表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/42

結婚式

もうすぐ終わります。長文になってしまい、すみません。

 結婚式は、聖女像が祀られている神殿で行われる。聖女である私の結婚を女神さまに報告する事を兼ねているらしい。神官が立会い、皆の祝福を受けながら、指輪の交換と誓いの言葉を伝え合うのだ。


 初めて入った神殿は、神聖な場所である事が肌で感じ取れる場所だった。空気が違った。ひんやりと研ぎ澄まされていて、常に見られているような視線を感じる。


 もちろん、神殿内を見学する時間はなく、その後すぐに準備係に連れられて、神殿中央部からこの花嫁部屋に移動した。それからずっとここにいる。つまり、朝早くからこの部屋に軟禁状態という訳だ。



「ふぅ……」


 鏡を覗くと、酷く落ち着かない顔をしている自分が映った。鏡の中の自分は、真っ白なドレスを身に纏っていて、自分ではない感じがする。笑顔を作ってみても、ぎこちない。ただ、花嫁衣裳だけは完璧だった。


 滑らかな肌触りの上質な絹が使われていて、繊細な作りであるにも関わらずしっかりと縫製されている。裾は長く、波打つような線を描きながら床にまで広がった。

 袖も咲きかけの花弁はなびらをイメージしてあり、可憐さも備わっているが、可愛らしさを引き締めるよう、所々銀糸で縁取りがされていてバランスが良い。

 上半身は女性らしい曲線を美しく浮き立たせる工夫がしてあった。


 髪型は私らしい髪型だ。後ろで一纏めにしてある三つ編みの両脇は、複雑に細かく編まれている。編み目には花が挿してあり、当然いつもよりゴージャスな毒針ヘアー。


 顔には薄く白粉おしろいが叩いてあり、頬と唇には紅が足される。髪には髪粉、つまり小麦粉を付けられそうになったけど、それは丁重にお断りした。理由は、虫がわくから。以前、読んだ文献にそんな事例が載っていて、その時から断るようにしている。


 ま、ファッションとして取り入れる所と取り入れない所を分けて、自分流にするのも一つの在り方だ。



「ふぅ……」


 二度目の溜め息を吐いた。婚礼の準備をしてから、どうにもおかしい。自分でも楽しみにしていた式なのに、緊張と非日常感が混ざり合うこの空間は、時々苦しくなる。逃げ出したくなるのだ。


 ああ、やっぱり私って、こういう大事な時には緊張しちゃう体質だ……。


 そわそわする私の横を婚礼の準備をする女性たちが慌ただしく駆けて行く。たまに静かになるこの部屋は、聖域ならではの静けさが舞い降り、余計に私の緊張を誘っていた。


「あ、駄目です。せめて外でお待ちください。式前に花嫁部屋に入るのは……!」

「すまない……。が、失礼する」


 複数の靴音が床石を踏む音がし、同時に制止する女性とアムの声が聞こえる。扉に注目していると、白銀の影が目に映った。礼服に身を包むアムの姿がある。


「あ、リリアム様……」

「やっぱり泣きそうになってる」

「あ、ち、違うんです。これは……」

「緊張しているのか。式が始まるまで、少し外へ出よう」

「困りますよ、リリアム様、ロメリア様……! 準備がまだ……」

「ああ、その辺は臨機応変に願いたい。花嫁に泣かれてしまっては困るから」

「俺からもお願いしよう」

「ジ、ジル殿下……!?」


 女性たちは一斉に頭を下げる。そこにはジル殿下だけでなく、魔術師ウィザードであるエド・フロッガーと私の可愛い弟、エリオットがいた。


 ドレスを踏まないよう、扉の近くまで歩いていく。


「お揃いで、どうされたのですか?」

魔術師ウィザードとして、四人の加護を聖女に捧げようと思ってな」

「加護?」

「祝福の証ですよ~」

「姉さん、綺麗だね。僕の祝福の証である加護を受け取ってくれる?」


 エリオットは私の傍まで駆け寄ると、一番に私の頭上に加護を降り注ぐ。その横で、アムがエリオットをじっと見つめていた。


「義兄さん、このくらいは許してよ」

「ああ、分かってる」

「じゃあ、次は俺だな」


 殿下が加護を授けてくれた。その次は、エド。そして、最後にはアムが加護魔法を唱える。毒蛇、毒蜘蛛、毒蛙、そして毒蠍。毒々しい加護に囲まれると、不思議と気分が落ち着いた。今はもう逃げ出したいとは思わない。


「ありがとう、皆」


 四人の顔を交互に見合わせながらお礼を伝えていると、扉の外から私を呼ぶ声がした。


「「ロメリア……!」」


 私の名を呼ぶ二人の声に、込み上げてくる感情を抑えられない。涙目になりながら、声のする方へ振り向いた。


「お……父さま、お母さ……ま……」

「あらやだ、泣くと化粧がおちるわ、ロメリア」

「駄目なの、悲しくないのに涙が……」

「ロメリア、綺麗だな。父としてこの日を滞りなく迎えれた事を嬉しく思うぞ」


 お父さまもお母さまもまだまだ話を続けていたけど、感極まって泣いてしまった私の耳には届かない。でも、今日が幸せな日である事は確かだと思った。


 それから暫く歓談した後、私を除く全員はもうじき式が始まるとの知らせを受けて、部屋を出ていった。


 式が始まる数分前、支度係の女性にもう一度化粧を直してもらう。涙で化粧を流してしまった事に申し訳なく思っていると、


「ロメリア様、たくさん笑って幸せを感じてください。()()()はロメリア様にたくさん幸せになっていただきたいです」


 と嬉しい言葉を貰った。見知らぬ女性にそんな言葉をかけてもらう事を不思議がっていると、「妹が以前、相談所でお世話になりまして……」と話をしてくれた。


 自分のした事が相談者だけでなく、その周りにも波紋を広げていた事に今更ながらに気付く。鏡を覗くと、先程とは違い、幸せな笑顔をしている花嫁姿が映っていた。


 ……あ、もう緊張が解けてる。


 式を知らせる鐘が鳴り響く。椅子からゆっくりと立ち上がると、私は付き人と共に花嫁部屋を後にした。



 ◆



 厳かで幸せな式が始まる。愛とマリンティア王国の女神を賛美する曲が奏でられ、聖歌隊の美しい歌声が式に花を添える。参列者は祝福と歓びを絶やさず、見守ってくれていた。

 その隣の部屋では今頃、シニア女性たちが披露宴の準備をしてくれている筈だ。


 聖女活動の傍ら、私たちは計算通りに式の準備を進めてきた。その集大成が今日だと思うと、一言では語り尽くせない重みがある。


 神官が誓いの言葉を述べ、アムに倣い、私も同じ言葉を繰り返す。偽りのない言葉が神殿内に響いた後、指輪の交換をした。アムは指輪だけでなく、クロッカス家の紋章入りの懐中時計も私に差し出した。


「……これは?」


 視線と一緒にこそっと聞く。


「クロッカス家の命だ」

「つまり……?」


 よく分からないのでもう一度聞くと、アムは困ったような顔をした。


「離縁はしないという証だ……。死ぬまで同じ時間を歩むという意思表示でもある」


 家庭教師から淑女教育を受けた私でも、まだまだ知らない事があるらしい。黙って両手で受け取ると、アムは満足気な顔をした。


 一連の流れを見届けた神官が次の指示を出す。


「それでは、誓のキ……」


 神官の言葉が途中で止まったのは、目の前の私たちを見たからだろう。一拍おいて、口笛が鳴る。参列者から歓声と驚きの声が上がった。


 何が起きたか説明すると、懐中時計を受け取りアムの顔を見ていたら、いつの間にかキスをされていたという訳だ。しかも、それがいつもの軽いキスではなく濃厚な感じのキスだったから、神官の声が途中で止まり、固まってしまったのだろう。


 もちろん、参列者は大盛り上がり。たまに、舌打ちのようなものも聞こえてはきたけど(たぶん、エリオット)、大抵は冷やかし混じりの声や口笛。それが恥ずかしくて恥ずかしくてお嫁にいけないと思った私は、たった今お嫁に行く為の式を挙げているんだったと思い出す始末。


 舌を絡め取られそうなキスは勘弁してほしい。息をするのも忘れてなされるがままの私は、例えるなら生まれたての小鹿だ。プルプルしてきた私を見て、アムが名残惜しそうに唇を離す。解放されたのも束の間、二度目のキス。


 薄っすら視界に入った神官の顔は、仕事も忘れてこちらを見てる。参列席では花の代わりに、お祝いの人形ぬいぐるみがポンポン投げられ、視界にチラつく。

 キスをされて、羞恥に耐え、意識を切り離すように周り(それ)を観察する冷静な自分が怖い。


 でも、もう限界! 


 参列席からは見えない所でアムを押し、半ば泣きそうな目で睨むと、やっと解放された。精神的にも肉体的にも翻弄された私とは違い、アムは艶やかな笑顔だった。もしかしたら、色々生気を奪われたのかもしれない。早く式を進めないと、色々と持たない。そんな考えが浮かんでくる。


 神官に目で合図すると、やっと次の段階へ進行した。



 ◆



 式から披露宴に移行する時、参列者の中に一人の男の子を見付けた。


「ブルーノ、どうして?」

「ロメリアさん!」


 ブルーノの隣には、母親もいた。


 ……どうして? どういう事?


 私は聖女活動の合間に、ブルーノの母親を訪ねていた。もちろん、ブルーノには会えない。アムが紹介した医者の病院でブルーノは入院していて、面会謝絶だと母親から聞いていたからだ。でも、目の前には血色の良い元気なブルーノがいる。


 何者かの意図を感じた私は、迷わずに無言でアムを睨んだ。


「驚かそうと思って……」


 私の顔が怖かったのか、アムは宥めすかすような顔をして私の背中を摩った。


「……でも、どうして?」

「医者を変えたのが良かった。最初の医者は、隣国の元宰相ゲイルの仲間だったんだ。ブルーノの体調が良くなかったのも、小さな四角い箱によるものだった。この箱は魔物を呼び出したり、人体に影響を与えたりする。もちろん、もう箱は回収済みで、仲間諸共捕まえたから問題はない」

魔術師ウィザード様が助けてくれたんだよ。でも、きっかけはロメリアさん……。ううん、聖女様のおかげ! 結婚おめでとう」


 そうハキハキ話す姿は、以前のブルーノとは思えない力強い生命力を感じる。嬉しくて泣きそうになったのは、今日で何度目だろう。


「本当に良かったわ、ブルーノ。この後の披露宴を楽しんでね。もちろん、ブルーノのお母さんも」

「ええ、本当にありがとうございました。ブルーノの事もですが、こうして式に呼んでいただいた事も、貸衣装を用意していただいた事も、何から何まで至れり尽くせりで、お礼を申し上げても足らないくらいです」

「その気持ちだけで嬉しいわ。もし良かったら、聖女活動の手伝いを今後頼んでも良いかしら?」

「うん、僕やるよ!」

「ぜひ、お手伝いさせてください」

「ありがとう」


 そんな話をして別れた後も、アムと私は慌ただしく予定をこなしていく。主役である私たちには落ち着く暇もない。目まぐるしい一日をただただ走り抜けた。幸せな人生の節目を迎えられた事に感謝しながら、参列者をもてなした。



 ◆



 少し時間をオーバーして、披露宴は終わった。茜色の空に星が瞬く。参列者が帰った後、時間をおいて私たちも屋敷へ帰った。私の帰る場所はもうグレイス家じゃない。今日からアムが用意してくれた街屋敷だ。グレイス家の街屋敷よりも中心部にある広いお屋敷で、雇った使用人の数も全然違うと聞いている。




「今日一日、一瞬だったわ」

「ああ、そうだな」


 使用人に片付けを任せ、身だしなみなども整えてもらう。それからアムの寝室に用意された夫婦用のベッドに横たわりながら、アムと話しをする。もう少し感想とか言い合いたい所だけど、言葉があまり出てこなかった。終わった途端、燃え尽きたのだと思う。それでも、まだ私たちにはやる事があった。


 それは、初夜をどうするかという問題。いや、問題という程の問題じゃない。私とアムは結婚する前から仲睦まじいし、喧嘩もした事がないくらい今まで問題らしい問題がなかった。婚活歴が長い私の人生において、アム程の人はもう二度とお目にかかれないくらい貴重な人なのだから、初夜くらいなんて事ない。


 ああ、でも……。どんなタイミングで……?


 家庭教師曰く、男性に任せれば良いとの事だけど、どうにもそんな雰囲気はない。むしろこのまま朝まで熟睡スタイルではないかという不安もある。


 色気のない事を考えていると、用事があるのか、アムは部屋を出て行った。気を揉みながらも、心の奥底では大丈夫だと信じている私がいる。重くなる瞼に身を任せたのは、部屋に戻って来たアムが起こしてくれると思ったから。初夜が始まるまでの少しの間だからと言い聞かせて、眠りに落ちた。


 まさか自分がそのまま本当に朝まで眠る事になるなんて、夢にも思わずにグーグー寝続けたのだ。結婚する前も大変だけど、結婚後も大変だと口を酸っぱくして言っていたのは、前世の既婚者友達だったか。


 自分には当てはまらないと甘く考えていた私は、初夜の問題を引きずる事など、この時は考えもしなかった。

ブクマ・評価等してくださると、今後の創作活動の励みにもなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ