宮廷仮面舞踏会⑧
その後、ジル殿下に小さな四角い箱の出所を説明した。もちろん、不都合な事実は伏せて、その他の説明は少しだけ話を変えた。
その結果、マリスには謹慎処分が妥当だろうと殿下は言う。本来ならもう少し重い処罰でも良いらしいけど、それだけで済みそうなのには理由があった。
小さな四角い箱の情報を吐いた事も、考慮した結果との事。
もし謹慎処分が下されるのなら、マリスは当分の間、社交界には出られない。当然、彼女が目標とする乙女ゲームの世界でヒロインを演じる事も出来なくなるだろう。謹慎期間が終了して攻略し始める頃には、こちらの状況もかなり変わっていると思われる。
ま、この世界がヒロインだけに融通される世界なら、今後も脅威となる可能性もあるけど、私はそうは考えてはいない。私は婚活の神様に二度目のチャンスを貰ったのだ。この世界で婚活→結婚をしようとしている私の世界に、乙女ゲームなんて文字はない。
さらに言えば、私を聖女に選んでくれたマリンティア王国の女神様もいる。私がそう信じたいのもあるけど、きっと加護はある筈だ。
「はぁ。マリスとはお互いの聖域を侵す事なく平行線の道を今後も歩みたいわ……」
「何か言ったか?」
「あ、いいえ。独り言です」
「そうか。とりあえず、ご苦労だった」
「お褒めに預かり光栄です」
その後も殿下と話を続ける。
殿下は隣国から逃げてきた元宰相のニゲル・ハーマントを指名手配すると言っていて、貴族と平民に通知書を出すそうだ。ニゲルや箱を見付けた者には、金貨五十枚を与えようとも言っていた。具体案がポンポン浮かぶ殿下の前向きな姿勢に、私はこの国の明るい未来を見た気がした。
それから殿下は舞踏会の閉幕措置を取り、夜の終わりを告げた。
すっかり寂しくなった舞踏会場の見回りを手伝おうとすると、殿下だけでなく、合流したアムやエリオットにも、先に帰るように言われてしまった。その帰り際、殿下に「リリアムとの結婚を認めざるを得ないな」と耳打ちされた私は、踊り出したい気分になった。
すると、視界に映るアムの頬がぷくっと膨れる。
「リリアム、彼女を馬車まで送り届けてくれ」
「言われなくても、もちろんしますよ」
「義兄さん、僕が代わりに姉さんを見送りましょうか?」
「エリオットはまだ仕事があるだろ」
そう言って、殿下はエリオットを引っ張っていった。その背中に一礼していると、アムは素早く私の隣に移動する。
「何を言われた?」
「アムとの結婚を認めると仰っていたけど……」
想像よりも斜め上をいく発言だったのか、アムの顔が一瞬で真っ赤になった。
「そ、そうか……」
「殿下は、アムの事を揶揄って遊ぶのが好きみたいですね」
「ジルは相変わらずだな……」
「仲が良くて羨ましいです」
私とアムは顔を見合わせて笑い合った。
それからアムは、私の手を握ると「少し寄り道していこう」と言った。庭園の小道を外れて、中の方を通っていく。そして、立ち止まった先には一本の低木があった。
「アム、この木は……」
「ここにもライラックの木がある。狂い咲きはしていないが、暖かい季節になると一際綺麗な薄紫の花を咲かせるらしい」
「あの頃を思い出しますね。まさかアムと結婚出来るとは思ってもみませんでした。酔っぱらった姿を見られた時は、本当どうしようかと……」
「僕もそうだ。どうアプローチするべきか迷っていた。でも、何とかなった」
「はい」
「結婚したら、いつもロメリアと一緒にいられる。そう思うと、今は嬉しくて堪らない」
今度は私が顔を真っ赤にする番だった。体温がどんどん上昇している。ただでさえ、今日一日色々な事が起きたのに、最後の最後でこの殺し文句。身体が持たない。
もう何度目かの溺愛発言だったけど、未だに慣れない私がいる。こんな時は、アムの手を引っ張っていって馬車に乗り込むに限る!
私はアムの手を引いて、馬車置き場まで急いだ。
「あ、ロメリア……。待って」
「え……?」
停車している馬車を目前にして、アムが立ち止まった。周りを注意深く探るように見渡すと、アムは私たちの周りに結界を張る。
「どうしたの?」
「敵がいる。おそらくニゲルだ。ロメリアを狙ってる」
「え……! どうして私!?」
「敵国にとっても聖女の存在は脅威だからな」
なる程、考えた事もなかった。今まで平民・貴族に散々な評価だったから、自分が脅威だと思われているなんて知らなかった。
自分の甘さを痛感していると、隣にいたアムが攻撃態勢に入っていた。
「マリンティア王国に喧嘩を売った罪は大きい」
アムの身体が光った瞬間、ある一点目がけて術が飛び出した。敵の術と激しくぶつかって、消滅する。隣にいたアムはもういなかった。素早く移動したのか、鮮明に煌めく術を幾つも繰り出している。
まるで妖術の類かと勘違いしそうになる程、美しい術だった。
魔術には詳しくないけど、私が敵だったら避けるのも忘れて魅入られてしまいそうになるだろう。
でも、そんな色鮮やかな光景はたった数分で終わった。決着がついたのだ。アムによって拘束されたニゲルは思った通りの悪人顔で、舌打ちをすると暴言を吐いたが、アムにより追加制裁されるとニゲルはすぐに大人しくなった。
「護衛兵に引き渡してくる」
「はい、お気を付けて」
アムは手際よく事後処理を進める。私の出番なんて何もなかった。待つ事数分で、アムは戻ってきた。
「エドがいたから、エドに引き渡してきた」
「エドに?」
それはタイミングが良過ぎだろうとも思ったが、言葉を飲み込む。
「今日、ニゲルを捕まえられて良かった。最近、ロメリアの周りをうろついている不審な人間がいると気を揉んでいたところだ。殺気の正体は、アイツだったか」
「それは気付かなかったわね。私の周りにそんな人が?」
「ああ。だが、もう大丈夫だ。帰ろう」
「はい」
アムは自然に私を抱き寄せた後、右方向を刺すように睨んだ。
「ああ、それと……。エド、覗き見は良くないな。さっさとニゲルを連れていけ」
「あ、バレてました~? お二人はいつキスをするのかと」
「……ふぅ。やたらと絡むのはなぜだ? エド、まさかお前……」
「やだな~、僕は今日ロメリアさんと初めて会ったんですよ? 会った瞬間、雷に打たれたような衝撃が走り気になったのは言うまでもなく、追いかけて惑わせて情報収集して猛アタックしたくなるのは、当たり前の事じゃないですか~」
瞬く間の速さでアムの加護である毒蠍が大暴れした。毒針をエドに向かってブスブス突き刺して、追い払う。
ニゲルを捕縛しているエドの姿は、一瞬で見えなくなった。
「ロメリア、今後、エドにも気を付けてくれ。絶対に誘いに乗っては駄目だ」
「ああ、それは充分承知していますから、大丈夫です。今日一日でエドの対処法が大体分かりましたから」
どす黒い笑顔をしていたのか、アムはそれ以上何も言わなかった。何かを察したのかもしれない。
それから、停車している馬車に乗り着席すると、アムは上半身だけ馬車の中に入り、私に口付けをした。
「おやすみ、良い夢を」
あまりに自然な流れでそれは行われ、ふと我に返った時には馬車は動き出していた。遠ざかるアムを見ながら、今日一日の濃密な時間を振り返る。
「一時はどうなる事かと思ったけど、問題が解決出来て良かった。疲れたけど、良かったぁ~」
安堵する気持ちと充実感が、心を満たしている。
屋敷に帰った後も、高揚感は続いていた。色々な事があり過ぎて、昂った気持ちが中々静まらない。
それでも何とか眠りにつく。その日の夢は、幸せな夢だった。お一人様の寂しい老後でも、毒蠍を一匹ずつ撫でる夢でもなく、白いドレスに身を包み結婚式を挙げる夢。
◆
それから一ヶ月後。小さな四角い箱は平民・貴族の協力により、驚く程早く回収された。ジル殿下の案を国王陛下が聞き入れて、各所に素早く指示した事が影響している。また、その際に王宮廷仮面舞踏会事件が正しく平民・貴族に伝わった事も事態の収束を早めたと私は考えている。
おかげ様で、王都での私の評判は上々だ。
街の子供たちは私の事を“人形のお姉さん”と呼ぶ。常連さんたちは、私を揶揄わなくなった。今では「すまねぇ、すまねぇ。言葉が悪くてよぉ」とへこへこした態度を取る。そして、一部の平民女性には、“婚活の女神様”とも私は呼ばれているのだ。
……うん、また私を表わす言葉が増えたって思ったわよ。自分でも。
聖女活動の方は、以前よりも力を入れている。聖女に支払われる税金と人形の売上金は極貧層区の支援金に当て、貧困に困っている人たちを助ける活動をしている。極貧層区も少しずつだけど縮小され、その代わりに店が立ち並ぶようになった。
もちろん、治安が悪いからせっかく出来た店も放火されたりと、問題はまだある。支援金で貧困層の教育から手を付けた方が良かったと反省を繰り返しながら、試行錯誤している最中だ。
でも、そんな聖女活動は今日はお休み。だって今日は、アムと私が結婚式を挙げる日なのだから。




