありがとう」
「奥様、お礼だなんて……。いいえ、お褒めいただき恐縮です。そう言えば、聖女様としてのお仕事は今、お休み中でしたよね。今日はこの屋敷の中を探索してみてはいかがですか?」
「屋敷の中を? そう言えば、まだ見ていない部屋もあったわね。そうしようかしら……」
メイドたちは一斉に頷いた。
朝食を食べ寛いだ後、屋敷の探索に取りかかる。乗り気ではなかったけど、気が紛れるのは良い。今はとにかく、初夜の呪いから解き放たれたいのだ。
「さてと、まずは東側からね」
メイドに書いてもらった屋敷の『簡易間取り図』を片手に、片っ端から部屋を開けていく。最初は無意味に思えたこの行動も次第に楽しくなってきたのは、まるで屋敷の秘密を暴いているように感じたからだろう。もしかしたら、この屋敷にもアムの秘密が隠されているかもしれない。
そんな淡い期待を寄せて、黙々と部屋を見ていった。中でも、コレクションルームは楽しかった。珍しい銀食器や骨董品、他国の希少価値の高い美術品などがあり、見ているだけでも心が安らいだ。その他にも、アムが昔使用していた物が保管されている部屋があったりなど、随分充実した時間を過ごした。
「後は、この部屋だけね」
「あ、奥様……。その部屋は開けない方がよろしいかと……」
すれ違ったメイドにそう声をかけられ、思わず寝不足の目を細めた。
「どうして?」
「その……。旦那様が夜遅くに仕事から帰ってきた時に、この部屋を使用されます。下々の私たちにはこの部屋に近付く事は許されておりません。もしかしたら、奥様は例外かもしれませんが……」
ほう、良い事を聞いた。怪しいわね。アムの秘密の匂いがプンプンする。
鼻をスンスンさせながら、私はメイドたちに暫くこの部屋に近付かないよう指示をした。人払いが済んでから扉をそっと開ける。
「うわぁ、何よこれ……!」
寝不足で働かない頭と身体が目の前の異常な光景を見て、跳ね起きた。鳥肌が立ち思わず足が竦んだが、中へ入りすぐに扉を閉めなければいけない。人払いはしていたものの、万が一こんな光景を使用人に見られたらと考えると恐ろしい。辞めていく使用人もいるかもしれない。
足の踏み場に困るわね。
部屋の中の至る所に粘り気のある真っ黒な液状のものが飛び散っている。この正体不明な液状も大いに気持ち悪いが、部屋の雰囲気も同じくらいに気味が悪い。闇の儀式に失敗したかのような塩梅だ。
「アムったら、一体どうしたって言うのよ……」
私だけが精神不安定だと思っていたが、アムもどこか悪いのかもしれない。居ても立っても居られず部屋を飛び出し、大声で使用人を呼んだ。
「アンナ、すぐに準備をお願い。今から王城へ行くわ」
「かしこまりました」
ああ、この屋敷が王城に近くて良かった。グレイス家の街屋敷も近いし、クロッカス家の領地にも割と近い。クロッカス家の領地は東から西に流れる広大な土地を所有しているのだが、西側の一部が王都に隣接している。立地としては申し分ない。おまけに聖女の店にも近いのだ。超便利!
「旦那様に会われるのですか?」
「いいえ、ジル殿下よ」
「え……! な、何かありましたか?」
「心配はいらないわ。相談したい事があるだけだから」
只事ではない雰囲気を感じ取った使用人たちが、珍しく床をパタパタと歩いてこちらに来る。
「奥様、まさか離縁をお考えで……?」
あっという間に囲まれて、考え直すようお願いされ頭を下げられた。
アムは良い主なのね。使用人からも好かれるような……。でも、離縁だなんて早とちりよ。
「そんなんじゃないから、安心して……」
笑って伝えたつもりが、寝不足と初夜の事情で顔が上手く作れていなかったかもしれない。七日間も悲愴感を漂わせてきた私がそう伝えても、使用人たちは不安顔だ。縋るような眼を向けてくる。
使用人たちに事細かく説明しようとも思ったが、時間もない。馬車の準備も整っている。帰って来てから事情を説明しようと思い、私は屋敷を後にした。
「行ってらっしゃいませ」
いつもより元気のない声が屋敷に響いた。
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